1184 怒れる精霊王
これが精霊王……!?
その大仰な肩書きに見合った巨大なる体。
それが実体なのか、仮初のものなのかはわからないが、とにかくも俺たち人間を圧倒するかのような威容。
俺たちを見下ろす眼光は、重く威圧的でもあるが同時に冷たかった。
少なくとも友好的ではない。
「さーて、真打ち登場して私たちの役目は終わったわね! 豆の世話に戻りましょうか!」
「健闘を祈りしますマスター」
ああッ!? レタスレートとホルコスフォンのヤツら、やるだけやって帰りやがった!?
この状況どうしてくれるんだ!?
まさに修羅場の土壇場だぞ!?
ここでそのまま俺たちをほっぽり出していくと!?
『…………』
その間も精霊王は、凍りつくような眼光で俺のことを見下ろしてくる。
このままずっとだんまりってわけにもいくまい。向こうは突然呼び出されたわけだからな。
用件も告げずに放置はあまりに失礼だ。
「あの……? 急なお呼び出し失礼しました……!?」
『……』
「ですがあの……、どうしてもお伺いしたいことがありまして無理を通した次第です、ハイ……!?」
『……』
どうしよう、相手はだんまりだ!?
やはりアポなし突撃で機嫌を損なったか!? 俺だってこんな急激に話が進むなんて思わなかったんだよ!!
『……少しは礼儀を弁えているようだ』
「はい?」
『物質界に顕現するなどいつぶりのことか。場に、冥界神の祝福が満ちているな。神の力と精霊たちの力が結集すれば、この精霊王を現世に繋ぎとめることも可能か……』
精霊王さん、なんか独り言ちておる。
他の精霊ともそうだったから、なんとなく予測はついていたけど精霊王とも会話は可能か。
したらば、大地の精霊たちの不穏な発言について、長たる精霊王なら何かしらご存じかもしれない。
そう信じたからこそのこれまでのドタバタ劇だ。
ここまでの苦労を報わせるためにも、是非とも答えを聞かなければ!!
「あのッ、聞きたいことがありまして」
俺はここまでの顛末を説明する。
豆の精霊のことだけは全力でぼかしつつ。
「……というわけでして、世界に迫る危機についてご存じあれば教えてください!」『……』
精霊王は興味があるのかないのか、黙って俺の言うことに耳を傾けていた。
……いや本当に?
聞いてるかどうかすら確信できないほどに相手は微動だにしていない。
精霊王の態度は、やはりどう見ても好意的なものではなかった。
『世界に迫る危機か……』
精霊王の口から洩れる、厳かな声。
重く、まるで地鳴りのようだ。
『たしかのこの世界に危機は迫っている。その理由も知っている』
「本当ですか!?」
『なにしろ、この精霊王こそが理由そのものだからな』
はいぃ?
『この精霊王が、世界を滅ぼすと決めたのだ。よって世界は終滅する。この精霊王の決断が、怒りが、末端の精霊にまで届き、その口を借りたのであろう。我ら精霊の中ではよく起こりうることだ』
ははあ、そういうことでしたか……。
……。
って感心している場合じゃねえ。
重要なところもっとある!
精霊王が世界を滅ぼそうとしている!?
つまり世界の脅威は精霊王そのものってことじゃないか!?
ヒントを貰うつもりで核心に行き当たってしまった!
世界の危機が今目の前に!?
「精霊王が世界を? どうして……?」
解説にあった、精霊は世界の運行に直接関わっている、神なんかよりよっぽど重要な世界の管理者だ。
その精霊で一番偉い御方の発言なのでなおさら重い。
しかし!
『滅ぼします』と言われて『ハイそうですか』と軽く受け流すヤツなんかいない。俺もその一人だ。
「どうして? 何か理由があるんですか?」
世界は滅ぶことについて。
というか理由もなく滅ぶ方が嫌だ。
理由さえわかれば、対策だって立てることができるし、最悪を回避することもできる。
自慢じゃないが、ウチの農場には有効な手札がたくさん蓄えてあるので!
さあ精霊王さん!
気がかりなことがあれば何でも仰ってください!
俺らが解決して見せますので!
『人の愚かさゆえ……』
え?
『この精霊王は思った。お前たち人間はあまりに愚かで、礼節を知らず、この世界を貪り荒らすだけの害悪だ。ゆえにこの精霊王が、人間を滅ぼすことに決めた。この世界に正義を取り戻すために』
九十年代アニメの悪役みたいなことを仰る!?
人間こそが邪悪とかいう主語クソデカの拡大解釈主張!?
二十一世紀も始まって大分経ったというのに、まだそんなことを仰る!?
「それはあの……環境問題とか、戦争をやめないとか……? そういう理由で?」
『なんだそれは? 人間どもが殺し合おうとこの精霊王は一切知らぬ。勝手に殺し合うがいい。しかし我ら精霊に対する無礼と侵害は何があっても許さん。精霊たちの誇りを守るために外敵を打つのも、この精霊王の務め!』
なんでぇえええええッ!?
人間が精霊を侵害していると!? それはやっぱり環境破壊系の?……いや、それはさっき否定されたばかりだからな。
精霊の存在が自然そのものだからこそ、環境破壊が精霊を苦しめているなんて理屈なら精霊王の怒りもわかるが……。
しかし、そうした環境破壊系は高度経済成長の弊害で起こるものだし、近代の日本とか世界各国ならともかく、このファンタジー異世界で起こりうるものでもない。
では……この精霊王の怒りの原因は一体何なのか?
『この精霊王の力は、世界を維持するためにある。実体化していなくとも、真綿で首を締めるようにジワジワと滅ぼすことができるが折角人間どもの方から実体化させてくれたのだ。実体あればこその直接的な行使で、一思いに滅ぼしてくれよう!』
うぎゃあーッ!?
俺たちのしたことで人類の滅びが前倒しに!?
『オイオイオイオイオイ、おれたちのテリトリーでヤンチャイキッてるやつは誰なのだー?』
おおッ!?
そこに現れたのはドラゴン形態のヴィール!?
怪獣の前に現れたウル○ラマンのような頼もしさ!
『精霊ごときが思い上がったようだな。このグリンツェルドラゴンであるところのヴィール様の前で、ご主人様に危害が加えられるか、やれるもんならやってみろってんだ』
『そちらこそドラゴンごときが大きく出たものよ。この世のすべての生物が、地水火風……自然の事物によって生かされていることを知るがいい』
すぐさま戦闘開始。
『ふははははははは! 今からここにある空気! 熱! 重力! 水分! すべてを奪う! それらをなくして動植物が生きていられるかな!? 自分たちが大いなる自然に生かされたことを思い知りながら己が罪を悔いるがいい!! そして死ね!』
『はあ、だからなんだ?』
『え?』
ヴィールが発する力場みたいなものに阻まれて、精霊王の力が届かない。
拡散していかない。
『バカな奴だなー。ニンゲンどもが使う魔術魔法ならともかく、おれたちの竜魔法が精霊の影響を受けると思うのか? お前らよりも数段高次元な原則法則に直接作用して、世界の在り様を捻じ曲げてやるのだー』
『ぐぉおおおおおおおおッ!? そんな、そんなッ!?』
『ついでに言うが、空気と熱と重力と水分をなくしただけでドラゴンを殺せると思ったか? 一定以上の実力をもったドラゴンは宇宙空間でも生存可能なのだ。テメーで思っているほど万能じゃないことを噛みしめながら敗北にまみれろ』
『バカな! バカなぁあああああああッ!?』
恐るべしドラゴン、恐るべしヴィール。
精霊王による絶死空間などものともせず、ドラゴンパンチで吹き飛ばしてしまった。
それにしても宇宙空間でも生存可能なんてそれもう生物じゃない気がするんだが?
ドラゴンてどこまで可能性の塊なんでしょうね?
『よっしゃー世界は救われたー! このおれが救世主なのだな! がはははは!!』
そういえば精霊王が世界を滅ぼす言ってたから、それを阻んだヴィールは間違いなく救世主だ。
なんだか納得しがたいが。
『ぐおぉおお……。そんな、この精霊王は、思い上がった人間どもに精霊罰を食らわせようと……』
“天罰”の精霊バージョンなのかな、天罰って。
危機は去ったが問題は解決していない。
何故精霊王がそこまで人間を許しがたいのか?
それを解明し改善しなければ、問題は何度でも起こりえるだろう。
まだまだ精霊関連の騒動は続くのだった。






