1182 四霊集結
俺たちの目の前に現れたのは、一応は人の姿をした……しかしすぐに人ならざるモノとわかる何者か。
大きさは中型犬程度で瘦せた細見にしかし長く伸びた髪は紅蓮の赤色で、しかも本物の炎のように絶えず揺らめいている。
顔容はしわも入って好々爺のようではあるが、同時に大人しめの猿のようでもあった。
「炎の精霊です。よろしくお願いします」
「あッ、ハイ。こちらこそよろしくお願いします?」
丁寧なあいさつに、こちらもあいさつで返す。
意外なモノが現れた。
地水火風の四属性において大地の精霊に続き、炎の精霊まで現れたというのか?
エルフのエルロンの呼びかけに応じて。
「ちょっとちょっと、ちょっと待って!?」
眼前に起こった奇跡に際し、エルロンが慌てながら口をはさむ。
「納得いかないぞ! 精霊が具現化するのはいいとしても、なんで寄りにもよって火の精霊なんだ!?」
何か問題でも?
「だって、エルフは森に生きる民だぞ!? 森の木々にとって火とは脅威! 山火事の元じゃないか!!」
そうだなあ。
地水火風の中ではエルフとは一番縁遠い気がする火が。
火って元来文明の象徴というイメージで、人は火をコントロールすることで発展拡大してきたという、自然物の中でも一層特異な位置づけにある存在、火。
その火の精霊をエルロンの妄執によって呼び出せたわけだが……。
「何を仰る……。アナタこそ誰よりも火を想い、火に精通したエルフではありませんか」
「どういうこと!?」
炎の精霊から太鼓判を押されることでむしろ困惑のエルロン。
そういやコイツ、陶器作りで火を多用しているな。
陶器は焼かないと陶器にならない、土の塊のままだ。
自分の作品を世に送り出すため、エルロンはもっとも火を使いこなすエルフと言っても過言ではない!!
「自然と共にあり、自然を形にして芸術を作り出すエルロン殿こそ、火の精霊の更新者にもっともふさわしい。そう思いこうして呼びかけに応えて実体化したのです。ハデス神の祝福に満ちたこの土地でこそできることですがの」
「うわぁああああああああッッ!? 待って違う! 火属性に近いなんて一番エルフのイメージじゃない!! しかし陶芸への真剣さを認めてもらえたと考えればいいことなのか……!?」
エルロンの中で葛藤が起こってしまった。
森の民として有名である中での『炎のエルフ』。またエルロンに何か珍奇なイメージがついてしまった。
しかしながら……。
俺はこの実体化した炎の精霊についてまじまじと観察する。
一見すれば小さいおじいさんもしくはお猿さんのような容貌で、印象穏やか好々爺のような雰囲気だ。
いつもあるファンタジー的な印象なら炎の精霊なんて激しくオラオラで四属性でもっとも騒がしい印象があるのだけれど。
「ほっほっほっほ……、まあ仕方ありませんのう、あらゆるものに燃え移り、すべてを焼き尽くす炎の激しさこそ、もっとも人の印象に残るものでしょうから」
炎の精霊はそう言って穏やかに笑う。
「しかしその反面で、もっとも制御されながら人の役に立っているものこそ炎ですぞ。火あればこそ人は文明を手に入れた。火は知性の象徴。知性なき獣はむやみに火を恐れ、知性ある人間だけが火を利用し生を豊かにする。そんな火を司る精霊であるワシが、粗暴でどうすると?」
は、ハイ……!?
仰る通りです……!!
しかし一旦例を出されてシステムを把握できたぞ!
要するに地水火風のそれぞれともっとも心通じる人がなんか開放することで精霊が実体化するって仕組み!!
それを知性の象徴である炎の精霊が教えてくれたというのもまた奇遇!
では残り水と風の精霊を呼び出すために、それらに近い心の持ち主を選別することにしよう!
誰だ、水の心を持つのは?
誰だ、風の心を持つのは?
「ふっふっふ……! ここはアタシの出番のようね!」
そう言って現れたのは我が妻プラティさん!
キミに水もしくは風のマインドが宿っていると?
「もちろんよ旦那様。そもそもアタシの出自が何かお忘れかしら? 人魚族よ! しかもその頂点に立つ人魚王家の一員! 人魚族は海に生き、海と共に暮らしていく種族! よって海=水にもっとも近いと言えるわ!!」
まあ、そう思えばプラティに頼れば水の精霊と交信可能になるってことなのか?
しかしこの語り口や口調はさっきのエルロンと大いに通じるところがあって、そこがそこはかとない不安を掻き立てるんだが……。
「さあ、この人魚マスター、プラティの呼びかけに応じて姿を現したまえ! ぷぎゃぇええええええええええッッ!!」
大悪魔でも呼び出しそうな勢いで水の精霊に呼びかけるプラティ。
それに応じて現れたのが……。
「ちわー、来々軒なのだ」
ヴィールが現れた。
なんで?
「ヴィール? なんでアンタがしゃしゃり出てくるのよ!? アタシが乞い求めたのは清浄なる水の精霊よ! アンタと対極の存在じゃない!」
「はぁ? 来たばっかで状況を飲み込めねえがケンカ売られてることだけはわかったのだ。このグリンツェルドラゴンであるところのヴィール様ともう一回、生物としての絶対的な違いを実感してみるかぁあああああッッ!?」
やめれ!
……それで? いきなり現れてどうしたんだ、何か用があったから来たんだろ?
と露骨な話題そらし。
「おう、そうだったのだ。ホレ、ラーメン一丁お待ちどう様なのだ」
と言って岡持ちからポイとラーメンを取り出すヴィール。
……どうして? ラーメンとか特に頼んでいないぞ?
「えー? いやたしかにラーメン注文を承ったのだ。スープの研究中にビビッと思念を受け取ったぞ」
テレパシーで注文を受け付けるな!!
ファミ○キじゃないんだぞ!
……まさか、あのプラティの猛烈な念が、本目標である水の精霊ではなくヴィールの方に届くとは。
そんなことありえる?
大体何を間違えたら、そんな思念の大暴投が起こるんだ?
方向全然違うじゃねえの?
「いいえ……そんなことはありません……」
ん?
ヴィールの差し出したラーメンから水の精霊が出てきた!?
ぬるッ、と水の精霊がでてきぁあああああああああああああああッッ!?
水の精霊の姿は、長い髪がべっしゃべしゃに濡れそぼった若い女性の姿だった。
さっきの炎の精霊に比べればオーソドックスなステレオタープ。
「私は水の精霊……ヴィール様のラーメンを依り代として参上いたしました」
何故ラーメンを依り代に!?
依り代が必要だとしてももっと他に優良な候補はあったのでは!?
「何を仰います! ヴィール様の作り出すスープは、何より優れた水の力ですわ!!」
そうなんだ。
そうなの?
「水の力は清浄なだけではありません。水はその中にあらゆる成分を含みます。それは濁り汚れた水と捉えますが、様々な成分がまじりあって混然となってこそ新しい生命が発する。それもまた水の、優秀なる力でもあるのです」
生命のスープというヤツか。
太古の地球で生命が発生したのも複数のミネラルが濃厚にまじりあった海からだった。
清浄からは何も生まれない。
すべての生命は汚濁から生まれる、皮肉なことに。
「その点から見れば、ヴィール様の作り出すスープにはさまざまに優良な成分と、何よりヴィール様の強い信念がこもっています。その生命開闢に匹敵するスープは、我ら水の精霊が宿るに充分な特別性を持っています」
「はっはっは! おれ様のゴンこつスープを褒めるとはお目が高いヤツなのだ! 遠慮なく依り代に使うといいのだー!!」
持ち上げられていい気分のヴィール。
つまりはプラティから呼ばれたものの、水の精霊は自分が物体化するための依り代としてヴィールのラーメン……正確にはラーメンスープを選んだので、ヴィールとともに現れたというのか。
「ぐぅううッ!? 水への理解度でヴィールに後れを取るなんて……!?」
「がははは、たりめーだ! おれ様は全生物の頂点に立つドラゴンぞ! どんな分野だろうとおれ様を凌駕なんてできるわけねーのだー!!」
まあとにかく、炎の精霊に続き水の精霊の実体化も成功した。
依然として若い女性の身体が、ラーメン丼からニョキッと出ている、何とも言えない姿もあるが。
大地の精霊、炎の精霊、水の精霊。
四つ中三つまで実体化させて残りは一つ。
風の精霊だ。
風の精霊を実体化させて精霊王へと一気に駆け抜けるぞ!!






