1176 取り残された者
私はノーライフキングの家令。
超竜アレキサンダー様の第一の臣下を自負しております。
この私が人であることを捨て、永遠に死なぬ身となったのもすべてはアレキサンダー様の御ため。
永遠のあのお方へ仕えるために、人の身ではあまりに耐えがたかったのです。
そうして禁術を用いてアレキサンダー様にお仕えするようになり数百年の時が経ち……。
今日もアレキサンダー様は、ご自身のダンジョンに君臨しております。
* * *
「……ふぃー」
アレキサンダー様のダンジョン『聖なる白乙女の山』の最高層。
いわゆるラスボスの間は当然ながらアレキサンダー様の座所。
ここ最近あちこちに出向かれて、こうして主人が鎮座ましますのは久方ぶりのこと。
ようやく落ち着いた……という実感がいたします。
「ようやく落ち着いたな家令。何とも穏やかな気分だ」
我が主アレキサンダー様も同様のご気分らしく、人の姿に変身して玉座にゆったりと背を預けておられる。
「昨今は、我が住処も随分と騒がしかったからな。騒音の元がなくなると、我が住処も静かになるものよ」
御意。
アレキサンダー様が『騒音』と表するものは天使ソンゴクフォンと原始皇帝竜テュポンのことであろう。
あやつらは精神的に幼いというか、ともかく若気の至りな連中であったからなあ。
基本、アレキサンダー様の下には相応に歳を重ねた壮年ばかりが集まるので、あやつらのような姦しい者どもがいたのは珍しい時期であったかもしれぬ。
そんなかしまし娘どもも今はこの地を離れ、テュポンのヤツは他所に設営されたサブダンジョンの運営として赴任、ソンゴクフォンは行儀見習いのために人魚国へと渡った。
うるさ型がいなくなったお陰でアレキサンダー様のお膝元は久方ぶりの静寂が訪れているというわけだった。
「ふー、家令よ。茶を淹れてくれまいか」
畏まりました。
エルフ族が納めてきた最高級緑茶でよろしいでしょうか。
「ああ、地上の人類も次々新しいものを生み出して目覚ましいな。それも発展の証拠よ」
その発展発明もほとんどはあの農場から発しているように思えますが。
ともかくも私は主人の求めに従い、茶を淹れる。
ただし淹れ方は農場で学んできて、お湯は一旦沸騰してから少しだけ覚まし、注いだ湯の中で茶葉が開くのを待って最後の一滴まで注ぐ。
そうして差し出された緑茶を主は受け取り、美味しそうにすする。
「……はぁ、しかし平穏よな。ここ最近我が周囲はずっと騒がしかったから、ここまで静かだと静かすぎて耳が痛くなりそうだ」
はあ。
「別に取り沙汰すほどのことでもないのだがな。近辺が騒がしくなったのはソンゴクフォンとテュポンが来てからで、それ以前はずっとこのように穏やかな場所であったのだから。ここ最近が特殊であったのよ」
左様にございます。
「なのだが……なんでかな? いつも通りに戻ったはずの平穏に、違和感を感じて仕方がないのだが」
……。
はい?
「いや、頭ではわかっているはずなのだ。静かで穏やかな今こそが私にとって自然体だということに。しかし何とも言えないむず痒さが……、しっかりとしていない場所に座っているような収まりの悪さが……!」
アレキサンダー様?
いかがなされました我が主?
「慣れというのは怖いものだなあ。……なあ家令よ、あやつらは元気でやっているかなあ? ソンゴクフォンは受け入れ先に迷惑をかけてはいないだろうか?」
これは……!?
「テュポンも変なものを食べて体調を崩していなければいいが……ここでは私か家令が見ていたから何かあっても寸でで止められていたからなあ。それすらできないとなると……一人暮らしを許すのはまだ早かったかなあ?」
我が主アレキサンダーが、独り立ちした娘たちのことを心配しておられる!?
「まあテュポンの方は聖者たちが監督してくれるし、ソンゴクフォンだって人魚たちが世話してくれているのはわかっている。決して彼らのことを信じていないわけではない。ないのだが……浮足立ってなあ」
アレキサンダー様!
それは単に純粋なる気がかりですぞ!?
「う~ん、気になるなあ。そうだ、少し様子を見に行ってみるか? 出かけるぞ家令、準備をしてくれ」
お待ちくださいアレキサンダー様!!
二人が出ていってからまだ一週間と経っていないのですぞ!
それで何が変わるわけでもなし!
そもそも一週間など人間からしてもどうということのない時間経過であるのにドラゴンやアンデッドからすれば瞬きするにも満たない刹那!
そんな間を置かず押しかければ、むこうも何事かと呆れますぞ!
「しかし、あの二人がちゃんと頑張れているか不安で仕方ないのだ。この不安を解消するにはただ一つ、実際に確かめに行くしかない!」
それをするにしてももう少し時間を置きましょうという話!
せめて一ヶ月は待ちましょうぞアレキサンダー様!
そうだ! 静かだから!
無音無風で無刺激だと心も空白になって余計なものまで気になってしまうのです!
ついこないだまであのうるさ型が騒ぎまくっていたことを考えると、落差でなおさら!
そう音!
ここ『聖なる白乙女の山』のアレキサンダー様の御辺には、賑やかで華々しい音が必要なのだ!
ならばここは不肖、このノーライフキングの家令が、我が主アレキサンダー様の御ために騒ぎ、踏み鳴らそうではありませんか!
やッ!
ずんどこ、ずんどこ、ずんどこ!
はーれむ、はーれむ、はーれむ、!!
やーれんそーらんそーらん、騒乱騒乱!! Wi-Fi!
んばばんばんば! めがっさめがっさ! キタキタ!
「……家令よ」
はッ、我が主!
「煩い」
申し訳ありませんでした!!
ぬう……やはり騒音でもオッサンが出すものと美少女が出すものとでは違いがあるものか……!?
これが美少女無罪?
しかしこのままではアレキサンダー様が寂しさと切なさと心強さでいたたまれなくなってしまう。
臣下としてそんな主君を看過できない。
一体どうすればいいものか?
そうだ地上の冒険者たちはどうしている?
こういう時にアレキサンダー様の無聊をお慰めするのがあやつらであろう。
ここ最近は攻略者が微減して、それにお心を煩わせたからこそ外に新たなダンジョンを作るなどと言う話が持ち上がったりもしたが……。
あれから別の対策として『カムバックキャンペーン☆六日連続侵入ボーナス配布』で大分客を取り戻せたからな。
その中の一人くらいアレキサンダー様の下へたどり着けてもいいだろうに何をしている!?
ソンゴクフォンも不在だから難易度は激下がりしているはずだぞ!?
「はーっはっはっは、そんな連中あーしのマナカノンで一掃っすよー!!」
あああぁッ!?
ソンゴクフォン!? お前何故ここに!?
「『何故ここに!?』とは心外な詰問! あーしが帰ってくる場所は、ここをお置いて他になし!」
他にあってほしいんだが……!?
しかしお前は、世の一般常識を学び直すために人魚王妃の下に身を寄せたんでは!?
「イグザクトリィっす! だからパッファ姐さんの下で修業してたっすけれど、早くも免許皆伝をいただいたんで無事帰還してきたっすよー! 恥ずかしながら帰ってまいりました!」
もう!?
短すぎない修業期間!?
こんな短期間で何を学び直したというのか?
「おおソンゴクフォン、思ったより早く戻って来たではないか! 修業はどうだった? 向こうにご迷惑をかけなかっただろうな?」
そしてソンゴクフォンの帰還を確認してアレキサンダー様も元気を取り戻す!?
本当に寂しかったんだこの人!?
「はははははははは! こうなれば皆で揃ってテュポンの様子を見に行ってやるかな! アイツの好物でもお土産に持っていくか!!」
「いいっすねー! ついでにテュポンちゃんのダンジョンの臨時ボスでも務めてやりましょうぜ!!」
天使と最強竜が臨時ボスを務めたらその場で難易度が地獄モードに……。
でもよかった。
ソンゴクフォンだけでも帰ってきてアレキサンダー様がお元気に。
今やこのかしまし娘どもの存在はアレキサンダー様にとっても大きなものになりつつあるのか。
アレキサンダー様のためにも私ももっと賑やかせるように励まねば!!






