1175 善政は天使よりも猛し
「ひッ、なんなの……!?」
この天使ソンゴクフォンが突きつけるマナカノンの銃口に、悪口全開のオバサン人魚は青い顔で固まるばっかり。
口だけ勇ましいヤツは、死線に立ったらすぐ黙るっすねー。
「なな、何のマネなの? 悪ふざけはやめなさい? ここは誇り高き人魚王家が取り仕切る茶会なのよ。そんな場所で流血沙汰なんかを起こしたら末代までの恥になりますわ!」
そんな大層な場所で暴言吐きまくるのも相当な末代までの恥っすよね?
大丈夫、貴家の恥はアナタごと粒子レベルまで崩壊させてあげますから。
「ひぃいいいいいいッッ!? んひぃいいいいいいいッッ!?」
文明レベルの大いに遅れた人間どもも、初めて見るマナカノンに許容量を超えたマナが集中していることに気付けることだろう。
それに対して本能的な恐怖を感じることも。
だからマナカノンを鼻先にかまえられて膝カタカタ背筋ゾクブルになってる悪口オバサンの無様さは堪らないっすねーッ!
「アナタ……そんなことしていいの? 私は人魚国の大貴族よ! 私を殺したら重罪人として死ぬまで追われる羽目になるのよ! 人生台なしよ! それでもいいの!?」
え?
ご心配なくー、あーし人魚じゃねえから人魚族の法なんか関係ないしー。
「!?」
それにその気になれば人魚国丸ごと敵に回しても勝てるぐらいに強いしー。
だからアンタをぶっ殺したあとの厄介事なんかナッシング!
心配だけありがとやしたー!
「ひぃいいいいいッ!? 何なのコイツ!? 助けて助けて助けてぇえええええええええええええええええええッッ!?」
下衆ほど大きな声で泣き叫ぶっすねー。
では盛大な断末魔でお茶会を盛り上げるとしまっしょー!
「何やってんだこのバカタレぇえええッッ!!」
ぐおえしッ!?
唐突に繰り出される拳が、あーしの側頭部にクリーンヒット!
そして吹っ飛ばされるあーし!
殴ったのはパッファ姐さんでした!
「アタイの主催するお茶会で人死に出そうとしてんじゃねー!! どういう了見だ!? どういう了見でこの強硬に至ったーッ!!」
すみません姐さん!
本当に心から陳謝します!!
「パッファ王妃! これは大々大々大問題ですわよ!!」
そしてビビりまくっていたオバサン人魚が、マナカノンの銃口から外れた途端に元気を取り戻す。
パッファ姐さんに助けられたっていうのにお礼より先に難癖かよ。
「このような危険極まりないケダモノを、由緒ある人魚王家のお茶会に入れるなんて! 危機意識の欠落です、監督不行き届きです! このケダモノはパッファ王妃の管理下にあると言いましたわね!! だったらケダモノの暴走はすなわち管理者の責任! パッファ王妃、アナタどう責任を取るおつもり!!」
ホント、タガが外れたように喋り倒すわ。
「そもそも私は最初から不安だったのよ! アナタのような下民が人魚王妃だなんて! 今回の事件は、それらが遠因となって引き起こされた惨事よ! 起こるべくして起こったことよ! このような悲劇を繰り返さないためにもアナタは是非、人魚王妃から降りるべきよ! 私は今回の被害者よ! アナタがアロワナ陛下と離縁しない限り、私は今回の事件を糾弾し続けます!」
じゃあ、やっぱり殺すしかないっすね。
チャキッとマナカノンを突きつけるあーし。
「ひぃええええええッッ!? 何してるの!? 王妃! 王妃、このケダモノを止めてくださいまし!」
「おいコラ、ソンゴクフォンやめろ!」
はーい。
あーし、パッファ姐さんにはひたすら従順。
指示に従ってマナカノンを下ろし……そしてまたかまえる。
「ひぃいいいいいッッ!? なにやってんのよ! 依然として危機継続中!? 止めて、止めて王妃様ッ!」
「オイいい加減にしなソンゴクフォン! 冗談で許せる段階こえてきてんぞ!」
まあ冗談じゃないっすからねー。
あーし的に敬愛し、尊敬するパッファ姐さんを侮辱することは基本ギルティからのデスペナルティ。
パッファ姐さんからの指示なら何でも従うあーしでも、その忠誠心ゆえに自動的に動くことだってあり得るわけ。
それがパッファ姐さんの敵、自動殲滅システム。
わかるオバちゃん? アンタあーしのドットサイトの中に入ってきちゃったの。
そうなったからには撃たれるまで出られないわな。
「そ、そんなッ!?」
哀れオバサン。
パッファ姐さんを侮辱しなければ、こんな恐怖を味わわずに済んだのに。
「……ソンゴクフォンさんは天使。天使はドラゴン、ノーライフキングに並ぶ三番目の世界二大災厄と呼ばれるほどの超越的な存在。彼女一人に対して人魚国が総力を挙げても敵わないことは事実です」
おや、ランプアイさん。
ここに来てアナタも参戦ですか?
「ヌィツーボ夫人、アナタが起こらせたのはそういう相手だと心得ください。彼女に『殺す』と宣言されたら正真正銘もう死ぬしかないのです」
「ひぃいいいいいいッッ!?」
「しかし、その運命を唯一覆せるのがパッファ妃です。ソンゴクフォンさんはパッファ妃を姉と慕い忠実に従います。だからアナタの死が決定されたとして、それを覆せるのはパッファ妃だけなんですよ」
ランプアイさん、淡々と理路整然に詰めにかかる。
さすが多くの問題児たちを性根から叩き直してきた『ランプアイ塾』塾長ランプアイさん!!
「つまり、アナタの命運を握っているのはソンゴクフォンさんへの命令権を握るパッファ妃だということです。……どうです? ここまで説明してやっと理解できましたか? 自分の命が、誰の気まぐれによって消される状況にあるか?」
強いぞエグいぞマナカノン~♪
一発かませば山吹き飛ぶ~♪
「ソンゴクフォン……まさかお前、ここまで計画のうちで……?」
パッファ姐さんがすべてを察したようだ。
そう、これがあーしプレゼンツのパッファ姐さん盛り立て計画。
姐さんを舐め腐って侮ろうというなら、このあーしが天誅のマナカノンをブッ込む!
あーしは法で縛られねえ!
あーしを縛れるものは姐さんのみ! 命が惜しけりゃ姐さんにヘコヘコ頭を下げるんだな!!
「そんな……それってアタイのためにみずから悪役になるってことじゃねえか。……へへッ、バカ野郎……!」
パッファ姐さんが嬉しげにはにかんでいる……!
なんかちょっといい話にもっていく雰囲気。
しかしそんなホンワカ雰囲気を焼き尽くすランプアイさんの静かな詰め。
「ヌィツーボ夫人、アナタの御主人フズィッボー卿は、ナーガス先王の御世でこそ大臣の一人として権勢を振るっていましたが、アロワナ陛下への代替わりに伴い引退、ご子息も官位を賜れず無役です。今のアナタには、先祖代々より続く厳かな家名しか誇れるものがありません」
「くッ……!?」
「その苛立ちを時の人であるパッファ妃にぶつけることで解消しようとしましたか?」
ランプアイさんの口調はあくまでも淡々と。
「これまで多くの愚か者が、アロワナ王新体制に傷をつけようとして叩き潰されました。それらに比べればアナタのやったことはあまりに矮小、罰するまでもなく報復するまでもありません。アナタの悪口を罰する法はないですし、悪口ごときで目くじらを立てれば当人の度量が疑われます」
しかし……。
「……口は禍の元、という言葉があることもお忘れなく」
耳元で囁かれたオバサン人魚は……。
「……」
やっと静かになった。
この呼吸する限り悪口雑言振りまく歩く騒音機みてーなオバサンが黙る日がこようとは……。
悪口と一緒に呼吸も止まってない?
「まあ、この様を目の当たりにすれば、他にもパッファさんをこき下ろそうとする輩も迂闊に出てこないでしょう。別に言論弾圧しようという気はありませんが、ここに集う皆様はもれなく人魚国の重鎮の妻や娘……責任ある発言を求めます」
ランプアイさんに一睨みされたら誰もが黙るしかない。
あーしとランプアイさんで姐さんガーディアンズの結成だぜ。
「まッ、まあまあまあ!!」
一瞬、重苦しい沈黙に包まれかけていたのをパッファ姐さんが明るく声をかける。
「たしかに陰口はダセェけどさ! 人間、腹に溜め込んだことを吐き出したくなる時もあるだろうよ! 王族が不満の向か先になりやすいってこともわかる!」
「パッファ王妃……」
「アタイもまあ、昔は反体制側だったんだから文句言える立場じゃねえさ。愚痴や陰口は、ヒトに聞こえねえ大きさで呟いていこうや!」
パッファ姐さん、なんて懐の大きい!
見たかこんなに大きな心をもった姐さんを! そんな姐さんに楯突くなんて身の程知らずとは思わねーか!?
「パッファ王妃……!」
「なんと慈悲深い……! みずからに向けられた誹謗中傷すら笑て受け流すなんて……!」
「いやそれは悪口などに動じない強い心の表れ! 国のトップに立つ王妃様に相応しい!」
「さらに私たちにも気遣いして、おどけて見せてくださる! その場を仕切る力も王妃様に相応しいですわ!」
なんやかやと持ち上げられて、パッファ姐さんを支持する結束感が出来上がった。
それもこれもすべてあーしが仕組んだシナリオ通り!
あーしの働きのお陰で支持者が増えたことに感謝してほしいっすパッファ姐さん!
こうして姐さんの悩みを無事解決し、あーしは人魚国での役割を果たし終えたぜ!!
ヴィクトリー!!