1174 泣いた赤鬼作戦
この天使ソンゴクフォン様が見守りしお茶会がついに開催されたぜ。
「ようこそお越しくださいました、招待状を拝見いたします」
「メジロ家のブリーチ様ですね。お席へご案内いたします」
パッファチルドレンの連中もそつなく受付に仕事をこなしてやがる。
やっぱパッファ姐さんが直々に指導しているだけあって、決して何も知らないお嬢様じゃないんだなー。
そして招待を受けてやってきた女人魚共はというと……。
「パッファ妃主催のお茶会……久々ですわねえ。私、今日という日をずっと楽しみにしておりましたのよ」
「パッファ妃は第二子出産の調整でずっとお休みされていましたからねえ」
「でもこうして公の場に来られたということは、きっとお身体も健康を取り戻したということですわ。御子もすくすくお育ちという話を聞きますし、母子ともに健康で本当にめでたいことですわ」
……と入場するなり噂話に花咲かせてんの。
「それにしても人魚王家に二人目のお世継ぎ誕生……改めてめでたいお話ですわよねえ」
「本当に、王室では大抵いつの時代もお世継ぎ問題が浮上してくるものですが、今生の国王夫妻は周囲が騒ぐ暇も与えぬ手際でしたわねえ」
「ご成婚から一年満たずにご懐妊、そして第一子からお世継ぎとなる男子を出産。子どもは授かりものだと言いますけれど、ここまで鮮やかな段取りですとパッファ妃の有能さの一端と捉えてしまいそうですわね」
「実際パッファ妃は有能そのものですから……!」
耳をそばだてて聞こえる噂話は、けっこうパッファ姐さんに好意的なものが多かった。
ふぇー、身構えていたけど存外パッファ姐さんって人気高いんだな。
そりゃそうか!
『凍寒の魔女』として実力もしっかりしているうえに眉目秀麗、姉御肌で懐も深い!
王妃として見識知性も申し分なくあるにも飽き足らず、問題のお世継ぎもしっかり拵えて間髪入れずに第二子まで出産。
ここまで完璧な王妃が史上これまで何人いただろうか?
きっと一握りにも満たない貴重なものだろう。
それぐらい得難い王妃と同じ時代を生きてるんだって自覚するんすね!!
「あらあら、若い王妃を甘やかしすぎてはダメよ」
おや?
お茶会のそこかしこで囁かれる噂話の流れが変わる。
「若者はすぐつけあがるんだから、普段から厳しく接するぐらいでちょうどいいのよ。間違えやすい後輩を教え導くことこそ先達の務め……」
などと言うのは集った女人魚の中でもひときわ歳食って、顔にもしわが寄っているし体型もでっぷりしているし、見るからにたるんだオバサン人魚だった。
「ヌィツーボ夫人……いらっしゃっていたのね」
「たしかにパッファ様は、人魚王妃として最低限の務めは果たしていらっしゃるようですけれど、それだけで満足されては人魚国全体の発展が阻害されますわ。彼女にはもっと、もっともっともっともっともっと、頑張っていただかなくてはねえ」
そう言って手にしたキセルを咥え、フゥと煙を吹き出すオバサン人魚。
おいコラ! 当お茶会は全席禁煙ですが!!
歓談の場に冷や水をぶっかけるようなオバサン人魚の発言。さすがに癪に障ったんだろう、招待客の人魚の一人が反論する。
もごもごと。
「そうは言われてもパッファ妃は、この上なく王妃の責務を果たしておいでです。一番の懸念であったお世継ぎもつつがなくご誕生し、最近になって王女殿下も世に生まれなされた……」
「そうです。女としての大仕事を二度も大過なく果たしたパッファ妃に何の落ち度があるというのです?」
モブ人魚たち、けっこう昂然と反論するじゃないですか。
いいぞ、もっと言え!
それに対してオバサン人魚は、相変わらずうっとおしい煙を燻らせながら……。
「第二子は王女……それがいけませんでしたわねえ」
「なんですって?」
「だって女子ではスペアにならないではありませんか。何が起こるかわからないのが世の中、第一王子として生まれたモビィ・ディック王子もいついかなる理由でお世継ぎとしての資格を失うかわかりません。その時のためにも王族男子は最低もう一人は欲しいところなのに、出産の苦労を味わいながら女子なんて、とんだ無駄撃ちをなさいましたわね」
「なッ!?……不敬なッ!!」
対話の女人魚が色を成す。
「ヌィツーボ夫人! いくらなんでも今のは問題発言です! モビィ・ディック王子もグッピー王女も紛れもない王族にあらせられます! やんごとない方々に対してあまりにも暴言を……!」
「あら私、間違ったことを言ってます? 私は人魚王家を慮って発言しているのです。王位継承を盤石とするためにもやはりあと一人ぐらい王子がいた方がよいですわ。そうは思いませんこと?」
「そ、それは……!?」
「アロワナ陛下も、王妃一人にこだわらず側室でもお迎えなさればいいんです。遠き陸の魔王は、第二妃まで迎えて後継者作りに熱心とのこと。我が王も見習うべきと思いませんこと?」
好き勝手喋っていやがる。
うっせーうっせーうっせーわ!
アロワナの兄貴は、パッファ姐さんを心から愛してんだぜ。浮気なんてするはずねーだろーうがよ!
「ヌィツーボ夫人……やはり来ましたね」
おうッ!?
ランプアイさんですか!? 音を殺して背後から忍び寄らないでいただきたい!?
「彼女は、高位の人魚貴族です。彼女の家は、わたくしのベタ家と同格の古い家柄で、王家にすら一言モノ申せちゃうぐらい格が高いのです。だから周囲の人々もおいそれと反論できないんですよね」
それであんなふてぶてしいんだ。
でっぷりしたあの体格にも、ふてぶてしさがにじみ出てますもんねー。
「当主夫人である彼女は、自家の格式を嵩に着てこうした多くの人が集まる場での放言をやめようとしません。当然かねてより社交界では鼻つまみ者なのですが、それ以上の害もないため公に裁きにくいんですよね。明確に法を犯したわけでもないですし」
そんな、生温いですぜ姉御!
不穏分子は冤罪をかけてでも拘束し、拷問にかければやってなくても喋りますって!
「それはただの恐怖政治なんですよ。人魚国では先代ナーガス様の御世から民の方言はある程度許容し、アロワナ陛下もそれに倣っています。トップが決めたことを臣下が覆すわけにはいかぬのです」
うぬぬぬぬぬ……。
人間の世の中ってやっぱり面倒臭いっすなあ。
「しかしだからといってヌィツーボ夫人の暴言をこれ以上傍観していい理由はありません。わたくしの婚家は、彼女と同格であるベタ家。ヌィツーボ夫人を諫めるのにわたくし以上の適役はいないでしょう。というわけでちょっと行ってきます」
へい、ちょい待ちランプアイさん。
ここはあーしにいっちょ任せてみん?
「ソンゴクフォンさんに? 不安しかないんですが?」
ランプアイさん発言が直球!?
そんなアナタにこそ、あの暴言オバサンを穏便に抑え込めるんすか!?
まあ見ていてくださいよ。
実はパッファ姐さんから言われていた宿題。
このお茶会であーし主宰の催しをすること。
それをただ今から開始しまーす!
「騒いで険悪な空気をうやむやにすると?」
そこまで雑な目論見じゃないですってランプアイさん!
実はあーしが考えた企画、あのオバサン人魚のようなヤツを何とかするために考えたんです!
「ほうそれは……ではお手並み拝見といきましょう」
ヘイヘイヘーイ!
ではパッファ姐さん第一のしもべソンゴクフォン発進!
本日は姐さん主催のお茶会に集まりいただきありがとうございます淑女の方々!
皆様により茶会を楽しんでいただくために、このソンゴクフォンが芸を披露仕る!
「まあ、何かしらあの子? 空中を飛んでるわ!?」
「あの子もパッファ妃の関係者? やっぱりパッファ妃は広い人脈をお持ちね、陸で修業した時期があったと聞くけれど」
ファッファッファッファ!
さすが天使ともなると登場しただけでお客さんの興味を引ける希少性と派手さを兼ね備えている!
存在だけで集客を見込める、それが天使!
「あぁら下品な小娘ねえ。あんなのを知り合いにしているなんてパッファ様も品性を疑われるからやめておいた方がいいわ」
このオバサン人魚……!
いや、ここは冷静に。このソンゴクフォン、獲物に襲い掛かる直前に息をひそめることはできるっす。
「えぇ~、今回はぁ、尊敬するパッファ姐さんのために易あることを行いたいと思います」
「あら、人魚族でもない劣等種族が人魚王族のために何ができるというの? 身の程に合わない大口は叩かない方が身のためよ?」
オバサン人魚がまったく口の減らねえ。
ではご期待に添えて始めるとしましょうかね。
「虐殺ショーを」
「は?」
パッファ姐さんには向かう身の程知らずを大粛清っす!
大丈夫! 天使はかつて数体で地上を火の海にして、それ以前の生物すべてを根絶やしにしたんすから!
不穏分子数百人小指で蹴散らせるっすよー。
「何を世迷言を……ひッ!?」
したり顔のオバサン人魚の顔が、やっち引きつりましたよ。
そりゃ目の前にマナカノンの発射口を突きつけられたら、死の恐怖ぐらいは感じてほしいっす。
さあ、パッファ姐さんに歯向かう反逆者。
懺悔の時間はいるっすか?






