1162 一般参加者の視点2
引き続き、魔族の女知事キメリよ。
開拓者たちの国で開かれている物産展を観覧中。
どんなものか入場前から気になっていたが、実際目にしてみると改めて圧倒された。
「これが物産展というもの……!?」
まず何より規模が大きい。
私の想像の十三倍以上は大きかった。
端から端まで見てみようと思うと時間をかけて歩かなければいけなかったし、それだけで疲れる……!
最近デスクワークばかりで体力づくりを怠ったかしら……!?
入れ物が大きいならば、詰め込まれた中身も豊富。
何より種類が色とりどり。
せいぜい魔国人間国からかいつまむ程度に出展だと思っていたのに、主要二か国に飽き足らず、もう一つの大国……人魚国からも出展。
その他エルフやドワーフなど小種族まで参加して、まさしくワールドワイドの様相を呈する。
ドワーフはともかく、エルフなんて普段は外界との交わりを断って過ごす引きこもり種族なのに……。
そんなエルフすら誘い出すほどに魅力あふれ、格式の高いイベントだというの、この物産展は……!?
「おお、お客さん見てらっしゃい! ドワーフ印の貴金属アクセサリー! 物産展用にあつらえた限定品だよ!」
ドワーフ製の限定品!?
それ、王侯貴族が買い求めるものじゃないの!?
ドワーフ族は、職工における手先の器用さで名を馳せる種族で、彼らの作る作品には各国の上流階級が値をつけるという。
ちなみに私にとってはとても手が出ない高級品。
知事になればこんなアクセサリーをつけて晩餐に出られる……とか夢見た時期もあったけど、そんなことなかった。
むしろ、あんな逸品を身に着けていたら横領を疑われてしまうわ。
「いやいや、そこな人族! 我らエルフ族の秘宝も負けてはいないぞ! 是非ご覧あれ!! 自然と共存するエルフにしか表現できないセンスと技法、とくとご覧あれ!」
エルフのセンスが爆発の……ってこれ?
食器であることはかろうじて見てわかるが……ぐんにゃり歪んで実用品としては実に扱いにくそうな……!?
いや待って?
噂話程度で聞き及んでいたが、中央ではこういったぐんにゃりしたお皿やカップが芸術品として大層重宝されているという。
いつだったか隣都の知事に自慢げに見せびらかされた記憶が……。
これでやたら値が張ると言って、そんなのにたくさんお金使って議会や民が怒らないのかなと心配になったことがある。
「あぁん? エルフどもめ、またそんな詐欺まがいの品物で金をせしめようとしているのか!? ただ土をこねくり回したものに大金をつけようなど恥ずかしいとは思わぬのか!?」
「ただの土でも、技と魂を込めるから貴重となるんだ! お前らみたいにキラキラした石を使えば当たり前に綺麗に見えるものとは違ってな!」
「はぁー!? それドワーフのプライドに触れました! その一言がドワーフのプライドに火をつけました、ふりゃあああああああッッ!!」
あわや乱闘騒ぎになろうとするところへスタッフらしいオークやゴブリンが駆け寄ってきて止めていた。
「手はダメです! 手を出すのはダメです!」
「素数を数えて落ち着こう! 1、3、5、7、9……!!」
私は乱闘騒ぎに巻き込まれたくないので、そそくさとその場から離れた。
そして人魚国ブースで購入した山盛りワカメを貪りながら、私は困惑する。
私としては、もっとささやかでこじんまりとした……村おこし的なイベントを想像していた。
出展される品物も、せいぜい周辺の村が心を込めて生産した野菜を持ち寄って……という地域振興、ハンドメイドの温かみ溢れる、そうした方向性のイベントだと思っていた。
それが何?
蓋を開けてみれば世界規模のスケール感。展示される品物はどれもこれも一級品。
人族魔族人魚族の、三大種族だけでない他多くの小種族も詰め掛け、世界の縮図のようになってしまっている。
『世界のすべてをここに置いた』状態になってるじゃない!?
まるで首脳会議にでも出席している気分。
一都市統治者の私が、そんな表現おこがましいとも思うけれども。
ここにいればいるほどわけがわからなくなってくる。
私はそもそも物産展を通して新国家の思惑や内情を探りたいと思ったわ。
しかしいざ物産展と直面するとそれどころじゃない。
この物産展の意図は?
どんなつもりでこんな世界中から人とモノをかき集めてきたの?
それ以前にどうやってこんな曲大規模の催しが実現可能だったの?
資金は? 人脈は?
それらをどこから引っ張ってきた?
それらの疑問の答えによっては、これまで構想していた新国家への対策案の数々が全部ボツで一から練り直ししないと……。
いや、こんな強大勢力を相手に打てる対策なんてあるの?
考えれば考えるほど絶望になっていて、ワカメを食らう手も早まる。
……ワカメなくなった。あんなにも山盛りだったのに。
仕方ない、もう一度人魚国のブースに言ってワカメ一盛り購入するか。
……いや、その前にまだ回っていなかった場所があるわね。
人間国ブース。
魔族である私にとっては、人族と人間国は数百年来争い合ってきた怨敵仇敵。
戦争が終わって数年が経った今でも、その意識はなかなか抜けない。
……そこは仕方ないわよね、理屈ではわかっていても命に係わるような確執をそう簡単には忘れられないわ。
きっと魔族と人族が真の意味で和解するには、生まれた時から争いを知らない次世代に託す必要があるんでしょう。
しかし私のように責任ある立場までが気持ちを優先させるわけにはいかない。
地位が上がれば上がるほど、感情より理屈を優先させなければいけないものよ。
魔国で、知事の役職についていながら他国を無視して通り過ぎるわけにはいかない。
最低限挨拶ぐらいはしておかねば。
そう思って人間国のブースを訪ねた。
まず改めて思ったのは、出展された品物の豊富さと良質さ。
サテュロス族の生産するミルクや、ミノタウロス族が育てた牛肉は、その評判は国境を越えて私たち魔族の耳にまで届く。
人間国に負けてなるものかと思う一方で、その良品をどうにかして我が街へ輸入できないかと模索したこともある。
人間国は、今なお強大な国力と、他にない特色が備わった手強い国よ。
いかに戦争に勝ったからって、それを理由に見下し続けるなど愚の骨頂。いつまでもそんなことをしていたら足元を掬われるわ。
ミノタウロスの牛串焼き……美味しいわね。
そうして人間国の侮りがたさを実感していたら、そこへ年若い青年がやってきて歓迎された。
「これはこれはキメリ知事さんですよね? 魔国はロンドメルトの街を治める女傑と伺っています」
私のことを知っているの? たかだか一地方都市の統治者にすぎない私を?
魔王様がそうだった時も驚いたが、かつての敵国から同じ扱いを受けると嬉しさよりも先に空恐ろしさを感じるわ。
まさか人間国側は、魔国の要人を網羅して?
「さすがに魔国中全都市の統治者を覚えているわけではないですが、アナタの街はここ農場国に一番近い魔国の都市ですからね。ピックアップするのは当然です。将来、強力なライバルになることでしょうからね」
そう言って青年は、懐から何か紙切れを取り出し……。
「申し遅れました。これ、僕の名刺です」
と言って差し出された紙に書かれた名は……。
新人間共和国 初代大統領
リテセウス
大統領!?
それは、新しい人間国で王に匹敵する権力者のはず!?
人間国もトップみずから乗り込んできたというの!?
我が国の魔王様のように!?
「それはそうですよ。ここ聖者様の農場国は将来、各国の貿易ルートの中核を担うことになる。今日の物産展も、その関係でここを会場に決められたんです」
なんですって!?
知事の私もまだよく知らない情報!?
「十年後か五年後か……そう問おうないうちに世界中の輸出品が、この土地を通って世界各国に輸入される日が来ると僕は思っています。だからこそ今のうちからたくさん交流して、心の距離を近づけておかなくてはね」
何故そんな重要なことを魔王様は知らせてくれなかったのよ!?
私の街が、この国に一番近いのよ!?
私たちが敵か味方かと判断を慎重になってるうちに、人族が大きくリードしてしまうじゃないですか!?
「もしよろしければ、あとでこの国の統治者となられる聖者様とお会いになりますか? こちらも会談の予定を取り付けましたんで、それに便乗してはどうかと?」
そんなこと、いいんですか!?
人間国の新統治者は太っ腹!?
「いい機会なので、ついでに紹介しておきますよ。……誰か、アリアオスさんを呼んできてくれないか」
リテセウス様に応えて何人かがせわしなく動いた。
そして連れてこられた男……それなりに歳もいった……それ以上に印象深いのは、こうした公的な場に相応しくないと思えるくらいにガラの悪い身なり……!?
「彼の名はアリアオス。……人間国から見てここ農場国にもっとも近いサンチョウメの街を治める総督を勤める者です」