1161 一般参加者の視点1
私の名はキメリ。
魔国の街ロンドメルトを預かる女性知事よ。
知事は都市を統括し、都議会から推挙された議員が、領主から任命を受けることで就任する。
私もセオリーに違わぬプロセスでもって知事の座に就き、はや五年。
この街で生まれ、両親から惜しみない愛情を受けて育ち、優秀な成績で学校を卒業。
女性官吏として都庁府に就職し、以後様々な職務経験を経て議員に昇進。
いくつかの法案を成立させ実績を積み、議会からの信認を得るに至った。
女性知事はまだまだ魔国でも珍しいけれど、皆さまの応援あってここまで来れた。
何とかロンドメルトの街を発展へと導いているつもりよ。
それでも世界は激動で変わっていくので、少しでも気を抜けば取り残されはすまいかと緊張が抜けない。
一番大きなことが戦争の終結。
我らが魔国の勝利なのでひとまず安心だが、それでも波及してくる影響は大きく気を抜くと転覆することもありえるわ。
官吏としては非常に難しい期間だった。
そりゃ戦争で負けてたらそっちの方が大変だけれども、それでも勝ったら勝ったで大変なのも勘弁願いたい。
これまで数百年と続いてきた戦争が終わるのだから大変動。
変化が大きくなればなるほど対応するのも大変ということで、そんな時期に知事に就任してしまった私は間違いなく平時より大変だったろう。
その変化も収まってきて、やっと一息つけると思っていた矢先。
また次の変化が巻き起こったわ。
この世界に新しい国ができるという。
どういうこと?
人間国から魔王軍が撤退し、主権が人族に戻ったという話は聞いたけれど、それとはまた別の話?
先によくわからない拍子で起きたベビーブーム。
それによって人口が急激増加したことを受け、魔王様は新たに人の手が入っていない土地の開拓を始めるという。
噂話に遷都案と採択を争っている……などと伝え聞き、開拓案の方が本採用となった時にはホッと胸を撫でおろした。
今更遷都なんて面倒に決まっているわ。
各領各都市の力関係も変わってくるし、一から国全体を刷新するつもりで行わなくてはいけないから我が都市が被る影響も甚大。
それに比べれば開拓される地域周辺に影響が最小限留まる開拓案が採用されて本当によかったと思える。
まあ、しがない地方都市の個人的感想といったところだが。
そう思っていたのに、安心したと思ったら異変が起きる。
その開拓地が一国として独立するってどういうこと?
魔国と人間国で共同運営していくって話じゃなかったの?
たしかにそうなるとどこからどこまでを魔国が仕切っていくか線引きも難しくなって、下手したら諍いの元になりかねないと危惧していたが……。
それを避けるためかは知らないけれど一国として独立を認めるなんて解決方法が想像の斜め上を行き過ぎている。
どうしてそうなった!?
実は我がロンドメルトの街は、魔国側から見て開拓地に近く、むしろ一番近い都市だと言っていい。
そのため被る影響が尋常ではなく、直接被害を受ける。
魔族側の開拓者も、入植するときは我が都市を通って行ったし……そうそう、なんか開拓地を占領しようとする一軍が現れたこともあった。
我が都市に入り、図々しくも補給を求めてきたが、明らかに魔王様の意に反していそうな一団だったから全部拒否した。
渦中に近いとそういう影響も受けやすいということになる。
これから開拓者の国が発展し、独自性を突き詰めていくほどに彼らがどんな行動をとるか予想がつかなくなる。
最悪、自国を拡大するために周辺領土を併呑する侵略行為に出ないとも限らない。
そうなったらもっとも最初に攻め込まれるのは一番近くにある我が都市だ。
我が都市の安全のため、街に住む人々の安心のためにも早急に、彼の国の危険度を見極めなければいけないと思った。
でもどうやって?
用もないのに訪ねていって『アナタたちウチに攻め込んできます?』と問いただすのか?
それで正直に答えるわけがないよな。
本当に野心があるなら隠すだろうし、開拓者の国は魔王様や、人族側も肝煎りでトップと親しいと聞く。
そんな相手に無礼を働けば、なんや知らんうちにこっちが悪いことにされて不利に立たされかねない。
一体どうしたらいいんだ……!? と頭を抱えているうちに、奇しくも好機は向こうから送られてきた。
「物産展……?」
なるイベントが開拓者たちの国で催されるという。
その招待状が送られてきた。
こちらも周辺都市ということで関連性が深いと思われたのだろう。
内容を精査するに、国を問わず世界中から自慢の特産品を持ち寄り、披露する催しなのだとか。
なかなか大規模なイベントだが、それをまだまだ発展途上な国土で行う意味が想像できない。
一体あの国は何なの?
それを探るためにも、この招待は千載一遇の好機だと思った。
懐に入って見えてくるものもある。
実際に開拓地に足を踏み入れたこともないし、この際どれだけの発展をしているか現地に入って直に見てみよう!!
上手く向こう側の指導者に会えれば、真意を聞き出すことも可能かもしれない。
よし、招待状に参加の返答を送る!
そして最大限のおめかしをして敵地へと乗り込むのだ! まだ敵かどうかはわからないけれど!
* * *
そして物産展当日。
初めてやって来た開拓者たちの国……。
まだ何もないな……まあまだ開拓作業も始まったばかりだろうし当然か。
しかしここに来るまでの過程だけでも大変驚いた。
いつの間にか……我が都市と、この開拓地を結ぶ最短経路が舗装されて、大きな街道が出来上がっていたから。
石畳が平たんに敷き詰められていて、馬車もほとんど揺れなかった。
しかも道幅は広い、馬車がすれ違うのだって容易に可能だった。
こんなに広くてしっかりとした道を作っているなんて……。
……侵攻しようと思ったら、この道を通って千軍が容易く我が街にたどり着いてしまう……!?
何という恐ろしい妄想。
帰還したら即刻、新しい城壁を建設しなければいけないか? 予算案、議会を通るかしら?
……と思い悩んでいるうちに現地に到着したのだった。
この訪問、考えるべき事柄が多すぎる。
物産展とやらが開かれる会場へ入ったが、そこはもう既に人で賑わっていた。
どの程度の注目を集めるイベントか推し量りかねていたけれど、どうやら私の想像を超える規模のようね。
……それだけ新興国である、この国の勢いが強いということ?
それともイベント自体への求心力?
どちらか測りかねているところへ、私はさらなる信じがたいものを目撃した。
ここは……魔国展示ブース?
物産展は各地の特産品を展示するイベントと聞いていたが、魔国からも展示があるのね。
でも、私を驚かせたのは展示品よりもまず、人員。
あの威風堂々たるお姿には見覚えあるわ。
魔王様?
我らが支配者たる魔王様!?
魔国の頂点に立ち、我ら魔族を守り導いてくださる魔王様ッ!?
そんな魔王様がみずから現場に!?
それほど重要なイベントであるというの、この物産展というのは!?
魔王様は気炎万丈とばかりに、周囲にいる部下たちに檄を飛ばされている。
「いいか者ども! 我ら魔国の誇りがかかっている! 他国に後れを取らぬように気合を入れろ!! 戦場を駆けるつもりで今日を過ごせ!!」
何という気迫……!
人魔戦争を終結へ導いた、今生魔王様をしてこれほどの士気を漲らせるなんて!
今日のイベントはそんなに重要なものなの!?
「おお、そこにいるのはロンドメルトの都知事キメリではないか!?」
うひぃッ!?
私のことをご存じで!?
魔王様にとっては数十ある地方都市の管理者にすぎない私の顔と名前を、即座に言い当てるなんてさすが名君。
「そなたの都市は、ここ聖者殿の国……聖国から見てもっとも近い! 将来優良な交易相手となってくれることだろう! 今日を好機と友誼を結んでおくがいい! あとあと、この地の支配者となる方との顔合わせをセッティングする! そこで全身全霊をもって自分たちとビジネスする利点を説くがよい!!」
ぎょ、御意ぃ!?
すべての魔族が敬愛する魔王様にここまでのことを言わせるなんて……!?
一体この土地の支配者は、どれほどの大物だって言うの!?
「おっと、それからぁ!!」
はひッ?
何でしょう魔王様!?
「せっかく足を運んだのだからそなたもこの『ゴッド・フィギュア』を鑑賞していくがいい! 関係者用の試供品も用意してあるから遠慮なく持ち帰るがよいぞ!!」
あ、ありがとうございます……!?
コレ、いつだったか的で大流行りした玩具?
え? 今でも大流行りしている?
何故これを魔王様が差し出すのか、困惑のまま物産展は進んでいく。