1159 思い出の味
古の格言に曰く。
ラーメンとハゲはすぐに料理勝負したがる。
この場にハゲはいないけれど。
今ここでラーメン勝負をするのはハゲではなくドラゴンだ。
ヴィールvsアレキサンダーさん。
全ドラゴンの中でも最強クラスが行うラーメン頂上対決。
一体勝つのはどっちだ?
「うわーっはっはっはっはっは!! もちろん勝つのはおれ様なのだぁああああああああああッッ!!」
高らかに笑うヴィール。
さっきまでの怯え逃げ腰ぶりがウソであるかのような強気だ。
「まさかここまでおれに有利な舞台を整えてくださるとはな! これはもはやアレキサンダー兄上がおれに勝ちを譲ってくれているとしか思えねえぞ! くれるものはビョーキ以外なんでも貰うのだーッ!!」
勇ましやヴィール。
まあコイツとしてもそれぐらい有利に見える勝負だってことだろうな。
俺だってそう思う。
ラーメン勝負となれば彼我の戦力差は一〇〇:一ぐらいでヴィールに分がある。
なんてったって今やヴィールは異世界におけるラーメン第一人者なのだから。
何がきっかけでここまでラーメンにハマるようになったのか?
元々は俺が生み出だしてきた異世界料理をただただ貪るばかりの典型的奉仕される最強者であったヴィールが、いつの間にやら自分でも料理するようになり、しかもラーメンに完全特化したラーメン職人ドラゴンと化していた。
現状のヴィールを忌憚なく分析すれば、そのラーメン作りの腕前は池袋に出店して充分戦い抜けるほどであろう。
それに対するアレキサンダーさんのラーメン能力は……正直わからん。
そもそもラーメン作り以前に料理自体できるのか?
とてもそういうキャラとは思えない。
いわばズブの素人……いやそれ以前の未経験者と推測できる。
そんなアレキサンダーさんがラーメンプロ・ヴィールに太刀打ちできるのか?
いくらアレキサンダーさんが宇宙消滅したり創造したりレベルの最強者でも、それが如実にラーメンに影響するとは思えない。
さすればこれは完全なる素人と玄人の戦い。
積み上げてきた努力の差で、勝者がどちらになるかは火を見るより明らかだ。
「がーっはっはっは! これならおれの勝ちは耐震等級3張りに揺るがないのだ! 最強であるあまり慢心したな兄上! 最強でも慢心すれば全敗することをどこかの王様で学べなかったのだー!!」
「学ぶことが多ければ負けることもいい経験よ。さて、胸を貸してもらうとするか」
そんなんで始まりましたヴィールvsアレキサンダーさんの一騎打ち。
これが混じりけない戦力勝負なら、真実ドラゴン族のナンバーワンvsナンバーツーの戦いで必見の好カードだろう。
……いや、それでもアレキサンダーさんが百億回やって百億回勝つので見るまでもないか。
しかしながらこれより行われるのは謎の、ドラゴンによるラーメン勝負。
ラーメン大食いでも利きラーメンでもなく、ラーメンを作ってどっちが美味いかという職人勝負なんだ。
『美味しさを競う勝負であるからには、審査員が必要です。それを聖者様にお願いしてもよろしいですか?』
え? 俺ですか?
でも俺は純粋に農場陣営だし、公平性が保たれないのでは?
『聖者様はその名にふさわしく公正な御方、一方に肩入れなどすることがないと信じています。それに加えて高い見識と正確な感覚を持ち合わせる。審査員にこれほどふさわしい御方はおりますまい』
いやあ、そこまで褒められると何とも……!
では審査員、謹んでお引き受けしようじゃありませんか!!
それではドラゴンの誇りと強さを懸けて……。
ラーメンファイト、レディゴー!!
「では、華麗に勝たせてもらうのだ!」
当然先に動いたのはヴィールだった
アイツにとっては慣れた作業、淀みない手つきで麵を打つことから始める。
……手打ち?
「ラーメンの麺は、弾力こそが命! 他の麺類にはありえない、噛むと押し返してくるような噛み応えこそラーメンの魅力なのだ! それを実現させるには調理者の細心の注意が不可欠! 麺を打つ力加減! 水を加える量タイミングなど寸分の狂いもなく行うには、積み上げてきた経験と磨き抜かれたセンスによるしかない!!」
語るヴィール。
麵を寝かせる時間は、先生などが時間操作などで何とかしました。
「出来上がった生地を切り分けて麺を作る! これがまた難しいのだ! 心地よい触感を作り出すには麺の太さは均一でなければいけない! すべてをまったく同じ間隔で切るには機械並みの正確さが必要だ!!」
お前機械知ってるのかよ。
しかしヴィールは、それこそ機械並みの精密さで、麺生地を細かく切り分けて、糸のように細い麺を作り上げている(誇張表現)。
よくぞここまでの腕を磨き上げたものだ。
同時にドラゴンのアイツが『何をそんな努力を費やしているの?』とも思える。
「麺の次はスープだ! しかしスープこそ一朝一夕じゃできねえ! 食材を何時間も煮込んで出汁をとる! 中にはスープを注ぎ足して何年と使い続ける職人もいると聞く! ラーメン職人にとって年月と共に積み上がっていくのは知識や技術だけじゃない! ラーメンのスープも積み上がっていくのだ!!」
ヴィールのラーメン語りが止まらない。
アイツめ、なかなか面倒な方向性にラーメン経験値がたまっているじゃないか。
「おれ様特性ゴンこつスープに、アルデンテに茹でた麺をイン! そしたら次は具材の番なのだ! 具材の量、種類は母体となるラーメンによって異なる! 全体の調和が大切なのだ! おれのラーメンはシンプルに、厳選した具材を添えるように置くのがベストアンサー!!」
そうやってできたラーメン……ヴィール・ゴンこつスペシャルが俺の前にやって来た。
では審査員としてのお務めだな。
俺はヴィールのラーメンを一すすり……。
「うん、美味い」
実に美味しい、理想的なラーメンであった。
ラーメンを特徴づけるゴンこつ(ドラゴンの出汁を取った)スープ。
それ自体めちゃくちゃ美味しいんだよな。劇物だけども。
主体となるゴンこつスープを活かすように野菜等の補助的な具材が加えられて濃厚ながらも万人受けするようなまろやかさがある。
普通に飛び上がるぐらいに美味いラーメンだ。
外食でこれを食べたらその日一日が幸福で終わるだろうなというぐらい。
ご馳走様でした。
「ご主人様、リアクションが薄いのだ~」
仕方なかろう。
お前のラーメンを食ったのはこれが初めてじゃないんだし、何度も初見のリアクションをするのは無理だ。
めちゃくちゃ美味しいという評価は変わらないんだからいいだろうが。
つまりヴィールへの評価値は百点満点中の百点満点。
これに対してアレキサンダーさんはどう挑むつもりなのか。
いくら宇宙最強ドラゴンとはいえ、ラーメンに関して何の技術知識も持ち合わせていなければ、その点において要塞級の含蓄を持ったヴィールには敵いはしまい。
一体アレキサンダーさんはどんな対抗策を打ってくるのか……。
アレキサンダーさんは、まず普通に鍋で湯を沸かし……。
用意していた袋麵を開けて、中身を入れる!
「!?!?!?!?!?!?」
袋麺!?
なんでこのファンタジー異世界に袋麺があるんだ!?
『私が取り寄せました』
説明するのは家令さん!?
『ノーライフキングとして三賢の方々には遥かに及びませんが、私にも得意とする術の一つや二つはあります。そのうちの一つが次元移動です。本来はアレキサンダー様がそこそこ全力で戦えるように何もない異空間へご案内できるようにするための術ですが』
何気に怖いこと言っている。
『その術でもって異世界から袋入りインスタントラーメンを取り寄せたのです。アレキサンダー様のお役に立てるならこの程度、お安い御用です』
そして出来上がったインスタント袋麺……。
アレキサンダーさんには技術もないので具材もまったくなし、徒手空拳の具なしラーメンだ。
しかし俺も審査員として、試食しないわけにはいかない。
一口……ずずず。
「……!」
……。
なんて……なんちゅうもんを食わしてくれたんやアレキサンダーさん。
食べた瞬間思い出してしまった。
幼い頃の袋ラーメンを食べていた頃の記憶を……!?
夕食も終わったのに小腹がすいてしまった夜中に、母が作ってくれた袋麺。
簡単ですぐできるのに、とても美味しい。
成長して、自分で火を使えるようになってからは自分の手で作る。
子どもの頃の思い出と共にある袋ラーメンの味……。
一日のすべてをやり終えた夜中、あとは布団に入るだけの自由な時間に食べる袋ラーメンの安心感というか……。
実家の心地よさが、袋ラーメンの味で紐解かれる……!
あの時代を生きた俺にとってはおふくろの味に近いものかもしれない。
「大変いいものを食べさせていただきました……!」
たしかにヴィールの作り出した職人ラーメンは素晴らしい。
人に感動を与えるラーメンの味だ。
しかし万人に向けて放たれた袋ラーメンにも独特のよさがある。
そのことを思い出させてくれました。
ありがとうアレキサンダーさん。
……で、勝負の結果は?
ヴィールの勝ちだが。
袋麺自体は美味しいが、さすがに何の工夫も加えてないに勝負させるわけにはいかないしな。






