1154 頂点の住人たち
私の名はアレキサンダー。
どこにでもいるごく普通のドラゴンだ。
人々の言う人間国という領域の一角に住み、みずからの根城であるダンジョンで静かに暮らしている。
ダンジョンの名は『聖なる白乙女の山』。
ドラゴンは大抵、山ダンジョンを居城とし住みつくものであるが、ダンジョンには人々が入り狩猟もしくは冒険などをしていく。
魔窟から溢れ出んとする危険を先んじて間引く、生活に役立つものを採取する、あるいは己自身の冒険心を満たすため……。
人々はあらゆる理由から危険を顧みずダンジョンへと入っていく。
多くのドラゴンは、自分のダンジョンに入ってきた人々を許すことがない。
縄張りを荒らされるとでも思うのだろうか、全力で排除し、時には人の領域までやってきて報復を行うことすらある。
狭量なことだと私自身は思う。
おこがましくも世界最強を謳うドラゴンともあろうものが。人々が何をしようとおおらかな心で見守ってやればいいだけのこと。
実際に人々のやることは見ていて飽きぬ。
小さいながらも精いっぱいに生きようとする人間は、時にひたむきで、時に信じがたいような奇跡を引き起こすこともある。
この世界でもっとも弱い反面、もっとも凄まじい可能性を持つのも人間といえよう。
私はそんな人間を見守るのが好きな、一風変わったドラゴンとして通っている。
そういう性格のドラゴンは珍しく、父上からは『惰弱なドラゴン』と散々こき下ろされた末に後継者の資格をはく奪されてしまった。
まあ私にとってはどうでもいいことではあるがな。
せっかく皇帝竜の後継候補から外されたのだから、自由気ままを謳歌して、人々の営みに寄り添おうと考えておる。
我がダンジョン『聖なる白乙女の山』を開放し、人間の冒険者を呼び込んで攻略してもらう。
侵入者を拒むよりも、むしろやりがいをもって攻略してもらう、そんな風に自分のダンジョンを調節しているつもりだ。
おかげさまで我がダンジョンは人間側からも大きな評価を得ているとか。
嬉しいことよな。
そんな風に人々と寄り添う暮らしが続いていた、ある日のこと……。
* * *
「ううむ……」
『いかがなさいましたアレキサンダー様?』
ここは我がダンジョン『聖なる白乙女の山』の頂上。
攻略する冒険者たちにとっては最奥のゴール地点にして、私が鎮座するにもっともふさわしい場所だ。
実際何ともなしにくつろぐ時間はここにいるわけだが……。
今日は最奥部まで到達しそうな冒険者もいないし、安穏そのものな時間帯だ。
まあ、それはよいとして……。
「最近、どうも妙なのだ」
『と、申されますと?』
「我がダンジョンに挑む冒険者が減っているような気がする……」
そう、私のダンジョンは世界中から見ても最大規模、その上ダンジョン主である私みずから『挑戦し甲斐のあるダンジョン』を目指して日夜研究と改良を加えている。
よって人側のダンジョン攻略専門家である冒険者ギルドからも高い評価を受けていて、それが秘かな自慢でもある!
……いかんいかん。
すぐ調子に乗るのはドラゴン族共有の悪癖よ……。
だから我がダンジョンには日ごろから多くの冒険者が訪れ、首都か港町かというほどの賑わいを見せている。
賑やかなのはよいことだ。
しかし最近……、その賑わいが陰っておるような気がしないでもないのだ。
いや、目に見えて寂れているわけではない。
今日も遠見の神器で様子を窺えば、山ダンジョンの裾野では今日も攻略目的の冒険者や、それらの利用を見込んだ商売人たちでごった返している。
しかし心なしか人々の密度がかつて見た時より薄いような……?
気のせいか……?
まあ、見た目の印象というのはその時々の気の持ち次第で変わるものだからな。
『いえ、実際に減っております』
なんだと!?
そういうのは我が腹心……ノーライフキングの家令である。
元は人間の冒険者であったが、私に仕えるために禁断の秘法を用いてみずから不死者となった存在。
自分の意を貫くために思いもよらぬ方法をとる、それも人間の凄まじさであろうか。
しかし今は家令の在り方よりも……我がダンジョンに出入りする人が減っておるというのは本当か!?
『こちらをご覧ください。ここ数ヶ月の「聖なる白乙女の山」の利用者数の推移がまとめてあります』
そう言って家令、我が眼前に何やら表を出す。
これは!?
月ごとに区切られたダンジョン利用者数が棒グラフで表されていて、大変わかりやすいぞ!!
……ううむ、これを見ると数ヶ月前をピークにして、たしかに微減しているな……。
推移は緩やかなるが、減っていること自体まぎれもない事実。
一体何故だ?
『ご安心くださいアレキサンダー様、原因は既に究明されております』
なんだと?
さすが家令、仕事が早いな。
『ここ最近、外界は大きく揺れ動いております。特筆すべきは、これまで人魔人魚の三大国で久しくバランスが取れていたところへ、新たな国が興るとのこと』
何? 新国?
『かの聖者が頂点となって切り盛りする国とのことです。あの者はこれまでも多くの影響を世界中に振りまいてきましたが、それがアレキサンダー様の下まで波及するようになった……ということでしょう』
ふむ、つまり聖者の国が新しくできたことで、我がダンジョンに入る冒険者たちが減っていると?
どういう因果関係が?
『もっとも直接的であるのは、やはり人員の流動かと。かの地はまだ国土としての形さえ整っておらず、手つかずの荒れ野を切り拓いていかねばなりません。そのための人足が世界中から募集されたとか』
そうか、なるほどわかったぞ。
その開拓要員に冒険者たちも多数回されて、その分我がダンジョンで見る顔も減っているというわけだな!?
『さすがアレキサンダー様……ご明察かと』
うむうむ、そうか、なるほどなるほど。
世の中そういう風に動いていたとは、少しは外の世界に意識を向けていなければな。
しかしわかってみれば安心だな。
原因さえわかっていれば恐れることなど何もない。原因自体も悪いことではないのだから、こうして事態を見守っているだけで充分だ。
聖者が携わっているなら悪い方へ向かうはずもないのだからな。
彼の者は思慮深く善良で、人々を想って動いてくれるに違いない。
彼らの行いを、この白山の頂上から見守っていくのも一興だろうて。
「甘い! その考えは甘いっすよー!!」
おお、誰だ?
いきなりの乱入者にビックリしたが、天使ソンゴクフォンではないか。
いつ頃からか我がダンジョンに勝手に住み着くようになった天使。
まあ、ダンジョンの難易度調整としてちょうどいいアクセントかと思ったのでそのまま住まわせているが……。
一体どうした?
今日の就業時間は満了したのか?
「アレさんがあんまり見通し悪いもんだからモノ申しに来たっすよ! 甘い甘い、あんこに黒蜜かけるぐらい甘いっすね!!」
アレさん?
『おいこらアホ天使!! アレキサンダー様に何たる無礼な口を!?』
「エンタメの世界は日進月歩! 日々新しいコンテンツが現れては顧みられなくなったものから流されて消えていくものなんすよ! そんな厳しい世界で安穏としていることがどんなに迂闊か、わからないっすかーッ!?」
ぬうッ!?
言われてみれば、たしかに……!?
「今はまだ小さな減収でも、それを放置しておけば被害はどれだけ拡大するかわからない。小さなシグナルをどれだけ鋭敏に受け止められるかが、優れた経営者の能力ってもんじゃないっすか!?」
ソンゴクフォンの言う通り。
我がダンジョンに入るものが減っているのはたしか。私としては永続的にダンジョンに挑戦してほしいと思っているのだから、利用者が減ったことをもっと深刻に受け止めねば。
少しの油断が衰亡に繋がりかねないのがダンジョン経営だ!!
『い、いえあの……先年出生率が爆揚がりしたという情報を得ていますので将来的には利用者数も増加傾向になると見ておりますが……!?』
「希望的観測はダメダメっすよ! 経営は常に強気! 攻め続けなければ沈むだけなんすよ!!」
私は、世界最大のダンジョンを築き上げたという安心感に驕って、受け身になっていたのかもしれんな。
私もまた一人の挑戦者にすぎぬ。
我がダンジョンの繁栄を求めて外へ向かって打ち出していかねばならん!!
『ああ、アレキサンダー様……! 決意を固めたご尊顔もまた凛々しい……!』
「わーい、これで楽しい展開になりそうっすねー! ここ最近イベントがなくて退屈してたんよなーッ!」
さあ、我がダンジョンが多くの人々に周知され、足を運んでいただけるように……。
策を出せい!!