1153 会社の王女
ま……豆国?
それは具体的にどんな国家なのでしょうか?
「その名の通り、豆をこよなく愛する国家よ! 豆を愛し、豆のために生き、豆の豆による豆のための国よ!!」
「天は豆の上に人を作らず、人の下に豆を作らず、です」
ホルコスフォンが何か怖いことを言っているが、要するにいつものレタスレート&ホルコスフォンということで問題ないか?
危機感を煽った割にしょーもないオチだった。
「セージャが新しい国を作るって聞いて、なら私も新しい国を作る! そして私の理想国家とは何ぞや? と自問してみたら、豆のための国ということに決まったの!! 私のやりたいことがすべて詰まった国よ!」
「豆のユートピアです」
そ、そっかー。
あの天空を浮遊する超巨大大豆のせいで皆の注目も集まっているから、彼女のマニュフェストはもはや世界中に知れ渡っている状態。
ちなみに『人間国の王女が生きていた……!?』とかいう驚きや戸惑いはもう皆無だった。
ヤツ自身の様々なご活躍でもう既に“人間国王女生存説”はまことしやかに囁かれていたからな。
皆もう今更って感じだろう。
まあ、王女生存よりビックリでインパクトなことがあるわけだし……。
「とりあえずレタスレートやーい。詳しく話をしたいので降りてきてくんなーい?」
いつまでも遠くへ届くように声張り上げるのは辛いのよ。
「まあ、いいでしょう。……あ、そうこうしているうちに豆・スターを維持する精神力が尽きてきたわ……!」
「緊急事態、レタスレートの精神力枯渇により豆・スターの浮遊保持が低下しています。まもなく本体は地表へと落下します」
うわーッ!?
その巨大豆、レタスレートの豆力で具現化されてるんだろ!?
だったらなんで浮遊力がなくなるだけで形だけは保持してるんだよ!?
一番迷惑な状態に収まるなあああああッ!?
『ぐおおおおおぉーッ!! たかが豆コロ一つ、おれが押し返してやるのだ! ドラゴンは伊達じゃないのだぁああああッッ!!』
ドラゴン形態に戻ったヴィールが支えてくれたことで、どうにか軟着陸することができた。
この大きさならそれ自体で充分な質量兵器だ。
早くしまって。
「で、何の話だったかしら?」
何事もなかったかのように進めるな。
「そうよ! 豆国の発足を、ここにいる世界すべての国家に認めてもらうのよ!
さあ、さっさと認めなさい!!」
ここまでのことができるようになったレタスレート。
彼女の要望を突っぱねれば、下手すりゃ世界の命運にかかわる大戦争に発展しかねない。
どうして世界征服しないんだろう、この子?
「あの……その豆国を作ったとして、そのあとはどうするんです?」
とりあえず不安に思っていることを聞いてみた。
その豆国を中心に、周辺領地を切り取る覇権主義へと?
「そんなの決まっているわ! 豆をたくさん育てるのよ! そしてできた豆を売って、たくさん利益を得て、その利益でまたたくさんの豆を育てるのよ!!」
「わたくしはレタスレートの作った豆を元に納豆を作ります」
夢を語るレタスレートとホルコスフォン。
ううむ……清々しいほどいつものコイツらだ。
豆さえ育てていられればいいし、納豆が作れていればそれでいい。
望みが今まで通りだとするなら、あえて国なんて作って現状を変えなくてもいいんじゃない?
「えー? 嫌よ、国って要するに国土そのものでしょう? 豆は畑からいずるもの、畑とはすなわち土地、だったら国として管理する方がたしかだし安心じゃない」
詳しく聞いてみると案外考え方しっかりしとる……!?
「セージャが国を作るって聞いてから、その考えに至って私も立派に国を建てられるように秘かに練習して豆具現化能力を会得したのよ! 凄くない?」
す、凄い……!
こればかりは混じりけなく純粋に凄い……!?
「レタスレートは、国々に要求を通すぐらいなんだから誰もできないぐらい凄いことをして見せなければと頑張って修得したのです。わたくしも応援協力しましたが、無事成功した瞬間はわたくしも感動を禁じえませんでした」
だろうね!
俺もその場にいたら感涙に咽び泣いただろうね!!
「これだけのことをやってのけたレタスレートです。願いを叶えてやりたいとは思いませんか、皆さん?」
うーん。
真に迫ってくるホルコスフォンの能面のような表情。
そりゃ頑張りは認めてあげたいけれど、豆愛しさにここまでできてしまうコイツに国という足掛かりを与えてしまうと、より空前絶後な想像もできないことをしてしまうんじゃないか?
俺は恐ろしくなった。
視線を回し、その場にいる国主クラスの皆様の様子を窺う。
魔王さんもアロワナさんもリテセウスくんも、大変微妙な顔をしておられた。
「あの……仮にレタスレートの要望通りキミの国を作ったとして、仕組みと稼働するの?」
国家となったからには内政は必要でしょう?
それに周辺各国との関係性は? 国民をどうやって食べさせていくのか?
国を営むということはそれらを全部完璧に考えないといけないんだぞ。
今俺が考えているように。
その辺り、どう考えておられるのだろう?
「豆よ!!」
随分明快な答えだった。
「土地を耕して豆を作り、豆を他の国々に売ってお金を得て、そのお金で人を雇い豆作業を手伝ってもらうのよ!!」
豆作業ってなんだ?
「どう! この豆を中心とした国家運営は!? 完全完璧、欠けるとこなしでしょ!」
「あの……プランを聞いてて思ったんだけど……!」
それ国じゃなくてもよくね?
会社でもよくね?
「え? 会社?」
「そうそう、レタスレートがしようとしていることは会社の単位で充分収まると思う。国だとさらに範囲が広くなって大変だよ? 福祉とか治安とか、格差の是正とかそういうのも全部やってかなきゃいけないんだよ?」
面倒くさいじゃん。
豆と向き合っていればいいと思っているならなおさら。
「格差なんてないわ! 豆の前では人間はすべて平等よ!!」
カルトなこと言ってて怖い。
「だから会社ぐらいにしておけば、余計な面倒なことはすべてお国に丸投げして、豆だけに意識集中できるよ。そうしとこうよ身軽な人生のために」
という感じでレタスレートを丸め込んでいく。
彼女の才能の熱意は素晴らしい。
それはもう否定しようがないのだしむしろ称賛したいところなのだが、その分だけ暴走の危険性を孕んでいるのも見逃せない。
ホルコスフォンという同好の士も含まれているからなおさらだ。
彼女には手綱を握る誰かが必要だ。
それを今までは俺が務めてきたが、これからも手綱を握り続けなければいけないのか……!?
「えー? でもー、やっぱり国主の座には興味あるていうかー」
なんだよ?
「私これでも元王女なのよ? 『王女』『王女』とチヤホヤされる時期がかつてあったの。だから再びそういう状況に返り咲けると思ったら未練があるっていうかー」
「会社を興したら、“社長”って呼ばれるよ!!」
社長って呼ばれるのも嬉しいものだよ!
一体何人のサラリーマンが、社長と呼ばれるようになるために日夜身を削って頑張っているんだから!!
でも社長呼びはやめてください!
なぜならこの世界には唯一無二の恐ろしい社長がいるから!!
「……あッ、こういうのはどう?」
何ですか!?
「社王! 私は社王と名乗るわ!! だって長より王の方が断然偉そうじゃない!」
なんかやめて!
島○作さんの新シリーズが始まってしまう!!
明らかにそれ海賊王とか英雄王と同じカテゴライズだよ。
「豆社王レタスレート!……いいわね、いい響きだわ。私はこれから豆カンパニーを立ち上げ、各国を股に掛けて豆のを売り歩き、世界一の大企業へと育て上げていくのよ!!」
「資本主義の幕開けですねレタスレート」
……ん?
ホルコスフォンの発言に何か引っかかった。
このレタスレートのバイタリティで豆を売り出し続けていたらどっちにしろヤバいのでは?
資本主義は存在するだけで封建制を破壊するぞ?
そしてこの世界の国家のほとんどは王政……!?
「さ、話がまとまったところで私たちも物産展に参加するわよ!! 実はこれも重大な目的だったのよね!」
「そのために今日という日を選んだのですからね。皆さんにわたくしの作った納豆の素晴らしさを目の当たりにしてもらいます」
そう言ってレタスレートは豆を、ホルコスフォンは納豆を配り歩く。
実際アイツらの作る豆も納豆も良品質で、物産展に出すには充分ふさわしいんだよなあ。
きっとこの物産展で集まった人々はその豆の美味しさ、栄養の高さに気づき、問い合わせが殺到することだろう。
彼女の快進撃は留まるところを知らない。