1147 若者の提案
農業国作りも少しずつではあるが順調に進んでいる。
そんな折、また訪問者がやってきた。
新たなるイベントの始まりだった。
* * *
「リテセウスくんかい、元気だった?」
「ハイ! 僕はいつでも元気です!!」
リテセウスくんはかつてこの農場で学び、そして現在新人間国の大統領としてかじ取りをしている。
ある意味ここで学んだことをもっとも活かせている若者だ。
そんなリテセウスくんが自分から農場へ訪問してくるなんて……。
何か問題でもあったかな?
「問題なんかありませんよ! 先日、聖者様と先生に喝を入れてもらったお陰で、僕の迷いは晴れたんです。何事においても全力で突き進むことができます!」
そ……そう……!?
「こないだなんか僕の政策を裏で妨害している官僚の不正を暴いて、公職から永久追放しました! また一つ障害が取り払われて、今の僕は絶好調です」
そ、そっかぁ……!
ならええかぁ……!?
なんだろう?
この現状リテセウスくんの一見健やかなることに見えて、そこはかとなく感じさせる危うさは?
こないだ人間国を訪問して、擦り切れる寸前のリテセウスくんにヤベェと感じたものだ。
ノーライフキングの先生が諭してくれたことで危機から脱したものと思っていたが……。
今のリテセウスくんの曇りなき眼だが、焦点が合ってない気がするんだよなあ、なんとなく……。
……まあ、いいか。
若いうちはたくさん悩んで迷っておきなさい!!
「問題ないならなおさら何用なの?」
「やだなあ、問題がなきゃ聖者様の下を訪ねてはいけないんですか?」
「そんなことないけど……!?」
ごめん、魔王さんとかアロワナさんとか、国賓級の人が改まって来られる場合、大抵何らかの問題が噴出して、俺に助けを求めるものだったので……。
クレームはキミの先輩たちにお願いします。
あと、強いて問題があるとすれば、それはまさに目の前のリテセウスくんそのもののような気がしないでもないような……。
……いや、根拠も薄い中でそういうものじゃないか?
「今、僕の人間国の施政は極めて順調です! それはもう僕の進む先には海ですら割れて道を開けるかのようですよ!」
そうやって勝ち誇りながら、よくわからない比喩表現持ち出すのジョ○ョの悪役みたいでますます不安なんだけど?
「しかし僕は思うんです! 好調な時だからこそ気を緩めてはいけない! 今のペースを落とさないように、いやむしろさらに上へと飛翔するためにも新たな施策を打つべきだと!」
「ああ、はい……!」
油断しないその姿勢、素敵です。
「そこで僕は色々と考えてみました。人間国をよりよく……いや、こうなったら世界全体をよりよくする、いい手はないもんかと。……そこで思いついたんです!」
はい。
「いま世界でもっとも注目されているのは農場国。これから生まれようとする新しい国。これが正式にスタートした暁には、きっとより良い影響を与えてくれることでしょう、我が国を含めた世界中に!」
あの……あまり期待をかけられるとプレッシャーなのですけれど……。
「もちろんまだ開拓を始めたばかりで、形すら成していない農場国ですが、今のうちに何らかの準備を整えておくことで、少しでも農場国のスタートを安定したものにできないかと」
お気遣いいただきまして……!?
「僕は色々と考えてみました。そして思いつきました! 農場国は将来、世界各国の貿易を繋げるハブ国家としての役割を果たす予定だと!」
そういえばそんなことを魔王さんが言っていたような?
「なので、貿易中継地の土台となるものを今のうちに築いてみては、と思うんです! 農場国が本格スタートしてから作り始めるんじゃなく、準備段階からある程度は枠組みを決めていた方が効率的でしょう!」
な、なるほど?
俺はその点あんまりよくわかていないんだけど、貿易中継地って具体的にどうするんだろう?
字面に乗っかるだけで、俺自身あまりイメージしていなかったんだが……!?
「世界が平和になって、各国の交流もどんどん活発になっています。そうなれば輸入や輸出……多国間でのもの流れも多くなっていくいでしょう。実際それぞれの国の特産品はよい商品になるし、相手国も欲しがるはずです」
まあ、それは……。
……わかる、かな。
俺の元いた世界でも、仲よくなってすることといえば物々交換からだ。
「国境をまたいだ取引が行われるようになれば、次に必要になるのは効率的な輸送ルートです。なにしろ輸送にかかる時間やお金は純粋なコストです。抑えれば抑えるほどいい。そして将来、もっとも効率的な輸送ルートを農場国が築き上げてほしい。その要となってほしい。魔王さんなどはそう願っているんです」
農場国は地理的にちょうど人間国と魔国の中間にある。
さらに農場本体は海に面し、俺の奥さんがプラティであることから多くの意味で人魚国と近い。
それらの特徴をまとめ上げれば、なるほど各国を繋ぐ触媒としてこれほど優良なものはあるまい?
「でも待って? 輸送って転移魔法はじゃダメなの?」
あれなら距離とか時間とか何も関係なしよ?
「いくら転移魔法でも、毎日数千単位の物資を移動させるには魔力の消費に見合いません。セキュリティの問題もありますし結局は船や馬車で運ぶ方が安くつくでしょう」
そういうものか。
「それに各目的地へ運ぶにも、その途中やはりどこかで集積しておくスペースが欲しい。その役割も農場国に担ってほしいと考えています。いわば農場国は、世界各地へ血液を送り出す心臓のような役割を担うんです!」
その例えやめてほしいな!!
責任の重大さが如実になってくるから!!
「農場国へ期待されていることをご理解いただけましたでしょうか? それを踏まえて、これから僕はハブ国家としての役割を担う農場国に、有益な提案をしたいと思います」
提案ですか?
「イベントを開くんです。これから農場国は、世界の物流をしょって立つんですよということを大々的にアピールする象徴的なイベントを。そこに世界各国の要人を招待し、強く印象付けます」
できることなら控えめに生きていきたいんですが……!?
「国主となられる聖者様がそんな弱腰ではダメです! そこで具体的なイベントの内容ですが……物産展はいかがでしょう!?」
ぶっさんてん!
「世界各国からそれぞれの自慢の特産品を持ち寄り、展示するんです。その会場を、未来の農場国となるべきこの場所で! そうすることによって、この地に世界中の素晴らしいものが集まってくると見せつけることになるでしょう!!」
世界のすべてをここに置いてきたってこと?
何ということだ、ラフテルは農場国だったのか!?
「どうでしょう聖者様! 物産展を行うことでますます世界は農場国に重きを置くことになるでしょう! 自国の立場を確固たるものにするためにも、ご英断を!!」
うーん……。
今までの俺ならそう声高に喧伝するようなことは避けたいと思うところだ。
しかし農場国を築き上げると決めた時からそういうのはやめることにした。
既に走り出しているのだ。
主張するべきところは主張しないと侮られる結果になり、いずれは俺や俺の大事な人たちに不利益をもたらすことになりかねない。
それを避けるためにも、しっかりと『俺たちはできるんだぞ』ということをアピールせねば!
「それにリテセウスくんがここまで気合い入れてプレゼンしてくれたんだからな! 卒業生の心遣いにも応えてやらないと!!」
「ありがとうございます聖者様!……それでですね、折角ですから農場側からも、何か展示してみてはいかがでしょう?」
……はい?
「農場の存在感を知らしめるためでもあるんですから、農場産の野菜や、作られている酒とか陶器類とかを並べて……!」
「ダメに決まってんでしょう」
重く響く声でリテセウスくんを遮ったのはプラティであった。
視線がジットリしている。
「農場で生み出されたもの総じてオーバーテクノロジーだってわかってるでしょうにアンタも。そんなもの見せたら周囲は感心するどころか威圧されるわよ。もう立派な示威行為よ、示威行為」
「うッ、さすがプラティ様……よくわかってらっしゃる」
目論見外れたとばかりに表情を苦くするリテセウスくん。
いったい彼はどこに行こうとしているんだろう?
まあ、若いうちはたくさん悩んでおけばいいけどさ。