1142 合コンとは何の略
「合コンだッッ!!」
私は娼婦リターシエラ。
……なんだけど。
一体この展開は何なの?
大きなテーブルを囲んで座らされている。
しかも座席の配置が微妙で、対面するように両側に並んで座らされて、その一方が男ばかり、そしてもう一方が私たち女性ばかりという座り方になっていた。
その女性側に交じって座っているのが私よ。
まるで男と女で対話でもしようかという様相だわ。
これで一体何をしようというの?
「これが合コンだッ!!」
興奮気味に喚き散らすのが、最初に私たちを出迎えた案内役の男だった。
彼は対面には座らずに、私たちの中間に立って司会進行気取りでいる。
「合コンとは、俺の故郷の世界で行われていた古式ゆかしいカップル成立の作法! 若い男女が卓を囲んで食べて飲んで会話して、それぞれ相性がいいと思ったパートナーを選び出す催しだ!!」
なるほど。
つまり見合いを集団でするようなものかしら?
相手側の男集団とこちら側の女集団。
しかし女側がもれなく娼婦たちで、男側が開拓のために集められたのであろう元傭兵の冒険者たち……というのがどうも。
私たち娼婦側はもちろん、男側だって困惑の表情が滲み出しているわよ。
きっと彼らも何が起こっているのか把握しきれていないのでしょうね。
こんな辺境の地で、女に触れることなく理性崩壊の寸前で私たち娼婦を前にしたんだから真っ先に男の欲望を開放したいところでしょうに。
わけのわからない茶番に付き合わされているんだから。
対面で座っているために、どうしても視線が合ってしまうのだけれど。
そのたびに曖昧な愛想笑いを返されて私としても微妙。
そんな気まずい空気が流れる中、当の主催者は……。
「ウェイウェイウェーイッ! バイブス上げてこー! ザギンシースーオケ丸水産ハラキリサムライスシゲイシャ! チッスチッス! あざっすウィーッス!!」
なんか独特の理解しがたいテンションの上げ方をしてるわ。
それを見かねて、さっき現れた子連れの女性が介入する。
「何やってんの旦那様? そんな今まで見たことのない類のハメ外し方やめてほしいんだけど? ジュニアもノリトも怯えているわよ?」
「ハッ!? そんなこと言うなよプラティ! 俺だってまったくわからない陽キャのまねごとを頑張ってしているというのに!」
「わからないものを無理やり真似しない方がいいわよ」
この二人、夫婦だというけれどたしかになるほど気心が知れているわね。
コイツらがこの土地の主人だというのはまだ半信半疑だけれども。娼婦歴二十年近くの私が見てきた名士高官と言えばもうちょっと威厳が伴っているもののはずなんだけれど?
「仕方ないんだ! 合コンというものは陽キャが引き起こすものなんだ! それまで話したこともない初対面の人物、しかも異性と面と向かって、打ち解けろなんて陰キャにとっては高難易度すぎる!」
「だからって陽キャになり切ればいいもんでもないでしょうに!!」
謎の言い争いが繰り広げられている。
「所詮、陽キャの皮をかぶろうとも陰キャの本質は陰キャなのよ!」
「やめろ! 真実を突きつけないでくれ! 解けて消えてしまう!!」
「でぃすこー」
「さたでーないとふぃーばー」
子どもたちまで交ざって謎の茶番が繰り広げられている!?
何なのよ一体!?
家族間で楽しく過ごすのはいいけれど、その傍で置いてけぼりにされて呆然としている独り者たちがいることを忘却しないでくださるかしら?
家族のドタバタ団らん劇を間近で見せられる独身者の気持ち考えたことある?
手持ち無沙汰感が物凄いわ!
私だけでなく、他の人たちも!!
「あの……!?」
私の対面に座る男の人がおずおずと尋ねてきた。
「……ご、ご趣味は……?」
手探りながらも自分の役回りを果たそうと動き出したわ。
手持ち無沙汰すぎてそうするしかない、という感情はわからないでもないけれど。
こうなれば私も高級娼婦。
振られた会話を上手く返してこそ。コミュ力もまた職業娼婦に要求される大事なアビリティなのよ!!
「そうですねえ……噂話を聞くことかしら」
「う、噂話ですか?」
「ええ。この職業、話題が豊富でないといけませんから常に新しいことは知っておくように努めていますの」
「なるほど、勉強熱心なんですね……」
「それほどでもありませんわ」
「あ、あははは……!?」
「うふふふふ……」
何やらお互いに腹を探り合うような緊迫感がありますわね。
私も相手も、望んだわけでもないのにこんな状況に置かされて仕方ないっちゃ仕方ないんですけれども。
「いいや、その意気だッ!!」
ひぃッ!?
何なの!?
さっきまで家族内で戯れていた土地の主とかいう男がズイと迫ってきたわ!?
「せ、聖者様……!?」
「互いにわかり合おうという前向きな精神が合コンには不可欠! 相互理解! 対話! それを繰り返していけば人はいつかわかり合える!!」
不用意に話のスケールがデカくなっていない?
これただ単に集団お見合いよね?
そんないいとこ家庭規模のスケールを、世界にあてはめないでほしいのだけれど?
「さあ、他の人たちもジャンジャン話し合おう騒ぎ合おう! 浮き立てば、心の壁も取り払われて打ち解けやすくなるからね! もちろんそのための援けも忘れないだって俺は、今日の合コンの司会進行役だから!」
誰もそんなこと頼んでいないけれど?
「いわば恋の橋渡しをする、てんで性悪キューピッドが俺だ! そんな俺からの物資供給かまずこれ!」
そう言うと男、ダッシュでこの場から離れると、すぐに戻ってきた。
何かを抱えて……。
かなり大きめの何かで、それを両手で運ぶ男は、ドンとテーブルの上に置いた。
これは……?
「フライドポテトだ!!」
大皿にこんもりと盛られた……これは何?
黄色というか輝くような黄金色の……棒状の細短いものが無数に積み上げられている?
これは何なの?
テーブルに置かれた皿に盛られるものだからこそ食べ物ではあるんでしょうけれど……。
男は何回も場を往復してテーブル上の前面にいきわたるようにいくつものお皿を置いた。
例外なく、黄金の棒状のものが積まれている。
それを見て、例の奥方が……。
「……なんでフライドポテトばかりなの旦那様?」
「若者の飲み会といえば、つまみはフライドポテト一択だろう!? 安い、美味しい! 誰でも食べれる! 若者は皆フライドポテトが大好き! 最強のコスパだ!!」
「若者に対する偏見がない?」
流行の最先端を行く高級娼婦の私ですら知らない料理があると?
いいえ、結論を出すにはまだ早いわ。
このフライドポテトとやらが、郷土料理であって特定の地方で絶大な人気を誇っているのであれば都会の高級娼婦である私が知らないのも無理がないわ。
いいや、きっとそうなはず。
私にも高級娼婦としてのプライドがあるわ。文化流行の最先端を走っていなければいけないのが必須条件であるというのに、それを覆されるのは許容できない。
食文化は誰もが興味を持つ、一番重要な文化であるからこそ。
このフライドポテトも、私の知見に含まれていないのであればきっと芋臭い田舎料理であるに違いないわ。
そうであってくれ!
真実を見極めるためにも……私はフライドポテトを一つまみして、口に運ぶ。
「味付けは、ケチャップとマヨネーズから選んでください」
あっ、ハイ。
それはどうも……。
……パクリ。
「これはぁああああああああああああッッ!?」
美味しい!
これは美味しいわ!
油で揚げられた表面はカリッと心地よい歯ごたえ、しかし中身はふかふかの触感でハーモニーを奏でる!
味付けも様々に選択可能で自分の好みに調節できて最高!!
揚げ物であることはわかるけれど、しかし上等な油を使っているのでしょう。生臭さなど少しもなく、むしろ口に含んで爽やかさすら感じるわ油ものなのに!
これは誰でも好きになって仕方がない!
くぅ……私は人間国一の高級娼婦だけれども、これは認めざるを得ない……!
このフライドポテトは、都会でも通用する一流の食べ物だわ!
こんな辺境の地へやってきて新たな学びを得るなんて。
高級娼婦なんて驕っていて、私もまだまだね。






