1141 住めば都の娼婦
私はリターシエラ。
王都からやってきた人族の娼婦よ。
とはいえ御上の気紛れに振り回され、こんな開拓地という僻地へと送り込まれた。
まったく切り拓かれていない手つかずの土地で、人が住むための整備、開発はこれから。
つまり人が満足に住めるようにはなっていない土地で、そこで暮らしていくにはかなりの困難が予測される。
真綿で包まれたような王都での生活に慣れ切った私たちが生き抜いていけるだろうか?
そんな不安と共に現地入りした私たちだけれど、その不安はまた別の意味で粉砕されてしまった。
何なの……この土地の開発具合は?
まだまだ発展途上だと覚悟の上できたのに、むしろ開発されまくっているじゃない!?
案内された、私たちの住処は王城御殿かと見まがうほどの巨大なお屋敷。
しかもただ材木を組み上げただけでなく、漆喰なども塗り込めてあって高級感漂う外観。
周囲はまだ手付かずの森や原っぱが広がっているので浮いた違和感すらある。
……いや、田舎領主が贅を凝らして建てた別荘と言えば通るか?
ダメだわ別荘にしても豪華すぎる!
そして実際、お屋敷に入ってみるとますます驚く。
内装もこれまたゴージャスで、やはり貴族の居館かと見違えるようだった。
「凄い……! 私が元居た娼館より内装凝ってる……!?」
「ヒィ!? 高そうな壺!?」
「いかにもよさげな像が飾ってあるわよ!? 娼婦歴十年の私の見立てでは王城に置かれてもおかしくないくらい! 高級娼婦たれば芸術品の目利きだってできなきゃいけないのよ!」
たしかにその通り。
世界で一番文化的に遅れているかと思ったところで最先端を見せられている。異次元にでも迷い込んだ気分だわ。
さらに各人の個室を覗いてみたら、これまたビックリ。
一人一人に部屋が与えられていると聞いたが、だからこそ狭い個室でハチの子のように詰め込まれて暮らすのかと思っていた。
そんな予想に反して個室は充分な広さがあって、さらにベッドにクローゼット、文机と必要な家具が一通り揃っている。
それどころか個室の中に簡易的ではあるがシャワールームとトイレまで!?
死ぬほど設備が揃っている!?
こんな至れり尽くせりの部屋、王都の高級娼婦だって利用できないわ!?
「あまりにも……あまりにも満ち足りている……!?」
「気に入ってもらえましたかー?」
さっきの案内の男がひょっこり顔を出す。
「この開拓地に初めて女性を迎えるってことで皆張り切っちゃってー。各部屋にバストイレ付きは、こっちの世界でもなかなかない概念なので斬新な試みになりました!! とはいえトイレはガキヒトデを二、三匹ほぷりこんどけば浄化してくれるし、お湯に関してはまたホルコスフォンに温泉掘ってもらって解決したんですけどね! この異世界ホントどこ掘っても温泉がわき出すなー」
言っていることの大体がわからないが、それでもこの屋敷……いや邸宅が想像もできないほど進んだ技術で出来上がっているということがわかった。
なんということなの?
未知の領域には未知の驚きが潜んでいる……こういうことなの!?
とにかく驚き戸惑ったけれど、ひとまず飢えたり凍えたりする恐れがなさそうなのはいいことだわ。
このベッド……造りもしっかりしていて掛けてある布団も高級品だとわかる。
こんな王侯貴族が使うようなベッドであれば、さぞかし快適な睡眠がとれることでしょうね。
きっと……お客様も満足することでしょう。
大分わかってきたわ。
これだけの豪邸をこんな森の奥に築き上げた理由が。
私たちの肩書き、……娼婦というものを踏まえればおのずと答えはわかる。
そう、この建物こそが娼館なのよ。
つまり私たちの新たな職場。
娼館は夢を売る場所。
より完璧な夢をお客様に提供するには、売り物だけでなく売り場にも気を配らなければいけないということ。
事実、私たちが以前にいた王都の娼館だって、その点最大限の配慮をしていたわ。
貴族の居館と見間違う内装に、様々な調度品。
日常と切り離した楽園を演出するために舶来ものを積極的に買い入れていたわね。
この館も同じで、娼館として利用するからこそ、ここまで豪華に豪勢な造りであるのだろう。
まあ、私たちの仕事をちゃんと理解しているということで合格点を上げるべきかしら。
……でも、私たちがここですることはやっぱり変わらないのねえ。
まあ、悪い意味で変わらなかっただけホッとしていいんでしょうけど。
「違うわよ」
えッ?
知らない声がしたので振り返ってみたら、そこには見知らぬ若い女性が立っていた。
いや……王都から送られてきた娼婦御一行様だから妙齢の女性ばかりなのは当然と言えども……。
彼女は、私たちと同行してきた娼婦の一人ではない。
何故即座に確信できるかって、彼女は小さな赤ちゃんを抱えていたから。
「お察しの通りアタシは、アナタたちを歓迎する側の人間よ。名前はプラティ、ここまでアナタたちを案内してきた男の妻よ」
案内していたって……あの男?
あのいかにも平凡で風采が上がらなそうな?
「アレでもこの土地の総責任者でゆくゆくは王座に就く人でもあるわ。媚びろとまでは言わないけれど失礼だけはしないようにね」
わかってるわよそんなの。
こう見えてもサービス業よ、こちとら。
見た目や雰囲気で対応を変えるなんて三流のすることよ!
「アナタの推論の答え合わせだけれど、大間違いよ。ここは娼館じゃないわ」
え!?
さっき言った『違うわよ』ってそういうこと!?
ウソでしょう!? こんな山奥に、こんな都会的でハイカラな豪邸!
領主様の居館か娼館かってぐらいしか使いようがないでしょう!?
「だから違うって言ってんでしょう。よく見なさい。もしここが本当に娼館だったら……あんな風に子どもらを自由に遊ばせとくわけないでしょう!!」
はい!?
プラティなる女性の指差す先を見ると、たしかに四、五歳程度の子どもが二人。
娼婦たちの合間を縫って駆け回っていた。
「しゅちにくりんー」
「たいぼんほうらくー」
うわー、可愛い。
……とか言ってる場合じゃない! 娼館は十八歳未満立ち入り禁止よ!
「ウチの長男と次男よ。もしここが本当に娼館ならあの子たちを連れてくるわけがないでしょう? さすがにあの若さから女の味を覚えさせるのは英才教育が過ぎるわ」
は、はあ……!?
あまりの説得力に思わず納得してしまったわ。
じゃあ、娼館じゃないとしたらここは一体何だっていうの!?
そもそも私たち娼婦を招き入れた館が、娼館じゃないなら定義が崩れるじゃない!
私たちは一体何のためにここに呼ばれたっていうのよ。
「それはアナタたちも聞いてのことと思うけど、ここで働いている開拓者たちが女に飢えてきたからよ。アタシらもおぼこじゃあるまいし、男女のままならない本能にも寄り添ってあげなければ為政者失格というところね」
はあ……、その気配りは殊勝なものと思いますが……。
「そんなわけでアナタたちがここへ御呼ばれしたわけなんだけど……。やっぱり各国のお偉いさん方、娼婦を送ってきたのね。まあ順当な対応だとは思うけれど」
どういうことよ?
今言ったような問題なら、プロの女を呼び込むのが当然でしょう?
そして専門施設を立ち上げて問題解消!……となるんじゃなくて?
「そうならないのがウチの旦那様のよ。あの人に世の常識は通じないと考えておくべきね」
はあ……?
じゃあ、私たちが娼婦として呼ばれたんじゃないとしたら、一体何のために呼ばれたのよ?
「それはもちろん……!」
……。
溜めんな。
「…………結婚相手よ!!」
はあ!?
「一時の慰め相手でなく恒常的な連れ合いを作る! それによって開拓者のモチベーションを上げ、開拓作業全体の効率化を図る!!」
一足飛び越えて人生の連れ合いを添わせようというの!?
そんないい歳した大人がそんなこと考える!?
「ウチの旦那様は頭、全年齢向けなのよ」
そんな相手側の意図察せられるわけがない。
人間国のお偉い方は習慣と思い込みから、娼婦の私たちを送り込んだっていうの?
なんというすれ違いよッ!?
次回、お休みをいただいて3/8(金)公開予定です。






