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1140 都落ちの娼婦

 私……娼婦リターシエラは、なかば予想できていた指示に失望しながら笑った。


「とうとう私もお払い箱ってわけね」


 娼婦として盛りが過ぎているのは自分でもわかっている。


 栄えた都市から遥かに離れ、いまだ人の住めるような場所でない開拓地に出向する。

 それが人の言うところの左遷であるのは誰の目から見ても明らか。


 娼館としても損害は押さえたい。

 一晩数百千万というお金を稼ぐような花形娼婦を手放したくはないだろう。


 そうなれば荒れ果てた開拓地には、商品価値のない不人気娼婦を回したいに決まっている。


 その中に私が振り分けられた。

 現状、使命率ナンバーワンを誇る高級娼婦である私が。


 まあ屈辱と言えば屈辱だけれど。

 でも心のどこかで納得する自分もいた。


 何度も言うが、私はもう娼婦として商品価値のピークは過ぎている。

 もう三十目前だもの。

 今は持てはやしている客たちも、これから年が経つごとに段々離れていくだろう。


 それを考えれば、できるだけ早めに幕を引くのも損切として正しいのかもしれない。


 そういえば、目の前の娼館主が現役を引退したのも、今の私ぐらいの年頃だったわね……。

 当時まだ人気絶頂だったのに、多くの太客が嘆き惜しんだものだわ。逆に今がチャンスと見受けを申し出てきたり。


 今でもこの娼館主に相手をさせようと客がすり寄ってくるぐらい根強い人気が続いている。


「私ももうオバサンだけれども、まだまだ長く生きるつもりだわ」


 私が考えていることを察したのか、娼館主はキセルを燻らせながら言う。

 トントン、と灰皿の縁を叩いてキセルに詰まった灰を落とした。


「だから娼館主の席もしばらく空かない。アナタに譲ってやることもできない。新しい娼館を建てるのも無理ね。人手不足だって話もさっき出たばかりだし」

「だから未開の地に厄介払いしようって」

「どう受け取ってもらってもけっこうだわ。耳触りのいい言葉で取り繕おうなんて、ウチの業界には似合わないしね」


 殴ってくるなら殴られてやる。

 しかし決定はどうあっても覆らないぞ。……そんな顔をしている娼館主。


「……わかりました」


 私はため息をつくだけで留めた。


「散り際は潔くなければね。未練がましい娼婦ほど見苦しいものはないわ」

「私の教えを忠実に守っているわね。正直、私が面倒を見てきた妹分の中でアナタが一番よくできていたわ」


 今さらそんなことを言っても……。


「まだ見たことのない場所には、まだ見たこともないチャンスが眠っているかもしれない。今だから言うけれど、私も娼婦を引退した当初は絶望したものよ。生き方変えざるを得なくなって、どうやって稼いでいけばいいんだって」

「姉さん、娼館主に就任した時あれだけ立派にしていたじゃない?」

「あんなの空威張りよ。だからアナタも精々胸を張って旅立ちなさい。媚びはするけど、媚びる時でも堂々とするのができる娼婦なんだから」


 私が妹分として、この人の後ろを付いて回っていた時からそう言っていたわね。


 わかってますよ。

 アナタの教えを守りとおして後悔したことはまだ一度もないんだから。


 では行ってきますよ姉さん。

 私があの荒れ地でどう生き抜いていくか、この人間国の繁華街から見届けてください。


   *   *   *


 それから数日が経ち……。


 私たちは現地へと到着した。


「これが開拓地……」


 ここに至るまでの道のりは思ったほど辛くはなかった。

 というか一瞬だった。


 私としては馬車で移動するか、下手すりゃ徒歩なんて可能性も考えていたが、想像を超えた移動手段でスンナリ乗り込むことができた。


 まず人間国の所定の場所に集まったら、魔族らしい女性が出てきて……。


「ハイ皆さん集まりましたかー? これで全員ですねー? では移動しまーす?」


 と言って気づいたら目の前の景色が完全に変わっていた。

 まさに一瞬。

 何が起こったというの?


「これ、転移魔法ですよ! 魔族が使うっていう!」


 と同行の娼婦の一人が言った。


「魔族は魔法で、好きなところへ一瞬で飛べるって! 前に来た魔族のお客さんが言ってました!!」

「好きなところへは飛べませんよ。決められた座標のあるところだけです」


 魔法を使ってここまで連れてきた魔族の子が言うけれど、魔族は恐ろしい魔法を使うのね。

 集合場所に馬車が一台も並んでないのを見た時は『目的地まで歩かせる気か?』って肝を冷やしたけれど。


 一安心だけど、まさしくここからが波乱万丈だわ。

 問題の現地へとたどり着いてしまったんだから。


 開拓地……。

 想像通り木や草といった緑ばっかりね。


 都会に住み慣れた私にとっては新鮮な光景だわ。


 ……少し、生まれ故郷を思い起こしてしまった。


「いよいよ……地獄での生活が始まるんですね」


 私の隣で震えるのは、私と同様開拓地行きを命じられた娼婦の一人。


 平凡な顔立ちで客付きも悪い平凡娼婦だった。


「私たち……これからどうなるんでしょうか? 娼婦引退は覚悟してましたが、まさか街から放り出されるなんて思ってもみませんでした」


 私の予想通り、開拓地行きに選抜されたのは人気の低い娼婦たちばかりだった。

 無論そう言った子らは引退も視野に入れている。


 この出向自体、集団姥捨て山みたいなものなのかもね。


「キチンと人間扱いしてくれたらいいけれど……」


 正直そこまでの危機感をもって、ここまで来た。


 街では私たち娼婦も法に守られてきたし、ここ最近はお国がしっかり働いて無体なことも取り締まってくれた。

 しかしこんな化外の地にまで法の拘束力が届くかどうかわからない。


 娼婦と奴隷をごっちゃにするようなヤツが一定数蔓延るのもまた事実。


 もしかしたら粗末な掘っ立て小屋に押し込められ、家畜のような扱いを受けることになるかもしれない。

 その時はなけなしの娼婦のプライドを持って抵抗するまでだと思った。


「あー、はいはいはい! ようこそおいでくださいました!」


 戸惑ったまま突っ立っていると、小走りで駆け寄ってくる人がいた。

 なんだか細身で中肉中背で、印象に残りづらい男。


 小間使いか何かかしら?


「まずはお住まいに案内します! 旅の疲れを癒してください!!」


 一瞬で飛んだから特に疲れていないけれど。


 まあでもせっかく案内してくれるっていうんならついていきましょう。


 これで連れていかれる建物の設えで、私たちが今後どんな扱いを受けるのかが見えてくるわね。


 でも私たち五十人近くいるんだから、とても一つの家に入り切るとは思えないわ。

 きっと何棟か用意されているとは思うけれど、その数でも相手の対応はわかってくる……。


「一軒ですよ。いやー頑張って建てました」


 !?

 私たち全員を一軒家に押し込むつもり!?

 まさか本当に家畜扱いとか!?


 早速心配が現実になってきたようね……!


「はい、ここが皆さんに住んでもらう寮です」


 はぁああああああああああああああッッ!?


 大きい!?


 何て大きな……、私たちが王都で務めていた娼館より遥かに大きいじゃない!

 何階建て!?

 こんな規模の建物……王都でもお城ぐらいしかなかったわよ!?


「防犯上、一つの建物にまとめといたほうがいいと思いましてね……! いざとなったら籠城もできますし」


 籠城するの!?

 何を想定しているの!?


「大きいからって内装は雑……なんてことはないですよ! 皆さんが快適に過ごせるように部屋たくさん作りましたから! 一人一部屋はちゃんと確保させていただきました!!」


 一人一部屋!?

 一番いい待遇でも相部屋を予想してたんだけど!?


「もちろん防音とかしっかりしてプライベートも確保してありますからね! 唯一不満なのはエレベーター付けられなかったことかな!? 部屋数確保するために大きくして言ったら最終的に八階建てになっちゃって! さすがに階段で上るのはしんどいから何らかの昇降機つけたかったんだけど動力をどうするかでねー。でもそれは追々増築可能なんで少しだけ辛抱してほしいです!」


 何を言っているのかわからないけれど、王都でも作れない、これだけ大きな建物を作れる技術がこの開拓地にはあるということ?


 それを直接見せつけられた……!?


 姉さん、アナタの言う通りこの土地には今まで見たこともないものがもっと待ち受けているのかもしれない。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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― 新着の感想 ―
[一言] 昇降機は人力……いやホムンクルス的な技術でどうにでもできそうだけど
[気になる点] なんか彼岸島で似たようなの見たような見てないような
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