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113 竜の巣

※今回は、主人公とは別の場面を語る三人称視点です。

 ガイザードラゴンの巣、竜帝城は巨大な城郭型ダンジョンである。


 ダンジョンは通常、世界中を駆け巡るマナの流れが留まり淀んだ場所にでき、高濃度に圧縮されたマナが空間を捻じ曲げて異空間を作り出し、迷宮と成り果てる。


 それが本来のダンジョン。


 しかしガイザードラゴンの竜帝城は、自然のマナではなくガイザードラゴン当人が発揮するマナの力で空間がねじれ、異界化したもの。


 正真正銘、ガイザードラゴンを主とする城だった。


 しかもその規模は、平均的な自然発生ダンジョンより遥かに大きい。規模だけでも世界上位に食い込む。

 そんな非常識なものを自然の賜物ではなく一個の生命が生み出す。それこそ世界でもっとも恐れられる生物の一つ、ドラゴンだからこそできる所業。


 その座に君臨するのはもっとも強い竜の中の竜。すべてのドラゴンに命令する権利と、罰する権利を持った強者の中の強者。


 皇帝竜の異名を持つガイザードラゴン。


 命ある者の中で、竜の皇帝を殺し得る者はいない。


              *    *    *


 グリンツドラゴンのダルパーは、ガイザードラゴンの三十四番目の息子だった。


 この世界に生息するドラゴンは、一つの例外を除けば全員がガイザードラゴンの子。

 唯一の例外は、ガイザードラゴン当人である。


 皇帝竜の庶子であるグリンツドラゴンやグリンツェルドラゴンは現在、次の皇帝竜の座を巡って、継承闘争の真っ只中にあった。

 後継候補たちは、各自に与えられた様々な課題に挑み、見事達成させねばならない。

 果たせなければ容赦なく後継候補の地位をはく奪されて、二度と復帰することがない。


 グリンツドラゴンのダルパーは、恐怖に打ち震えながら父ガイザードラゴンへの謁見に臨んでいた。

 世界に恐れる者ないはずのドラゴンが唯一恐れる相手こそ、竜の中でもっとも強い竜である。


 ダルパーが何故、父親との謁見をそこまで恐れているかと言えば、与えられた試練を果たせないまま帰還してしまったから。


 後継候補者たちには、それぞれに違った試練が与えられる。

 あのドラゴンにはこの試練、そのドラゴンにはこの試練……、と各自にまったく違った課題が与えられ、それぞれが乗り越えられるかどうかを競わせる。


 ダルパーはその試練を果たせなかった。

 つまり窮地だった。

 萎縮するのも仕方ない。


 各試練の困難さ、難易度は大きくバラつきがあり、あくびが出るほど簡単なものもあれば、ドラゴンの万能をもってしても達成不可能なものすらある。


 そこまで試練の難易度に格差があるのも、試練の主催者たるガイザードラゴンの気まぐれゆえのことだが、その中でもダルパーに与えられた試練はとびきり簡単なものと言っていい。


 特別でも何でもない下等種族から、その宝を奪って来ればいいだけなのだから。


 最初にその試練を言い渡された時、ダルパーは喜びに飛びあがった。

 成功が始まる前から約束されたようなものだからだ。

 後継候補たちがどのような試練を与えられるかは完全に運次第で、ダルパーはつまり自分の幸運に歓喜した。


 他の後継候補の中には、唯一ドラゴンに対抗しうる脅威ノーライフキングに挑めとか、既に世界に存在しなくなったものを見つけ出して来いとか無茶振りされた者もいる。


 そうした不運者たちを尻目に自身は悠々と試練を突破して次の段階に進めるというのだから、ダルパーは後継者レースの中で一歩抜きん出たと自負すらしていた。


 なのに失敗した。

 痛恨事だった。


『勝ったと決めつけて、気を緩めすぎた……!』


 という悔恨がダルパーの胸中で渦巻いていた。

 相手はサテュロスという獣人の一種だったが、ドラゴンであるダルパーにとって地上の人型生物など、息を吹きかけただけで死ぬ塵芥という点でどれも同じ。


 集落を襲い、一挙に皆殺しにしたあと宝を奪い取ってもよかったが、せっかく簡単な試練を頂いたのだから、少しだけ時間を掛けてゆっくり攻略して行こうという遊び心が湧いた。


 一息に押し潰さず、まずは要求を突き付けて相手が拒否すると、外部への道を塞ぎ、供給を断って、少しずつ飢えて乾上がっていく戦略をとった。

 相手が少しずつ弱って苦しんでいく様を眺めて楽しんだ。


 相手が必ず拒否するように、目当ての宝に加えて『ついでに村の子ども全員の命も差し出せ』などと追加の要求までした。


 ヤツらはいつごろ音を上げるだろう。

 いつごろ音を上げて、尊厳もプライドも投げ打って我が下に泣きついてくるだろう、と真綿で首を締めるようにゆっくりとサテュロス族をいたぶった。

 ドラゴンの戦闘力を思えば異常すぎるほど長い時間を掛けて。


 それがいけなかった。

 気づけば試練に失敗していた。

 そして、おめおめ父ガイザードラゴンの下に逃げ帰ったのである。


『しかし、まだ望みはある……!!』


 彼が試練に失敗した特異な状況を説明すれば、ガイザードラゴンは恩情をくれ、試練への再チャレンジを認めてくれるかもしれない。

 そう思ってダルパーは、皇帝竜の前にまかり越した。


 この弁解に、自分の進退がかかってると思い必死の思いで舌を振るった。


『……というわけでして、私が失敗したのは、けっして私自身の不注意や力不足ではないと確信するところであります!!』


 必死に喋り倒した。


『すべては我が姉、グリンツェルドラゴンのヴィールの狼藉によるものです!!』


 ダルパーが試練に失敗した直接的な原因は、同じドラゴンであるヴィールがサテュロス族の味方をし、ダルパーに襲い掛かってきたこと。


 同族といえど、無論その強さには個体差がある。

 元々ガイザードラゴン後継候補の中でも上位の強さを誇るヴィールは、弟にあたるダルパーを鎧袖一触に蹴散らし、サテュロスの集落から追い落してしまった。


『ヴィール姉上は卑怯です! 他の候補者を妨害するなど、そんなことが許されたら後継選抜は混沌を極めます! 同士討ちが過熱し、引いてはドラゴン全体を巻き込む大戦争へと発展しかねません! どうかヴィール姉上に、然るべき罰を!』


 そして仕切り直しの名の下に、自分に新たな試練が与えられる。敗者復活のチャンスにダルパーは賭けた。

 そしてその賭けは失敗に終わった。


『妨害禁止だと、誰が言った?』

『は?』

『後継候補が、他の候補を妨害してはいけないと、誰が決めたのか? と聞いているのだ』


 竜帝城全体を揺らすような重みのある声が、謁見の間に響き渡った。


『妨害大いに結構。それぐらいの意外性があった方が、眺めるこちらも楽しめる。どうせ試練が進めば、残った者同士で殺し合いをして最後の一匹を決めるのだ。骨肉相食むのが、遅いか早いかだけのことよ』

『あの、父上? ……父上!?』

『我が……、何番目の息子だったかな? まあいい。おれの与えた試練をお前は果たせなかった。お前は後継候補脱落だ。これまでご苦労様』

『待ってください父上! 悪いのはヴィール姉上だ!! 私ではない! だからもう一度チャンスを……!!』


              *    *    *


 謁見の玉座に登るガイザードラゴン。

 その眼下に同族のドラゴンはいなかった。

 いるのは一頭の、山のように巨大なトカゲのみだった。


 その巨大トカゲは、元はダルパーという名だったが、今ではドラゴン特有の魔力と叡智を奪われ、ただの畜生となり下がっていた。


 竜の皇帝ガイザードラゴンには、自分以外のすべてのドラゴン生殺与奪の権がある。


 今のように魔力と叡智を奪い、自分の力として取り込むことができる。

 そうして皇帝竜は、皇帝としての力を永遠に等しい時間維持することができるのだ。


 かつてダルパーと呼ばれた大トカゲが、口先から忙しなく舌を出し入れしつつ周囲を窺う。その動作には知性の欠片も残っていなかった。


『いつまでおれの視界に居座るつもりだ?』


 ガイザードラゴンは、自分の息子だったものに僅かな未練もなかった。


『失せろッ!!』


 吠え掛けられ、ダルパーだった大トカゲは恐慌しながら一目散に逃げていった。

 そうして知性を失った元ドラゴンはレッサードラゴンと呼ばれ、本能のままに暴れ回り、やがて魔族か人族などが多大な犠牲を払って退治するのがお決まりのパターンだった。


 今地上にいるドラゴンのすべてが、ガイザードラゴンの子であるのも、それが理由。

 今代のガイザードラゴンの兄弟姉妹、皆すべて前の後継者争いで敗れ、知性と魔力を奪われた末に劣等種として滅び去った。


 最強種であるドラゴンゆえに、最強は二つもいらぬという摂理だった。


『しかし……』


 ダルパーの言い訳は、一顧だにする価値もなかったが、唯一気になる点があった。


『グリンツェルドラゴンのヴィールか。何を考えている?』

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >この世界に生息するドラゴンは、一つの例外を除けば全員がガイザードラゴンの子。  唯一の例外は、ガイザードラゴン当人である。 ガイザードラゴンの子供を産んだ雌は死亡したのか、はたまたガ…
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