1132 信任確認
リテセウスくんvsノーライフキングの伯爵。
バトルそれなりに白熱中。
「必殺! イモータル回転斬り!!」
『ぐえぇえええええええええええーーーーッ!!』
一瞬の隙を突いてリテセウスくん、それっぽい必殺技を繰り出しクリーンヒット。
威力のすべてをそのまま食らって伯爵はフッ飛ばされた。
『バカなッ!? このノーライフキングの伯爵が!? 先生や博士には及ばずとしてもノーライフキングである時点で人間など、どう足掻いても勝てない絶対差があるはずではないか! それなのに!?』
『そういや、そういう設定だったのう』
先生が実にどうでもよさそうに言う。
一方でリテセウスくんはもうテンションクライマックスだ。
「たとえ種族として絶対的な優劣があろうとも、人間国を守ろうという心が僕を強くする! お前に、僕たちの国を蹂躙などさせない!」
『最初からそんなことするとは言ってないんだが!?』
「くらえ最終一撃! リテセウス大統領剣!」
『うぐおぶるぅあああああああああああああああッッ!!』
リテセウスくんの剣から発せられる膨大な閃光に飲み込まれ、跡形もなく消え去る伯爵。
……ある意味、彼が今回一番の被害者ではなかったか?
『まあ大丈夫でしょう。ヤツもノーライフキングの端くれですゆえ聖気で消滅されても一年ないし三十年で復活するでしょう』
期間の幅広い。
『しかし今回頑張ってくれた褒美として、我が瘴気を分け与えてすぐさま復活させてやりますので益々心配はいりませんぞ』
伯爵にとってはむしろその方が地獄なのでは?
こんな踏んだり蹴ったりな目に遭わされて、せめて数年は眠っておかないと。どうせ復活しても先生に封印されてる事実は変わらぬのに。
『さて、リテセウスよ。久々に体を動かしてどうであった? 腹の底に蟠っていた黒々したものが汗と共に流れ出尽くしたのではないか?』
「…………」
リテセウスくんはまだ呼吸が乱れて返事どころではない。
いかに旧形式の勇者リテセウスくんであろうともノーライフキングは強敵だ。とても鼻歌交じりに楽勝できる相手ではなく、全身全霊を絞り切ったのであろう。
『人間体を動かさずに悪知恵ばかり巡らせておると、体内に悪いものが溜まっていくものじゃ。悪い気が満ちれば自然心も陰鬱となり、考えも悪い方へ傾いていく。ついさっきまでのお前のようにな』
「先生」
『さて……今一度聞こう、お前は今なお責務を投げ捨て、目の前のすべてから逃げようというのか? 余計なものを空になった頭で考えてみるがよい』
「…………」
『答えは変わらんというのであればそれでもよい。聖者様がすべてを受け入れ、お前のやりかけの仕事もよく取り計らってくれるじゃろう』
ちょっと待って!?
俺の一存も聞かずにズンズン話を進めないでくれませんかね! 今、物凄く伯爵の気持ちがわかりましたよ!?
俺は受け入れません!
何があろうと、二つ目の国まで面倒見切れませんよ!!
「……いいえ、気の迷いは晴れたようです」
リテセウスくん、戦闘で顔中に噴き出た汗を拭ったあと、その表情は晴れやかだった。
「僕は弱気になっていました。この人間国をより豊かに……誰もが平等にチャンスを掴める国にするために取り除かねばならない王国の旧弊はいくらでも残っている。それなのに何をするにしても文句を言い、言いがかりをつけて改革を阻もうとする旧体制からの生き残りの官僚たち……!」
なんだか発言が愚痴っぽくなってきた。
「敵対するかと思えば猫撫で声ですり寄ってきて、自分たちと同じ悪の道に引きずり込もうとする……。拒めば敵対と見なされ徹底的に排除しようとする。何気ないことでもミスリードと拡大解釈を駆使してスキャンダルを装い、まるで極悪の大罪人であるかのように人格否定してくる……!」
『そのような連中に取り囲まれていれば、若く瑞々しい感性はたちまち疲弊しよう。一人で懸命に戦ってきたのじゃな……!』
先生が優しく語りかけた。
美味しいとこ全部持ってくじゃん、あの人。
『嘆かわしことよ。この国の上部には、まだそのように心根の腐った者らで溢れ返っているということじゃな。先日ワシが施してやった説教ではまだ足りなんだか』
先生の鋭い眼光が、左右を行き来する。
もちろんノーライフキングの中でも最強格に属する先生だから、ただ目が合っただけでも全身が凍るが、後ろめたいことがあって見咎められた状態なら怖さも倍増だ。
『だが、よく考えてみれば人間国の上層部など数百年前から腐りきっておった伏魔殿じゃ。体制が変わり、何度と重ねて大掃除してもまだ埃はなくならぬ。それだけ曲者も厚い層で重なっておるということか……』
「つい先日ですらもラワジプータのようなヤツが出ましたからね……」
リテセウスくんはそんな海千山千の曲者たちを相手に、あの若さで孤軍奮闘していたというのか。
本当に頭が下がると同時に、俺自身は絶対同じ立場になりたくないと思った。
大統領を決める弾だった当時にノリで就任しなくて本当によかったと思うし、これから禅譲を打診されても断固拒否する。
『しかし、まだ残っておる部屋隅の誇りのような連中も……、今起きたことを目の当たりにして気分が変わったのではないかな?』
先生が言う。
『リテセウスは世界二大災厄と呼ばれるノーライフキングと一対一で戦い、そして勝利した。そんなことをやってのけた人物をただの若僧だと見縊っておった者は、そのことを後悔するであろう』
まあ、そりゃあ人間じゃどうしようもない自然災害級の脅威……っていうのが世界二大災厄の定義だもんな。
ドラゴンとノーライフキング、このどちらも人間が出遭えば死を覚悟するような相手。
S級冒険者のような一握りの強者だけがなんとか逃走をキメられるというが、正面からぶつかって撃破するなど個人単位の戦力ではありえない。
『それを実現させたリテセウスが、ただの若僧かどうか。宮廷に浸って腐りきった感性でも、それがどれほどのことか身に染みるであろう』
先生って意外と口ぶり容赦がないよな。
心内を見透かされた者たちがいたのか、幾人かは無意識であろうか目をそらした。
『リテセウスは為政者としてはまだまだ若僧でも、二大災厄を跳ねのける力は、この地上に比類がない。そんな人間を敵に回す怖さを、このようなぬるま湯環境で鈍り切った危機意識で察知できればいいがのう』
リテセウスくんはその気になれば、農場仕込みの武力ですべてを制圧することができる。
そう、すべてをだ。
リテセウスくんにかかれば数千の軍隊すら一振りで薙ぎ倒せるんだから。
自分に逆らう者を即座に惨殺し、それを非難する者も皆殺しにして独裁体制を築くことだって簡単にできる。
それをせずに精神を削りながら、陰謀使いたちと一緒に政策を進めてきたのは何故か?
それはもちろん法に則り、決められたルールに沿て物事を決めなければ法治国家になれないからだ。
人々が平等平穏に暮らしていくために法の力は不可欠。
その法律を守るためにリテセウスくんがどれだけの我慢をみずからに課してきたか、今こそ思い知るがいい!
『ぬしらは、その存在自体が、一人の強者の寛容さによって許されていることを知るべきじゃの。彼の寛容さが尽きた時、ぬしらはいともたやすく瞬時に掻き消されることであろう。そして誰であっても無限の寛容さなど持ちえないということを、しっかり肝に銘じるべし』
その言葉にゾクリと震える者が何人かいた。
彼らは想像の中で、リテセウスくんの指先一本で爆裂四散するイメージでも浮かんでいることだろう。
『そして彼に匹敵する暴力を持ち合わせ、そして同じく限られた寛容さを持ち合わせた者が、少なくともここに二人いることを忘れてはならぬ』
という先生。
二人って先生と……あッ、俺のこと!?
『その聖者殿がこたび新たな国家の主として立った。その事実をよく受け止めることじゃ。上っ面だけでなく内面までもしっかりとの。そうすればぬしらは今の地位を失うことなく、生きていくに充分な富も失わぬまま生涯をまっとうできるかもな』
先生……。
こんな場所でリテセウスくんに大立ち回りをさせたのは、彼を元気づけるためだけでなく、彼の足を引っ張る迷惑者たちをビビらせ、けん制させる狙いもあったのか。
一つの行動で二つ以上の目的を果たす。まさに策士!
『これでリテセウスも幾分か思う通りに政策を進めることができるじゃろう。少しは援けになれたならよかったが』
本当ならもっと積極的に支援して、リテセウスくんを一人で頑張らせることは避けるべきだったよな。
今からでも支援を進め、よりよい人間国作りを目指さなければ。
そのためにも農場国を築き上げ、連携を深める!
……という感じで存在感を示していきます。
ここ人間国では先生が本当にいいところを全部持ってったからね。
というわけで、若きリテセウスくんのバックにはこの俺、聖者とノーライフキングの先生が控えてるってこと、努々忘れないように。
あることないこと騒ぎ立てて彼を陥れようとしたら、俺たちが黙っていないからな!!
そうしたら周囲で聞いていた重臣ぽい人が一人、愛想笑いを浮かべながらこちらへすり寄ってきた。
「聖者様とリテセウス王の偉大さ、心に響きました。これからは誠心誠意、虚心をもってお仕えいたしたく思います」
ほほう、本当かね?
「つきましては、お近づきのしるしにつまらないものですが、こちらを……」
これはご丁寧にどうもどうも。
お菓子ですか? まあこれぐらいの進呈物なら普通の付き合いの範囲だし問題ない……。
……。
やっぱり箱の底に金貨が忍ばせてあった!!
賄賂だよ!!
全然わかってねえ、どうしようもねえなコイツら!!






