1131 挫折と復活
人間国政庁で困惑しきりの俺。
だってリテセウスくんがいきなり国のトップを俺に譲るとか言い出すから!?
何を言い出すんだいリテセウスくん!
この国をここまで引っ張ってきたのはキミじゃないか!
そんなキミが、途中で投げ出すと言うのかい!?
「実際に取り組んできたからこそわかったんです。僕には……この国を背負っていくには実力も経験も全然足りないと。だからこそ聖者様が表舞台に出てきたからには、聖者様にすべてを委ねたいのです!」
そうは言ってもですね……!?
「そもそも最初に国主を決める時にも聖者様が候補に挙がっていましたよね? その時には隠遁しているからという理由でダメになりましたが、今は開拓地を治めるために表に出てこられた、ならいいんではないでしょうか!?」
何がいいんだよ!?
待って待って落ち着いてリテセウスくん?
たしかに俺は表舞台に出て公人となったけれども、それはあくまで農場国を作っていくためだよ!
もう既に一つの国の王様になることが確定しているのにさらに二つ目なんて無理だよ!
もう奥さんが一人いるのに二人目を娶ろうとするようなもんじゃん!?
「大丈夫です! 聖者様の器なら二つの国も同時に問題なく治めていけます! 人間国なら高位権力者に限り重婚も認められるのでOKです!」
全然OKじゃないが!?
リテセウスくん! 国主なんてもうコリゴリみたいに言いながら、それっぽいゴリ押し説得の仕方が堂に入ってるじゃないか!?
やっぱりキミ、為政者としての才能あるよ!!
「なんなら人間国を農場国に併合してもいい! 聖者様のような万能の御方に治めていただけるなら民も幸せなはずです! どうか、どうか快諾してください!!」
額を床に叩きつけんばかりに頭を下げてくるリテセウスくん。
これは大いに困った。
俺が農場国の主催者として表に出てくるのに、こんな弊害が現れようとは。
リテセウスくんだって今日まで精一杯頑張って成果もそれなりに上げているはずなのに。
しかし若さゆえに無理している部分もきっと多かったんだろうな。
思えばリテセウスくん就任の際は、もっと選ばれるべき年配の輩がいくらでもいたが、ソイツら全員『面倒くさい』を主な理由に辞退して結局一番若いリテセウスくんに押し付けられるようなかたちで決まってしまった。
かくいう俺も『面倒くさい』で逃走した輩の一人だ。
そうして若くしながら魑魅魍魎の跋扈する人間国の政界で舵取りしなきゃいけないリテセウスくんの苦労は計り知れないものであろう。
周囲には足引っ張ってくるヤツしかいなかっただろうし。
ある意味、生まれついての王者であった魔王さんやアロワナさんより環境が整っていない分より大変そうであった。
ここに来てもう限界だったのかもしれない。
かつてのリテセウスくんがこんなに疲弊するまで気づけなかったとは。
そこに俺の迂闊さを感じ取り、反省もした。
しかし、それで本当に彼の言う通りに人間国の統治権を貰い受けようという話にはならない。
何故か?
ただでさえこれから農場国を築き上げていって大変な時期に、さらに人間国まで統治しないといけないとなったら面倒くさいことこの上ない。
本当に面倒くさい。
面倒くさいので!!
「リテセウスくんはやればできるよ! その意気でこれからも頑張って!」
「いいえ! 聖者様が表に出られるならば、是非とも聖者様にすべてを委ねたいです!!」
委ねんな。
ホラ、こんな情けない姿をさらしていいものか? 周囲の人から見られていますよ?
そんな『職を投げ出したい』なんて弱音を聞きとがめられたら、それこそそこら中にいる『足引っ張りたい組』から何て言われるか。
「かまいません! ヤツらの目が今度は聖者様に向かうだけなんで!」
それが嫌なんだよ俺が!
ええい、ここからどうやってリテセウスくんを説得したものかと頭を抱えていたら……。
『……なんと情けない……!』
ヒィ!?
何だこの、地獄の底から響いてくるような怒りの感情交じった声は!?
気づけば辺りに瘴気が漂っていて肌寒い!
瘴気ということは……。
「先生!!」
『卒業した生徒の成長ぶりを確かめようと来てみたら、何という情けなさ。それが一国を治める人物の吐く言葉か?』
先生にとってリテセウスくんは手塩にかけて育てた生徒の一人。
気になって訪問してくるのも仕方のないであろう。
それにしたってタイミングが悪すぎだけれども。
『それほどまでに国主の座がいらぬのであればワシが貰ってやろう。それでよいか?』
えッ?
『ただし、ワシは政などまったくわからぬし意に介さぬ。暴政に人々が惑おうとまったくかまわぬし、なったところで何の責任も負わぬ』
いきなり何を言い出すんです?
そんな冷たく突き放した言い分、先生らしくないというか……。
『そうじゃ、ワシ自身が手すがら支配するのも面倒じゃからヒト任せにするかのう。ホイ召喚』
さらにらしくないことを言う先生は、指を振って魔法発動。
いつもなら先生が召喚するとしたら何かの神様なんであるが……、今回現れたのはまた違う系統であった。
あれは……、ゾンビ?
いやアンデッドではあるがもっと高位な存在のようだ。
思い出したあれはノーライフキングの伯爵。
かつて悪さをしていたとかで先生に粛清され、以後は封印されながら必要な時に解放されて使い走りにされる使い魔的ポジションにいる。
たしか農場で冒険者の昇格試験が催された時にも、受験者への厳しすぎる障害として伯爵が活躍していた記憶がある。
そんな格下伯爵に、先生が言う。
『ノーライフキングの伯爵よ。この国を貴様にくれてやろう。好きなように支配蹂躙するがいいぞ』
『えええッ!?』
驚くのはいきなり呼び出された伯爵本人。
そりゃビックリもしますわな。
『自由気ままに振舞うがよいぞ、統治者の義務など投げだして享楽に耽るもよし、むしろ率先して民を苛むもよし。悪しき不死王である貴様は、人を苦しめる方法をたくさん知っておるじゃろう?』
『ヒトを何だと思ってる!?』
伯爵が抗議するけどその気持ちもわかる。
いきなり呼び出されたと思ったら遠慮会釈もなしに唐突な極悪人呼ばわり。
これはさすがに抗議していい。
そんな伯爵さんの悲痛な叫びも無視して先生は、リテセウスくんに向き直る。
『さあどうするリテセウスよ? このままでは人間国は、人の心を持たぬ冷酷残忍なる不死王の支配によって再び暗黒の時代に入ろう。お前はそれでいいのか?』
『だからぁ!』
『しかしお前はどうでもいいのじゃったな。国主を投げ出し、国のことも民のこともどうでもいいと思っているお前は、伯爵がどう国を荒らそうと知ったことではない。辺境にでも隠遁し、邪知暴虐に耽る伯爵に民が弄ばれる様を黙って見ているがよかろう……』
「……!」
しかしリテセウスくんの瞳に何かしら光が宿り、力強く顔を上げた。
「お断わりです。僕は、聖者様なら人々を幸せにしてくれると思った。人を不幸にするしかない邪悪に国を明け渡すなど死んでもできません!」
『投げ出すという点でどちらも変わりない。違うと言うなら実力で示して見よ! お前が治めるお前の国じゃ、お前が守ってみよ!』
力強く叱るように言う先生。
『よし、では伯爵よ、あとは任せたぞ』
『はあッ!?』
『リテセウスへの試練の総仕上げじゃ。ぬしに敗けるようでは、権力に憑りつくムジナたちをあしらうなど思いもよらぬ。加減しては試練にならんゆえ殺すつもりで立ち合うがよいぞ』
『うがあああああッッ!! いきなり呼び出されたと思ったらヒトのことを散々罵りやがってその上、殺すつもりで戦えだと!? だったらやったらぁ! ノーライフキングの力を思い知らせてやる!!』
今回一番割を食ってる役どころは間違いなくあの人。
大統領vs伯爵
そこはかとなく民主制vs封建制のような感じが漂うが、それだと伯爵が格落ち関するのが不思議。
しかしお俺も先生の思惑が読めてきた。
先生はリテセウスくんを叱咤激励し、弱り切った心を奮起させるためにあえて厳しい態度をとったのだな。
そして伯爵という強力な壁を用意し、それを乗り越えさせることで新たに自信を付けさせようと。
行けリテセウスくん!
人間国を治められるのはやっぱりキミしかいない!
是非とも伯爵を倒して、大統領としての威厳をパワーアップさせてくれ!
俺のためにも!
さすがに二国を同時に統治なんて面倒くさいこと、俺はやりたくない!!






