1130 故郷に錦を飾る?
やってきました人間国。
正確には新人間国もしくは人間共和国。
この国にも過去何回か来たことはあったが、こうした公式な訪問は当然初めてであるので緊張は高まる。
「でも、そんなに身構えることはないんじゃないの? この国を治めているのはリテセウスくんなんだし」
隣を歩くプラティは余裕そうに言った。
その姿はファーストレディ然としていて、俺以上にもう現在の立場に適応しているのがわかる。
さすが王族出身。
そうして新人間国の政庁……かつての王城に向かう俺たちだが、その途上は大通りを進んで左右から民衆、しかも大勢に挟まれて歓声を上げられる。
要するにパレードだ。
人魚国でもそうだったが、ここ人間国でもそう言ったお披露目のされ方をするらしい。
「あれが聖者様!?」
「王族の支配から人間国を救ってくださった影なる救世主!」
「多くの英雄に力と知恵を授けて、人族を戦乱から救ってくださったという!」
「我らが領土のエルフの森を再生させたのは聖者様のお力だったそうじゃ!」
「ミノタウロス族の酪農・畜産業を復活させたのも聖者様の慈悲であらせられるとか!!」
「ここ最近豊作続きなのも聖者様のお陰であるとか!!」
「聖者様万歳! 聖者様ばんざーい!!」
ん?
なんか妙に俺の前情報豊富じゃない?
まあ魔国でも感じたが、俺の世界各地で繰り広げる活躍(?)が断片的に伝わって、さらには尾ひれもつきまくってるんだよな。
お陰で実像以上に大きく、俺の存在が皆の心に占めているように思える。
それに対する、以下はプラティさんのコメント。
「人族は戦争による疲弊と、権力者による圧政の期間が長かったから、解放されたことへの喜びが大きいのよ。その立役者が旦那様ってことを知ったら、それこそ騒ぎにもなるでしょうね」
俺は大したこともしていないのに。
かつて荒れ果てていた人間国がここまで豊かになったのは、何より人間国に住む人々全員の努力の結果というべきとこ。
……いや、ここまで来て謙遜はやめようと決めたばかりじゃないか。
ここは気を取り直して……。
「ありがとう! 声援ありがとう!!」
「キャー! 聖者様が手を振ってくださったわー!!」
ファンサぐらいはしないとね。
これから農場国を立ち上げるにあたって、少しでも周囲への印象をよくしておかなければ。
「フフフフフ……さすが旦那様、腹を括ったからにはやるべきことをキッチリこなすわね」
プラティが不敵な笑みを浮かべる時、いつだって何かろくでもないことを考えている時だ。
「さすれば妻たるアタシだって指を咥えてみているだけじゃないわ! 旦那様の各国評価をうなぎ上りにせんために、温めていた秘策を食らいなさい!!」
えッ? プラティなんかするの!?
キミが善処すると、むしろ逆効果になることが多いから控えめでお願いしたいんですが!?
「行くのよ。この日のために編成した旦那様応援用特別部隊!!」
「「「「わかったですー!!」」」」
ん?
この声は!?
「大地の精霊、さんじょうですー!」
「ズバッとさんじょう、ズバッとかいけつですー!!」
「さんじょう、けんざん、すいさんぎょーですー!!」
あの群れを成した小さい女の子たちは……!?
大地の精霊たちじゃないか!
本来大地の営みを援ける霊的な存在なのだが、農場では実体化してより直接的にお手伝いをしてくれる。
見た目も可愛く、仕草も見ていて癒される至高の存在……大地の精霊が人間国パレードに現れた!?
「この女の子たちは、冥神ハデスの祝福によって実体化された大地の精霊! 精霊が活発化する土地は肥えるわ! こうして人間国の中心でも大地の精霊たちが実体化して暴れられるってことは、それだけこの土地が豊かになってきているって証拠!!」
「「「「「おおッ!!」」」」」
それを聞いてパレードに詰めかけた人族の皆さんが色めき立つ。
大地の精霊が、どういう原理か浮遊して周囲の空中を飛び回った。
「この辺はいいとちですー!!」
「マナがこくて、すごしやすいですー!!」
「みなみむき、日当りりょうこう、ちくあさですー!!」
「これなら来年も、ほうさくですー!」
「まんねんほうさくですー!」
「いちふじ、にたか、さんぱうろですー!!」
精霊たちの元気に飛び回る姿に観衆たちは一層感動した。
「おお、精霊様があのように……!」
「元気に飛び回って……もう人間国は彼果てた土地ではない……!!」
「聖者様がお慈悲をくださったお陰……!!」
皆で手を合わせて拝んでいる。
それだけ過去の、旧人間国の時代が辛かったということだろうか。体制が変わって随分経つというのに、まだまだ記憶は残り続ける様子。
「ふふふふふ! 大地の精霊の可愛さとありがたみは人族どもにも覿面ね! その主である旦那様の評価も鯉の滝登りよ!!」
プラティが勝ち誇ったように言う。
俺の評価はともかくとして、大地の精霊が皆にチヤホヤされて、ヤツらが楽しく飛び回っているならいいことでもある。
さて、外でのファンサもこれぐらいにして、そろそろ王城……もとい政庁に入るとしよう。
聖者としてのお披露目は一般市民だけではなくて、国の有力者とも話さないと意味がないからな。
* * *
てなわけで人間国の旧王城……現政庁へ到着すると真っ先に出迎えに出てくれたのはリテセウスくんだった。
「聖者様! よくぞ来てくださいました!!」
人間共和国、現大統領リテセウスくん。
かつては農場で勉学に励み、実質的な農場学校一期生として卒業のあとこの地位に就いた。
間違いなく農場生徒の出世頭といってもよい。
そんなリテセウスくんも、大統領としての職務にもう慣れた頃だろうか?
才気煥発な印象だった学生時代と比べて、頬がこけて肌もくすみ、苦労している印象が窺える。
それもそうだろうこの若さにして大きな国の舵取りを担うのだ。
プレッシャーも相当なものだと容易に想像できた。
……うう、俺もこれから同じ立場になるんだなあ、と思うと気が重い!
「本当に今日という日を待ち望んでいました! 聖者様を公に、国賓としてお招きする日を!!」
お目々キラキさせながら言うリテセウスくん。
なんだか怖い。
「うん……まあ正式にお伺いしたのはこれが初めてかもしれませんね?」
無断で忍び込んだりは何度かあったかもですが。
基本的にこの城、あまりいい思い出もありませんのでなあ。
何せ俺が異世界召喚されて初めて降り立った地がここだ。
俺を呼び出した連中は、自分らに都合のいい戦力として別の世界からまったく関係ない人たちを呼び出していたわけで。
そんなヤツらのために命を懸けるなど真っ平御免の助だと思い、色々話術を駆使して逃亡を果たせたからよかったものの……。
そうでなかったら今頃どこぞで野垂れ死んでいる可能性大だ。
そんな生死に肉薄した記憶のある場所だから好きこのんで何度も来たいとは思わぬ。
「……前に来た時は……たしかリテセウスくんの婚約騒ぎの時だったか?」
権力にはアリがたかるもの。
王となった(正確には王じゃないけれども)リテセウスくんに、自分の娘妹あるいは孫娘等を嫁がせて権力の中枢に座ろうとする。
そんな輩どもの攻勢に晒されてリテセウスくんは心身削れる思いであったに違いない。
そんなリテセウスくんを援護するために、王城に忍び込んでサポートしたこともあった。
そういやあの時、上層部の人たちがあまりに権力好きなためにノーライフキングの先生の怒りを買って、まとめて説教されていたっけ。
あれで少しは心を入れ替えてくれたかなと思ったけど、つい先日の開拓地騒乱を思い起こせば、悲しきかな効果はあまりなかったと言える。
「そうなんです……、先生のお説教なら大抵の人は改心するものと思っていましたが、権力に目がくらんだ人たちにはどうにも効かなかったようで……。ラワジプータのような人も彼一人で終わってくれればよかったんですが、同じような人はまだまだ残っている感じで……」
リテセウスくんから渇いた笑いがこぼれる。
学生時代はこんな風に笑う子じゃなかったのにな……。
ところでラワジ……何とかさんて何だっけ?
ああ、軍隊を率いて開拓地を襲ってきた人、人族サイドの人だった。
「彼は私兵まで動かして戦闘行為を誘発し、言い逃れもできない状況だったため財産没収の上に流罪に処すことができました。しかしまだまだ野心的な人たちは巧妙に息をひそめて、足を掬う機会を窺っています」
そうか……。
リテセウスくんの苦労もまだまだ続いているんだな。
これからは俺も表立ってキミの援けとなれるように……!
「そこで僕は考えました。どうすればこの人間共和国をよい国にしていけるか。そして一つの答えを得ました」
ん?
「聖者様! 僕に代わってこの国を治めていただけませんでしょうか!? ボクは大統領を辞職して今こそ、聖者様を第二代大統領に!!」
んんんんんんんんんんんんんんんんッッ!?






