112 ミルクのある生活
我が農場に新たなる住人が加わった。
つい最近、大地の精霊たちも仲間になったというのに慌ただしいことだ。
しかし賑やかになるのはいい。
で、主題たるサテュロス族。
彼女らは獣人の一種で、人と山羊のハーフとのこと。
その証拠と言わんばかりに、彼女たちの頭には一対の湾曲した角が生えていて、さらにお尻から純白のふさふさした尾が伸びている。
さらには足も人間のものでなく、それこそ山羊のような蹄で、それをもって断崖も楽々駆け登ることができるらしい。
って言うか獣人って何? 人と山羊のハーフってなんじゃい? という話でもあるが、それはノーライフキングの先生から説明を受けた。
『ワシが人であった頃よりさらに昔のこと、人族の使う法術魔法に「人と人以外の生物を合成する魔法」というものがありましての。今いる獣人の祖先はすべて、その魔法によって作り出された合成生物なのです』
とのこと。
なんでそんなことをしたの? と首を傾げたくなる。
『大元は、対魔族のための戦力増強ですな。大きく強い生物と合成させれば、それだけで単純な強化となります。ただそれ以外に歪んだ使われ方もされたようで』
「歪んだ使われ方?」
『わざと弱い生き物と合成させ、その様を嘲笑うという趣味の悪い使い方です。罪人への罰という名目もありましたが、多くの場合奴隷や捕虜などを無理やり合成し、物笑いの種としていたそうです』
「…………」
『ということで、今でも人族から派生した獣人が数多くおります。サテュロスもその一種。獣人は、元となった生物の長所だけを引き継ぐと言います。サテュロスも山羊の悪路踏破能力を持ち合わせる他、好きな時に乳飲料を出すことも可能だそうですな』
そうした様々な毀誉褒貶あるキメラ魔法も、先生が人族として生きていた時代よりはるか以前に廃れ、失われてしまったという。
そんな昔話はまったく関係ないと言うように、我が農場へ移住してきたサテュロスたちは溌剌として働き者だ。
移住者を代表していたお色気ムンムンのお姉さんは、名をパヌというそうだが、パヌはテキパキと指示を出し、交渉を進め、農場での自分たちの位置を確立していった。
「聖者様は、ミルクとその加工品をお求めとのこと。私たちで賄ってみせますので、ご期待下さい!」
翌朝である。
陶器製の甕に、なみなみ満たされたミルクを手渡された時、俺は何とも言えない気分になった。
念願のミルクなんだけども。
なんだけども。
複雑な気分。っていうか顔が紅潮しているのが自分でもわかった。
しかしながら他の連中は……。
「わーい! ついにミルクが飲めるようになったー!」
「毎朝健康の礎ですね!」
「しかもサテュロスのミルクでしょ! 超高級品じゃん! その上さらに搾りたて!!」
「この農場のグレードがさらに……! 王侯貴族より贅沢な食生活してますよ私たち……!」
めっちゃ好評で皆ガブガブ飲んでいた。
…………。
気にしてるの俺だけ!?
俺が拘ってるだけなのかな!? これがカルチャーギャップってヤツ!?
ええい、だったら俺も思い切って飲んでやる!
「ゴックゴックゴックゴックゴックズゴック……!」
超美味しかった。
俺が前の世界で飲んでたミルクは、ミルクじゃなかったと言いたいぐらいに。
何が違うんだろう?
品質? 搾りたてだから?
パヌたちのミルクはとても美味しかったが、彼女たちの提供してくれたものはそれだけではなかった。
チーズやバターやクリームなど、ミルクを材料に作られる乳製品はたくさんある。
なんと彼女は、自分たちでそれらを作り出せるというのだ。
「乳製品は、サテュロス族一番の特産品です。他種族との交易のため、自分たちで様々な加工法を編み出してきました!」
ただミルクを売るだけに留まらない勤勉な種族だった!
彼女らに乞われて大鍋やら様々な調理器具を作り、作業するための部屋を提供したら、そこが彼女たちのエリアになった。
そこで日夜チーズやバターを生産するらしい。
彼女たちは故郷からチーズ作りのための種菌を持ちこんでいて、いい味を出すコツまで知り尽くした職人だった。
チーズもいわゆる発酵食品なので早速プラティ始めの人魚組が乗り出して、共同研究が始まっていた。
……摂取しただけで力や素早さが上がりそうなファンタジーチーズを作り出しそうで怖い。
さらにバターが大好きだという大地の精霊たちも、その大好物を作れるサテュロスのお姉さんたちを大歓迎だった。
「バター!」
「大好きですバター!」
バターが大好きすぎて、その元が出てくるサテュロスたちに抱きつく精霊たち。
精霊の見た目が可愛い女の子そのものなので、お姉さんサテュロスと少女の取り合わせは……。
なんかこう母娘感が出てほんわかとした。
* * *
「ここは本当によいところです」
パヌたちも、ここでの生活が慣れるほどに日が過ぎ去った。
「食べ物は美味しいし、他の方も優しいし面白いしで、本当に暮らしやすいです。思い切って移住してみて本当によかった」
「くどいかもだけど、本当に帰らなくていいの?」
俺はこれまで何度もしてきた質問をまたしてしまう。
移住というのは一大決心のはずだ。
それまで自分の暮らしてきた土地で積み上げてきた一切合切を投げ捨て、新しく一からやり直す。
「私たちの場合、そうしなければいけない事情もありましたから」
パヌの説明によれば、彼女の故郷であるサテュロスの集落は、ダルパーの締め付けにあって壊滅状態に陥ってしまったという。
食料の備蓄も少なく、次の収穫まで乗り切るためには口減らしが必要だったとのこと。
「だからヴィール様の提案は渡りに船だったのです。おかげで、当てもなく村を出ずに済みました」
ちなみに、事情を聞いて俺たちの方から、農場の備蓄を一部割いてサテュロスの集落に送ってあげた。
また喜ばれた。
「本当に聖者様とヴィール様には感謝してもし足りません。このご恩には、働きで返そうと思っております」
「まあ、適当に頑張ってくれたまい」
「ですが私、不安なのです。聖者様から受けた御恩はあまりにも大きく。一生懸命働いたところでお返しできるだろうか」
「気にしなくて大丈夫ですよ」
「だから私思ったのです。働きだけでなく、この体をもって聖者様にご恩返しがしたいと!」
「気にしなくて大丈夫ですよ!!」
声のトーンが著しく変わった。
「いいえ、そうでもしなければ一生かかっても聖者様にご恩返し出来る気がしませんわ! サテュロスは多産でも有名ですし、どうか私も夜伽係の一人にお加えください!」
「そういう係がいっぱいいるような言い方すんな!?」
お色気ムンムンの見た目通り、パヌはかなり積極的なお姉さんだった。
山羊の獣人なのに肉食系とはこれいかに?