1127 市民の反応3:聖者オタク
おお、オレの名前はダガンザム。
魔国在住の、人畜無害な一庶民だ。
無職。
いや……現在は聖者研究員という意義ある職務についている。
聖者研究員とは、どういうことをするのか?
聖者を研究するのがもっとも重要な仕事だ。
……ん?
そのまんま過ぎてわからないと?
フゥ、凡人に高尚な概念を理解させるのは難しいものだな。
いいだろう、オレなりにもっと噛み砕いて解説してやるとしよう。
そもそも聖者とは何か?
我々は知っている。
この世界のどこかに住みそしてこの世界を見守っている偉大なる存在。
それが聖者だ。
聖者はこの世界を創造したとも言われ、ドラゴンや神すらも聖者の創造物だとされている。
一説によれば聖者が『光あれ』と言ったことから世界が生まれたのだそうだ。
去年発売された『大研究! 聖者の秘密・第十五巻』にそう書いてあった。
聖者はこの世界の運行にも深く関わっていて、神々との人との間に立って仲介役となり、荒ぶる神の怒りを鎮めてくれているという。
それがなければ地上はとっくに神の理不尽の前に滅ぼされていただろうと。
聖者は、世界の創造者、世界の管理者……そして世界の破壊者としての役割を持っていて、聖者がこの世界に失望した時……あるいはこの世界の管理に飽きた時、滅亡のカウントダウンが始まる……!
それこそが旧人間国の古い地方のみに伝わる暦における一九九九年のことだと言われているのだ!!
しかもそれが今年だと!!
じゃあ聖者が世界を滅亡させるのは、もうすぐなのか!?
一体どうしたらいいんだ!?
こんなの仕事なんかやってる場合じゃねえ!!
少しでも聖者に近づけるように調査と研究を進めねば!!
そう思って日夜努力しているのがこのオレだ!
これより尊く意義ある仕事はない!
だからオレが無職というのもまったくお門違いな意見なのだ!!
……えッ? 聖者研究員をして給料が出るのかって?
でないよ。
自主的な活動なんだから出ないに決まってるだろうが!
そんなこともわからんのか!
そういうわけでオレは今日も聖者のことについてばかり考えているぜ。
今日は、会合の日だ。
オレと同じように聖者という存在に惹かれ、その解明こそを使命とする気高い同志たちと週に一回集まって。
互いの知識を交換したり、構築した学説を披露して意見を出し合うんだ。
会場は街角の酒場だ。
そこでショーしている踊り子のマリリンちゃんが可愛いからって目当てで行くわけじゃないぞ!
出かける途中に居候している弟宅の奥さんと目が合った。
『また出かけるんですか?』と視線で訴えられたので、とりあえず無視して出かけた。
* * *
集合場所に到着すると、既に同志たちが卓を囲んでいた。
酒も既に頼んでいた。
「遅いぞダガンザム研究員。裁きの日は近い。無駄な時間はないことをよく肝に銘じておけ」
「お前が最後だから今日はお前の奢りな」
いや待て、いつからそんなルールになった?
会合の参加費(飲食代)は割り勘が鉄則だったろうが。勝手にルール改定するな!!
「まあまあ、それよりも今日はいつも以上に重要な議題があるんだ。時間を無駄にしないためにもサクサク進めていこうぞ」
そ……そうだったな。
アレだろう、開拓地から流れてくる不穏な噂。
あの土地に聖者が現れたと!!
「そうだ、いまだに真偽不明だが今日のところはそこについて重点的に話し合っていきたいと思ってな」
「ズバリ、聖者が本当にいるのかどうか……だな?」
本当に本当であれば、我々にとっては看過しがたい大事件だ。
今まで実在するかどうかすらわからなかった聖者を確認することができるんだから!
……あ、お姉さんこっちにエール追加お願いします。
「し……しかし出現場所が何かと問題だぞ?」
「ああ……開拓地か……! よりにもよってオレたちが一番行きたくない場所に……」
「お前もそうなのか……?」
そ、そうだな。
一時期、人類の可住領域を広げるために開拓人員を大々的に募集していた。
それに応募したのは職にあぶれた者たちが主だったのだが、何故かオレも家族から『お前も応募してはどうか?』とやたら言われたんだよな。
オレには聖者を研究するという大事な仕事があるのに!!
「そう、ウチも父ちゃんからやたらと言われてな……再起の絶好のチャンスだって」
「『開拓地で上手いこと土地でももらえたら人生大逆転だぞ』とか……! 何が大逆転だ?」
「そうだ! オレたちの人生、大逆転のタイミングは自分で決める!」
そうそう!
あるいはこの噂も、オレたちをおびき寄せるための罠のように思えてきたな。
聖者のことをチラつかせれば、オレたちがノコノコ開拓地へおびき出されるといでも思っているのか?
「なるほどそういう考え方もできるのか、ダガンザムは頭がいいな」
あたぼうよ。聖者のことを調べていれば自然と知能も上がっていくというものさ。
とにかく開拓地の聖者の噂はデマということでハイ決まり!
そんなことより今週調べた聖者のことを発表し合おうぜ!
アレだ人間国の各街に出没しているという聖者の続報はどうなった?
なんでも突然フラリと街に現れた奇怪な老人が、杖を一振りしただけで盗賊を薙ぎ払い、杖を挿したところから滾々と泉を湧き出させたという噂が流れているとか。
そんな奇跡こそ聖者の所業に他なるまい!
もっと詳しく知るために何か新しい情報はないのか!?
「うーむ、それなんだが最近トンと静かになってなあ」
「今はやはり開拓地がホットで、新しく出てくる聖者情報はすべて開拓地関連だ。何でも開拓地を奪いにきた人魔連合の軍隊を返り討ちにしたとか」
開拓地を奪いに?
どういうこと?
そもそも開拓地は魔国と人間国で共同開発してるんじゃなかったの?
「しかし、本当に人魔の連合軍を打ち破ったというなら聖者は本当に物凄いな!」
「たしかに世界の管理者と呼ばれるのは伊達じゃない。聖者が本当に本気になれば、世界を破壊することすら不可能ではないんだろうな……!」
おいおい!
話がまた開拓地に戻っているぞ!
そこはもういいんだよ、そこは!
他に何かいいネタはないのか!? その辺で聖者が飛んでたとかさ!
「だったら、こうい噂があるがどうだ?」
と誰か別のヤツが言った。
「まあ、また開拓地関連になってしまうんだが、今はまだ木々を伐り倒して地面を鳴らしているだけの開拓地だが、開発が進めば人の住める土地になって街か村ができるだろう?」
おう、そうだが?
だから何だというのかね?
「街や村が大きくなればやがて国となる。その国の王に聖者がなるというんだよ」
なんだとぇえええええええッッ!?
バカな、聖者は世界の管理者だぞ!
今さら一国の王なんてチンケなものになるわけがないだろう!
「いやそれが、魔王城では既にそういう話が出ていて重臣たちがてんやわんやなんだそうだ。魔王様は密かに聖者と交渉を行っていて、それが実を結んで開拓地にできる新しい国を治めると、聖者は了承したらしい」
バカな!
それではやはり国の上層部は聖者と繋がりを持っていたというのか!?
あからさまな陰謀論だとか言って否定したヤツ誰だ!?
「それが本当なら、やはり開拓地に聖者が現れたという情報は本当だったのか?」
「真実を見極めるためにも今から開拓地に!!」
待て!
落ち着くんだ貴様ら!
どれだけ信憑性が高くても、オレたちが開拓地に行くとなったら帰ってこれなくなる可能性は大きいんだぞ!
家のヤツらが知れば、本格的に移住したんだと嬉々としてオレたちの部屋を整理してしまうに違いない!!
オレたちは帰る場所を失うんだ!
それを覚悟してでも開拓地へ行けるというのか!?
「それならば、真偽を確かめるのにいい手段がある」
なんだと……!?
これ以上さらに有効な情報があるというのか!?
「密約がなったことで魔国上層部と聖者の繋がりは確固なものとなり、近くそれを大々的に発表するそうだ。なんでも式典を開いて、そこで市民を相手に聖者のお披露目をするのだとか……!」
ということは、オレたちも聖者の姿を直に拝めるということか!?
オレたち聖者研究員が夢見続けてきたことが、そんなに唐突に実現するなんて……!?
しかしお前、そんな機密情報をよくいくつも仕入れてこれるな?
一体どんなルートで?
「いや……オレのオヤジが大臣として魔王城に勤めているから……!」
そりゃ、オヤジさんも心労が大きいだろうな息子が働きもしないなんて……。
……いやいやいやいやいやいや!!
それなら信憑性はますます高いってことだ!
こうなれば棚からマドレーヌと思って、確認しに行ってやろうではないか!
本当に聖者が現れるのかどうか!
今こそおれたち聖者研究員の働きどころよ!!






