1124 近くば寄って目にも見よ
ハレの日の俺です。
魔王さんから新たなお披露目依頼が来た時はどうしようかと思ったよ。
何でも今度は魔都にお住いの一般市民の皆さんに姿を現すという。
たしかに上部の人たちだけと繋がりを持っちゃ密室政治になってしまうからな。
庶民派の俺としては同類の方々に気遣いしたいぜ。
この世界と仲間や家族のため、腹を括ると決めたものの……。
こうも立て続けに苦手な目立つ行動をとらなければならないとなるとくたびれるものよ。
何とか泣きを入れて数日のインターバルを頂いたが、そこで気分を整えるより他ない。
それで整えた。
さあ何とかやってみせるぞと、再び魔都へと臨む俺なのであった。
しかし実際来て見ると思った通りにさあ大変。
まず何が大変なのかというと、意外にウチの連中が乗り気だということだった。
つまり農場の仲間たちね。
「ついに旦那様が大々的に世に出るのよ! 最高の演出をしないとじゃない!!」
いつも以上にプラティが張り切っていた。
たしかに公の場に出てくるんだから普段着というわけにはいかない……っていうのは俺にもわかる。
一応前の世界では社会人としてのマナーを、それなりに叩き込まれたものだからな。
だから多少のおめかしはいいとしても……具体的にどうするの?
「な~に腑抜けたこと言ってるのよ!? この全世界に、旦那様の物凄さを思い知らせる大チャンスじゃないの! こんな時に全力を出さないで、いつ出すわけ!?」
プラティに変なスイッチが入ってしまっている。
このまま止めずにいると行き着くところまで行っちゃって大変なことになるが止めようがないというパターンだ。
「まずはバティ!!」
服飾担当のバティが呼ばれた。
こないだは農場国独立について微妙な立場であることから身の振り方の明言を避けた彼女であったが……。
「はい! もちろん準備はできております!」
そんな悩みとか忘れているかのようにバイタリティに溢れていた。
「聖者様を、その全能に相応しいいでたちに飾り付ける! 私に長年の夢だったんです! その夢が叶うのが今!!」
ホントに色んな夢を持っている女性だなあ。
そのすべてを叶えて言ってるんだから欲張りなことだ。
そんで、そのバティから手渡された衣装だけれども……!?
「これを……ホントに着るのかい?」
「もちろんです! 私の自信作です!!」
何故確認のために聞き直したかというと、そうしたくなるぐらい何と言うか……ヴィヴィットと言うか?
アヴァンギャルドと言おうか?
とにかく聞き慣れない単語で表したくなるような未来的なデザインであったからだ!!
着てみた。
うおおおおおお……!?
「天野○孝がデザインしたキャラになった気分……!?」
なんか体の各所から鋭角に突き出ているし。
色遣いがやけに鮮やかでかつ多色的だし。
これ材質は何だろう? やたら固めな気がするし艶めいてるし……エナメル?
三児の父にもなってこんな格好をすることになろうとは夢にも思わなかったんだが。
フォーマルな場所でのおめかしは必要ではあろうが……むしろTPOを弁えてないような気がしてきたぞ?
本当にこれでよいのか?
「もちろんよ! 群衆たちが旦那様にひれ伏す瞬間なのよ! 愚かなる愚民どもが視線を惑わせぬように、誰が見てもすぐわかるぐらい派手派手でないといけないわ!!」
「そうですよねプラティ様! よくわかっておいでです!!」
愚かに愚かを重ねるな。
ささやかな日々を懸命に生きている人たちを尊敬しろや王家出身者。
「んー、でもまだ足りないわね。旦那様の唯一無二を飾り立てるには服だけじゃ全然足りないわ」
いまだに暴走が留まらないプラティ。
これ以上どうしようというのか?
「ここは、このアタシが全力でもってメイキャップするしかないわね! 化粧品も、魔法薬学師であるアタシの管轄内よ!」
化粧!?
頬に塗りたくって口にも塗りたくって睫毛ブスッてやるアレ!?
男も化粧するなんて、そんな大統領選に出る政治家じゃあるまいし!
そこまでしないといけないものですか!?
「もちろんよ!」
もう何度目かもわからない、モチのロン!
「せっかく旦那様の晴れ舞台なんだから最大限まで振り絞るわよ!……そうね、アクセサリーも欲しいからどこかで調達できないかしら?」
「ドワーフに頼むがいいでしょう。貴金属であれば彼らの右に出る者はいませんから」
「うーん、そしたらまたエルフたちとケンカになりそうよね。『自然に任せるのが一番!』とか何とか言いだして……!」
「方向性をまとめるのにエルフたちの意見も聞いた方がよいかもしれません」
なんかより怪しい方向へとゴニョゴニョ相談するプラティとバティ。
これ以上彼女らに任せたままでいいものか?
否。
『任せちゃダメだ』という結論になったとしても、止めることなんかできないので考えるだけ無駄なことだ。
それでなんやかんやと色々追加されて俺、お披露目仕様が完成した。
* * *
当日、俺はドラゴン馬のサカモトに乗って空中待機。
魔王さんの合図で急転直下し、群集の皆様が見える位置まで降下する手筈だ。
バティが作った服だけでなく、指や手首や胸元にはドワーフから買い取ったアクセサリーがジャラジャラつき、顔はビジュアル系かというほど化粧が塗りたくられている。
ヘビメタと言っても通りそう。
決め台詞は『お前もLAW人形にしてやろうか?』にしておこうか。
さらにはなんか降下する直前に我が身に振りかけるように……とプラティから預かった魔法薬まである。
――『これを散布すると水蒸気を瞬間凍結させて細かい粒上の氷を、無数に発生させるわ。それを体にまといながら超スピードで移動すると、さらに水蒸気を凍らせて取り込み、氷のスモークを生み出すの。旦那様の登場をより幻想的に演出してくれるわよ!!』
プラティさん、徹底した演出を決め込んでいらっしゃる。
実際に降下を始めると、プラティの想定通りに氷のスモーク……雲みたいなものか……をまとって飛来する様はさながら彗星のようであった。
地表ギリギリのところで急ブレーキで止まると、勢い余った風圧でスモークがすべて吹き飛ばす。
それはもう効果的な演出として機能していた。
サカモトに乗って空中に浮かぶ俺のことを皆が見上げている。
その表情は驚きや怖れ、それに感動に満ち溢れていた。
……感動?
「……アレが聖者様?」
「何と神々しい……!」
「予想通り……いや予想以上の御方じゃ……!」
「神が人の姿をとってご降臨なされたと言っても信じようぞ……!!」
と人々が喜び感動に打ちひしがれている。
あまりにも意外な反応に俺の方まで困惑してしまった。
俺ごときの登場に、そんなに感動要素ある? と。
しかし、それが断片的に広まった聖者の噂を耳に入れ、感銘を受けた結果なのだろう。
様々な期待と希望を胸に秘めて、それが現実であるかどうかを確かめに彼らはやってきたんだ。
そう思えば今日、思いきりおめかししてきたのも無駄ではなかった気がするな。
たとえ外面だけの張りぼてであったとしても、それが人々の期待を体現したものであればそれでいい。
俺は今日集まった人々の期待に応えることができたのだ。
それだけで充分じゃないか。
……よし。
こうなったらさらなる感動を皆さんに提供しようじゃないか。
この俺の磨き抜かれたトーク力によってな!!
……ここに一本の矢がある。
あれからさらに練習を重ね、トチることなく語り尽くせる最強のエピソードだ!
これで今日集まってくれた皆さんにさらなる感動をプレゼントしてみせる!
「アレはよくない流れだわ。止めるわよヴィール」
『了解なのだー!』
うおッ? プラティとヴィール?
キミたちも参列していたのか何故に止める?
これから俺の鉄板エピソードでお客さんをドッカンドッカン沸かせる予定なのにどうしたというんだ?
もう退場?
俺としては今まさにノッてきたところなんだけども?
ぐごごごごごごごごご……!?






