1123 政の中の聖者
私は魔国臣下アーミカ。
本日の出来事を経て、非常に敬虔な気持ちとなった。
何があったかって?
バカッ、もう忘れたのか!?
あの偉大なる聖者様が、我々の前にご降臨あそばしたのだろうが!!
これまでは実在の確認も取れず、都市伝説のようであった聖者様が、いざご尊顔を拝してみれば何とも素晴らしい御方であった。
超越的な力の持ち主であることはもちろん、そうでありながら実に控えめで驕るところがない。
率先して調和協調を主張し、世界を一つにまとめんとするところが実に人格者であった。
その気になれば両脇のドラゴンとノーライフキングをけしかけて、魔国などその日のうちに壊滅させてしまうことも可能だというのに。
あえてそれをせず、世界すべての人々が手を取り合えるように促すなどなんと素晴らしい人格であろうか。
「この世界にまだ、あれほどに優れた人物が隠れていたとはな……」
「恐ろしい御方だ。あの方と敵対すれば、誰であろうと翌日の朝日を拝めることは叶うまい……」
誰もがそう思うほどだった。
最初は皆が『何だアイツは』『魔族相手に無礼な』と非難轟々であったのに、解散した時には皆が聖者……いや聖者様に心酔するほどであった。
「特に最後の矢を折る話は最高であったな!」
「よし! 私も毎日矢を十本折るぞ!!」
これから魔国の上層部で矢をへし折るのがブームとなりそうだ。
まあ体が鍛えられていいんじゃないかな。
実際、聖者様が人格者でなければ、この世界はとっくの昔に聖者様によって制圧され支配下に置かれていたことだろう。
世界中の生命すべてが隷属し、どんな理不尽な命令にも従わねばならなかったかもしれない。
今、この世界がそうなっていないのは、紛れもなく聖者様が博愛の心をもっているからだ。
それどころかこれからは我々と協力して、新しい世界体制の構築をしてくださるという。
ともすれば史上最悪の敵となっていたかもしれぬ御方が労せずして味方となってくれているのだ。
そのことを冥神ハデス様に感謝しなくてはなるまい。
「はー、どうにか上手く話がまとまった……!」
何やらルキフ・フォカレ卿の独り言が聞こえた気がしないでもないが、はて。
ここからはどう話が進むのだろうか?
* * *
後日、改めて重臣一同が招集を受け、魔王様のお言葉を賜った。
「先日、諸君らと聖者殿との顔合わせはつつがなく終わった」
……つつがなく?
「そこで次の段階に進みたいと思う。魔国の中枢を担う諸君らが聖者殿を知ってくれた以上、次はさらなる者たちに聖者殿を知ってもらいたい」
それはまさか……。
魔国の民に?
「当然魔国は大きい、その全員に聖者殿を周知してもらうにはさすがに無理があろう」
本当にそんなことをするならばパレードでも行って、全国行脚するしかないでしょうからな。
そんなこと魔王様でもしたことがありませんぞ。
「何より我らの都合で聖者殿に、無用の負担を強いるわけにはいかぬ。それは無礼に当たるというものだ。それらを鑑みて聖者殿へのご足労を最小限にして民への周知を行うとすれば、ここ魔都で式典を行うのがいいと思う」
おお! 聖者様お披露目式典というわけですか!
たしかに、あれから大急ぎで聖者様に関する情報収集をしましたが、その結果、聖者様の名は我らよりも市民の間で広まっているようだ。
都市伝説……というのか。
これまで明確にはされていないが、世界各地で散見する断片的な情報から聖者なる超常的な存在が仄めかされているのだという。
一番有名な、戦争時のドラゴン襲来事件の他。
その他にも、エルフの森を再生させたことや、我が国で開かれた博覧会にも聖者様が関わっていたなど。
様々な噂が虚々実々交ぜ合わさって正直なところ何が本当かわからない。
むしろ本人と直接会えたんだから『アレ本当だったんですか!?』と質問してみたいぐらいだ。
重臣である私がそう思うぐらいだから市井の噂好きな人々はその三百倍ぐらい聞きたい気持ちが強いに違いない。
聖者様は庶民にとって、謎めいているからこその神秘であり、憧れであり、大いなる娯楽でもあるのだ!!
「そんな聖者殿が表立って国を率いていくとなれば、人々の注目を集めることは疑いない。既に開拓地に聖者殿が現れた……という噂話が魔都にまで伝わり、一部の好事家は興味津々となっているに違いない」
そんな中で市民向けへのアナウンスが何もなく開拓が進めば、いらぬ憶測や困惑を呼び、ついには何かしら悪い影響をもたらさぬとも限らぬ。
そのためにもここで一度、聖者様には市民の下へお出ましいただき、その公明正大なありようを示してもらうのが肝要……。
というわけですな!!
「うむ、さすが我が臣下たち理解が早くて助かるな。既に聖者殿には打診をしてあるので皆には式典準備を滞りなく進めてほしい。……ルキフ・フォカレよ」
「はッ」
「主催をよろしく頼むぞ」
「ははぁ~!」
あッ、またルキフ・フォカレ卿の仕事が増えた。
よし、そうともなれば我々も全力で式典を執り行い、聖者様の存在を魔国全土へ向けて知らしめてくれよう!!
我らの驚きを無辜な市民たちも味わうがいい!!
はっははははははははは!!
* * *
それから数週間経って……。
ついに聖者様お披露目式典の当日!
会場にはそれこそ大挙した魔都住民たちが所狭しと詰めかけておる。
ワイワイワイワイ、ガヤガヤガヤガヤと……。
サプライズなんかは考えずにドストレートに式典の趣旨を告知したので、さすがに物見高い魔都の都会っ子たちはこぞって集まってきたというわけだ。
これが聖者様パワー!
その名だけで数万単位の観衆を集めるとは……!?
「それだけ聖者様が民の間にも浸透しているということだろう」
「皆知りたいのだ。聖者様がどこの誰で、どのようなお人なのかと。それだけ興味を集められるというあの御方の影響力の強さということよ」
と一緒に式典準備に奔走した同僚と話す。
その後ろではルキフ・フォカレ卿がやつれた様子で、強壮薬を一気に呷っていた。
式典の撤収が完了するまでは休みも取れないそうだ。
大変だな。
これだけの大観衆が詰めかけた会場に、まずは魔王様が壇上に立つ。
「我が忠勇なる魔族たちよ、今日という日を皆で一緒に迎えることができたこと、心より嬉しく思う」
まずは魔王様が演説を行い、聖者様の登場をスムーズにさせようという心遣いだろう。
さすが魔王様! 民の心を理解していらっしゃる!
「今日の会合は他でもない。皆が既によく知っているであろうある御方の……」
「もったいぶってんじゃねー!」「早く聖者を出せー!」
おいおいおいおいおいおい愚民!?
待ちきれないのはわかるが、魔王様の尊い玉音を前にやじ飛ばすとは何事か!?
不敬罪でしょっ引くぞ!
いやもうしょっ引け!!
「フフフ……、皆、我慢の限界まで来ているようだな。さすれば堅苦しい挨拶は抜きにして早速ご登場いただこうではないか」
魔王様!
愚民どものやんちゃにも動じぬ心! 広き器に感服でございます!!
そしてあらかじめ打合せしておいた通りに合図を送る。
すると空から飛来する物体!
凄まじい速さだ!
まるで、世界の変調に先駆けて現れるという彗星のような!
その彗星が、密集した群衆めがけて飛んでくる!?
アレが地表に激突したならば未曽有の大惨事に!? 損なわれる人命も百や二百じゃ済まんぞ!?
と大慌てするところだが、心配ご無用。
彗星は、地表激突の寸前で動きを止め、空中に制止した。
同時に周囲へ衝撃波を発し、その勢いに群衆ものけぞった。
そして超スピードの飛行によりまとわりついた水蒸気や氷の結晶がはじけ飛ぶと、その内側から現れるのは、雄々しき体躯の雄馬にまたがる人!
聖者様!
なんという派手派手な登場か!?
その翼もないのに空中を駆け回る馬は何ですか!?
とにかく豪壮な上に神秘に満ちた登場に、彼を目当てに集まった魔都民数万人も度肝を抜かれておりますことよ!
この一事だけを見てもわかる!
式典の成功は約束されたと!!






