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1118 不安の能臣

 私はアーミガ。


 魔国に仕える臣下の一人である。

 聖剣継承家系には外れるものの、数十と世代を亘って魔国の中枢にい続けた由緒ある家柄だ。


 私もその末裔として祖先同様に魔国政庁の重役に就いている。


 無論他にもそうした家はいくつかあったのだが、ある時を境に随分少なくなった。


 政変があったためだ。


 当代の魔王にあらせられるゼダン様は長きにわたった戦争に終止符を打った英傑だが、自国の構造改革にも精力的に当たられた。

 結果、権力に胡坐をかき私腹を肥やすだけだった名家は軒並み改易、取り潰しとなり、溜まりに溜まった膿は一滴残らず絞り出された。


 汚職で摘発された当人やその家族は地方へと飛ばされ、厳しい監視のもと更生に取り組んでいるらしい。


 罪人に再起のチャンスを与えるのは、現魔王様の厳しいながらも情に溢れたご気性の現れであろう。


 そんなわけで現状、魔国の中枢に残っている者は、前代まで横行した汚職の誘惑に抗ってきた気骨の士が揃っているとも言える。

 私もその一人な。ん?

 そうだよ。


 父や祖父の代から、賄賂を求められても毅然と突っぱね、またみずからも賄賂を求めたりはしなかった!

 周囲から『貰えるものは貰っといた方が得じゃん』『アホじゃねーの?』『真面目か?』と罵られてもけっして己の正義を曲げず、肩ひじ張り続けた成果がここにはある!


 そのように日の目を見せていただけたのも、すべては魔王ゼダン様の英明さあってこそ!

 ゼダン様こそ歴代最高の魔王!

 そんなゼダン様と同じ時代を生きられたことに感謝しつつ、全力でお仕えする所存であるぁ!!


 ……。

 ふいー(深呼吸)。


 そんな風に忠誠心溢れる私であるが、ある日。

 多くの重臣と共に一堂に集められた。

 まあ多くの重臣が集められて、そこに私も含まれていた……という言い方が正確でもあるが。


 何の予告もなく唐突なことであったので、私も含め多くの重臣たちがふいと突かれ戸惑っていた。

 招集の理由が思い当たらずに、困惑交じりに想像を巡らせる。


「魔王様の突然のお召し……一体何事であろうか?」

「さあ? ここ最近は大きな事案もなく平和そのものと思えていたが?」


 何も心当たりがないからこそ推測は悪い方にも向かいやすい。


 僅かながらにある心当たりと言えば、ここ最近になって始動した開拓事業であろうか?

 あれも始まる前にはちょっとした小競り合いもあったからな。


 いずれ来たる人口増加への対策として、二つの案が提出され、そのどちらを採用するかで白熱した議論となった。


 一方は遷都で、もう一方は開拓。


 遷都推進派はかなり力を入れて自説を押し進めてきたが、結局は宰相たるルキフ・フォカレ卿が開拓派についたこと。何よりそんなルキフ・フォカレを魔王様が追認したことで議論にも決着がついたはず。


「そう言えば聞いたか? 遷都案をもっとも強烈に推していたダンパールが職を返上したと」

「えッ? なんで?」

「詳しい事情まではわからんが、野に下ったダンパールは魔都からも去り、完全に政局から離れた形になった。お陰でただでさえ死に体だった遷都案は、究極的に息の根が止まった」

「我らのあずかり知らぬところで暗闘があった……ということかのう?」


 仮にそうだとしても、遷都案と開拓案の相克はダンパールの失脚によって決着がついたのだろう。

 終わった事案について重臣を集めて図らなければいけないことなどあるのか?


 あるいはまったく違う用件が?


 ううむ、考えれば考えるほど謎が深まるな。

 ひょとしたら我らの進退に関わることだったりしたらと不安が止まらない。

 さっさと発表してくれんかなあ……とそわそわしていたら、あるものに私の目が留まった。


「……なあ、おいおい」

「はい?」

「あそこに座っているのは誰だ?」


 我らが招集されたのは、魔王城内で政局のことを話し合うための議事堂であったが、大人数が収容できるようにそれなりのスペースに、多くの豪勢な椅子と机が並べられている。

 その議事堂内の一角にあまりにも違和感がありまくる人物が座っておる。


 あれは……人族か?

 肌の色で人種が違うことはすぐさまわかった。我ら魔族は肌色が濃い目であるからな。


 他国との交流が推進されてから国内でも異種族の姿はチラホラ見かけるようになったが、さすがに政局の場にまではそう気軽に浸透してはいない。


 他国からの議会の見学とか……来てないと思うが?


 じゃあなんだあの異種族は?

 何やら気の抜けたぬぼげっとした表情で。ここが静かなるも激しく知略と舌鋒がぶつかり合う静かなる戦場ぞ?


 あんないかにも賢くなさそうな、気概もなさそうな朴念仁がいていいとは思えぬのだが。

 何かの間違いで紛れ込んだとしか……。


 警備は何をしているのだ?

 部外者が紛れ込んだのだから早急につまみ出すべきではないのか?


「いや……しかしながら、そう簡単にもいかぬようだぞ?」

「なんで?」

「見ろ……あのぬんぼりした者の隣に誰が座っているか」


 隣に……?

 ……んおッ!?


 あのぼんやり異種族の隣に座っているのは我らが魔国宰相ルキフ・フォカレ卿ではないか!?

 何故あのぼんやりくんと宰相殿が、いかにも仲よさげに隣り合って!? 


 しかもあのぼんやり、隣り合うどころかルキフ・フォカレ卿とお喋りしている!?

 お喋りというか楽しそうに談笑!?


「どうだろう? ルキフ・フォカレ卿は楽しそうというより苦笑交じりという感じだが……」

「だがまったく知らない部外者というなら会話自体しないだろう?」

「どいうことはあのぼんやり野郎は、少なくとも宰相の承認を受けてこの場にいるということか!?」


 これでは迂闊に退室させられないな。

 かといって正面切って『アンタ誰さ?』と尋ねるのも礼を失するし……。


 一体どうすればいいんだ!?


 突然招集された用件の読めなさ。

 そしてその謎の集会に紛れ込む異質感たっぷりのぼんやり野郎。


 こんなにも要領の読めない招集がこれまであったか!?


 ダメだ、待たされれば待たされるほど考えてしまって、しかも考えるだけドツボにはまっていく!

 焦燥感が増すばかりだ!


 そう思って内心悶えているとやっと事態が進展した。

 議堂の大扉が開いて、厳かに入室する我らが主。


 魔王様!


 皆席から立って威儀を正す。

 正当なる姿勢で我が主を迎える。


「うむ、楽にしてくれ」


 魔王様から促されて席に座る。

 そうした主従のやりとりの間も、あのぼんやりは起立することもなかった。


 なんだアイツは?

 魔王様に対して礼を払いもしないのか?

 何様のつもりだ!?


「いや、あのぼんやり立ち上がろうとしたのを宰相に止められていたぞ?」

「いかにも『皆が立ってるから倣わなきゃ』というような素振りだったが?」


 宰相がそれを止めて自分のみ臣下の礼をとった?

 魔族の法礼にもっとも精通すべき魔国宰相が、あのぼんやりに臣下の礼が必要ないと判断したというのか?


 ますますわからん。

 何なんだあのぼんやりは!?


 戸惑っているうちに魔王様は


「皆の者、待たせたな。急な呼び出しで予定を狂わせておきながら、そうして切り出してくれた諸君らの貴重な時間を浪費させてしまった」


 いえいえいえいえいえいえッ!?

 そんなそんな、我々臣下たれば魔王様に呼びつけられれば親の葬式でも抜け出してくるのが当然です。


 そこへルキフ・フォカレ卿が言葉を挿し入れ……。


「しかし魔王様、左様に時間をかけた割にお一人にて入堂とは……?」

「うむ、軍部は遅れて到着するようだ。ベルフェガミリアを引っ張り出すのに手間取っているようだな。それで待っているのもバカらしくなって一人で来たわ」

「あの怠け者にはほとほと困ったものですな」


 なるほど魔王様が遅れられたのは四天王の方々を待っていたからなのか。

 しかし内政の要である議事堂に軍部の要人を招き入れるとは、それだけこれから話される用件が重要だということか?

 益々訳がわからない!


「さて、皆も突然呼び出されて混乱しているものとおもう。一体何の用だ? とな。我も忠臣らを不安にさせておくことは本意ではないので、早速本題に入ろう」


 おお!

 さすが魔王様、我ら臣下の心をよく汲み取ってくださる!


 して本日の用件は……!?


「諸君らに、聖者殿へ拝謁する栄誉を与える!!」


 へ?

 聖者って?

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「諸君らに、聖者殿へ拝謁する…」 → 「殿」は目下の者に対する敬称になるので、聖者を上とみているとする魔王が使うのであれば「様」の方が適切かな。
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