111 善行ドラゴン
それは、ヴィールが姿を見せなかった六日間、どこで何をしていたかを明らかにする記録である。
竜乳ネタで散々弄り倒されたヴィールは、その仕返しをしてやろうと思い立った。
そこでヴィールは考えた。
事の発端となったミルク問題を彼女の独力で解決すれば、俺やプラティを見返すこともできるだろうと。
そこでヴィールは、まず先生の住む洞窟ダンジョンに突貫した。
「何故、先生のところへ?」
「あの死体モドキは長生きだから大抵のことは知ってる」
まあ、そうだけど。
堂々と答えてくれやがるヴィール。
しかし独力で解決しようと奮起した傍から他力本願なのはどうなのかとか、先生はノーライフキングなんだから長生きという表現もどうなのかとか、ツッコミどころは山ほどあるが。
「で、あの死体モドキからサテュロスなる獣人の一種を聞いた。ソイツらの出すミルクは実に美味で、評判だとか」
その情報をゲットしたヴィールは早速、サテュロスを求めてその集落へと向かった。
着いた。
ドラゴンの翼をもってすれば、世界の果てから果てと移動することも容易い。
「死体モドキの教えてくれた通りの場所にサテュロスの集落はあった。周囲を険しい岩山に囲まれた高山地帯だ」
普通の人族や魔族ならば、険しくてとても立ち入れないようなところにあるらしい。
それは山羊の獣人たるサテュロスの生存戦略というべきもの。
断崖絶壁すら難なく踏破できるサテュロスだけが行き来できる場所に定住することで、他の種族からの侵攻を遮断しているのだとか。
そんな難所に、サテュロス以外で楽に進入できる者がいるとしたら、それこそドラゴンくらいのものだろう。
で、そのドラゴンがやって来た。
「……あの、混乱しませんでした?」
俺は尋ねる。
サテュロス代表格である、お色気ムンムンお姉さんに。
さぞや怖かったことだろうドラゴンなんかが現れたら。
俺が想像で彼女たちの立場に置き換わってみても、平穏なある日、青空から飛来する最恐生物の姿を思い浮かべるだけでパニックだ。
「はあ、その心配はありませんでした……」
「そうなんですか?」
「だって、ヴィール様が来られる前から私たちは大パニックでしたから」
?
「実はな、おれが来る前に既に竜が来ていた」
とヴィール。
え?
なんで?
ドラゴンはお前だろう? そのお前が来る前に竜が来ていたって何だよ?
「だから、おれとは別の竜がサテュロスどもを襲っていたんだ。襲う寸前だった、というのが正確だが」
何だか話がよく分からない方向へ流れ始めた。
ヴィールが来る前に別のドラゴンが?
サテュロスたちを襲おうとしていた?
サテュロスのお姉さんが、説明を受け継ぎ語る。
「そのドラゴンは、グリンツドラゴンのダルパーと名乗りました。ヴィール様より一年も前に現れ、私たちにこう要求したのです」
――『お前たちが秘蔵する「黄金の山羊の毛皮」を献上せよ』
「と」
「『黄金の山羊の毛皮』?」
「私たちサテュロス族の秘宝です。一族の祖が大冒険の末に異国から持ち帰ってきたと言います。私たちはその宝を大切にして先祖代々継承してきました」
グリンツドラゴンのダルパーは、それを寄越せと迫ってきた。
「一体何故?」
「おれが邪聖剣を求めた理由と一緒だ」
ヴィールが言う。
「おれの父上ガイザードラゴンが、後継者を決めるため子どもたちに様々な試練を与えているという話は覚えているか?」
「あ、うん……」
「ダルパーに課せられた試練がそれだったらしい。サテュロス族から『黄金の山羊の毛皮』を奪って来れば、一次試験は通過だ」
ドラゴンは宝物を集める習性でもあるんだろうか?
その要求を、サテュロス族はまず拒否した。
サテュロス族にとって、秘宝はとても大事なものであったし、それに加えてダルパーの要求はあまりに横暴で理不尽だった。
しかし相手はドラゴン。
その気になれば辺境の一獣人族。瞬時に根絶やしにしてしまえる。
しかしダルパーは、率直な手段を取らなかった。
サテュロスの集落が険しい峻嶮に囲まれているのをいいことに、数少ない出入口を塞いで閉じ込め、水の手を断ち、家畜を育てるための牧草地を焼き払うなどしてじわじわと追い詰めていった。
サテュロスたちは苦しめられ、もはや秘宝を差し出す以外ない、とまで追い詰められた時に現れたのがヴィールだったという。
――『おれはグリンツェルドラゴンのヴィール! 我が主、聖者キダンのために貴様らのミルクを分けてくれ!』
というのが開口一番の文句だったらしい。
先に現れたダルパーより遥かにイージーな要求に、サテュロスたちは脱力したという。
しかしグリンツドラゴン、ダルパーによって乾殺しの憂き目に遭おうとしていたサテュロス族は、それどころではない。
実際、その時にも集落は、備蓄が尽きかけて生きるか死ぬかの瀬戸際。
自分自身が飢え死にの危機にあるというのに他人に分けられるミルクなどない。
事情を話してヴィールに許しを乞おうとしたが、そこはヴィールもドラゴン。とんでもない発言で彼らの度肝を抜いた。
――『だったらおれがダルパーのヤツをぶっ飛ばしてやろう。ヤツが消えて集落に豊かさが戻れば、貴様らもミルクをたくさん出せるということだからな』
そしてヴィールは本当にダルパーに挑み、打ち倒してしまった。
ドラゴン同士による争いだったが勝負はヴィールの一方的な勝利に終わったらしい。
「ダルパーなど虚弱な弟の一人にすぎんからな! 獣人族苛めのごとき軽い試練を与えられるような弱ドラゴンなど、おれの敵じゃない!」
それでいいんですかアンタ?
同族でしょう?
とにかくダルパーをボコボコにして追い散らしたヴィールは、サテュロス族を救う英雄となった。
皆がヴィールに感謝し、褒め称えたという。
「私たち一族は、ヴィール様に大恩があります。その恩返しのためにも、ヴィール様のささやかな望みを是非とも叶えて差し上げたくて!」
最初ヴィールは備蓄のミルクを分けて貰えばそれだけでいいと言っていたそうだが、よくよく話を聞くに恒常的なミルクの量産体制を、この農場が求めているらしいと彼女たちは推測。
「ならばいっそ有志を募り、ヴィール様が住まわれるこの農場へ移住しようと。そうしてやって来たのが私たちです!」
お色気お姉さんと共に、約十名ほどのサテュロスたちが肯定的な歓声を上げた。
全員うら若い女性で……。
……その。
体の、とある一部分が、著しく顕著。
「聞けば、ヴィール様を私たちの下へ遣わしてくださったのは聖者様とのこと! 一族の危機を救って頂いたご恩返しのためにも、私たち精一杯にミルクを出させていただきますわ!!」
やっぱり!
アナタ自身たちが出すんですね!
飲料及び食材としてのミルクを!!
ついに念願のミルクの安定生産を確保できたから喜びたいのは山々だが!
本当にこれ。
絵面的に本当に大丈夫なんでしょうか!?