1113 餅は餅神
うおりゃあああッ!! 知恵の神ヘルメス今こそ知略の見せどころ!
神算鬼謀の縦横無尽を見るがよい!
『まあまあ伯父さんたち。地上の人々を慈しむ気持ちはわかりますが、まずはこちらの言い分も聞いてはくださいませんか?』
『あぁ?』
それらしい美辞で見栄えよくまとめてみたが、実際ヤツらの本心は聖者の美味しい料理しか眼中にないから完全にただの世辞だ。
しかしここから相手に耳を傾ける体制が整ったのでひとまず一歩前進だ。
『我ら天界の神々にも、聖者の国を守護する資格はあると存じます。まずは我々も討論に参加するところからお認め頂けまいか?』
『はぁー? このヘルメス坊よ。お前の弁舌は我らも弁えておるところだがな。さすがに無理があるまいか』
ハデス伯父さんが言う。
それに伴いポセイドス伯父さんも……。
『その通りよ。私もハデスもそれなりに聖者との縁をもって守護権を主張しておるところ、天界神にはどんな繋がりが聖者にあるという? ちょっと顔見知り程度では到底受け入れられぬぞ?』
さもありなん。
そもそも聖者自身は異世界から召喚された来訪者であり、それゆえどの陣営の神とも直接的な繋がりを持たない。
それゆえにこうして誰が守護するかで揉めているのだが……。
『ふふふふふ……、お忘れですかな? そもそも聖者がどうしてこの世界に召喚されたか?』
『ふぬ?』
そう!
聖者は、我ら天界神の術によって召喚されたのだ。
そもそもは人族が、己が手駒とすべき勇者を別の世界から呼び出すための召喚儀式!
それによってこの世界に渡ってきた者の一人が聖者であるのだから、それこそ我ら天界神との大きな繋がりと言える。
天界の神が、勇者召喚術を人族に与えなければ聖者はこの世界にやってこなかったのだから!
『偉そうに言えることか!!』
『そうだぞ! そもそも異世界召喚は別の世界に住む人間を断りもなく召喚する人さらいのような術ではないか! それを持ち出して「たしかな繋がり」とは盗人猛々しいにもほどがあるわ!』
あれー?
おかしいな私の完璧にして淀みのない理論展開が?
『おい、コイツ少しも悪びれてないぞ?』
『こういうとこやっぱり天界神なんだなって思うわ。こっわ』
アレ? 何ですかそのサイコパスを見るような目は?
……ではこういう理屈ならいかがでしょう?
なるほど異世界召喚された聖者は、地上支配を企む天神ゼウスや、その手先であった人族たちの被害者であったかもしれない。
しかし聖者はその後、造形神ヘパイストスに目を掛けられ、彼から最高のギフトを与えられて、それでもってこの異世界を生き抜いた。
世界に大いなる変化をもたらし、長く地上を荒らしていた戦争を終結させたのもヘパイストス神のギフトによるところが大きい。
いや、もちろんそのギフトの振い手が聖者であるからこそ、もっとも適切な運用をして最良の結果に辿りついたわけだが……。
しかし聖者自身も、みずからに与えられたギフト重要性をしっかり認識し、ヘパイストス神こそをもっとも敬すべき神として奉っている。
そしてそのヘパイストス兄さんこそ紛れもない天界神に連なる神!!
どうです?
聖者との縁としては充分根拠になるのでは!?
『ううむ……!?』
『たしかに聖者は、自宅にヘパイストスの祭壇まで拵えておるからなあ。どうして我らの祭壇は建ててくれぬのだ?』
あれ、正確には神棚なんですけどね。
しかしそれもまた聖者の、ヘパイストス兄さんへの感謝と敬愛の証よ。
『まあ、それだけヘパイストスの生み出すものは素晴らしいということよ。造形神の称号は伊達ではないな』
『アホのゼウスはその価値に気づけずヘパイストスを冷遇したが、今にして思えば心底幸運であった。そうならずにヘパイストスの技術力を十二分に駆使されていたら、我らも攻め滅ぼされていたやも知れぬ』
戦乱時代の総括を語るハデス伯父さんたち。
まあ、思い出話はそれぐらいにして……。
『というわけで、ヘパイストス兄さんを擁する我ら天界神も、聖者から崇め奉られる資格は充分あると思うんですよ! どうっすか? どう思いますかその辺!?』
『ぐぬぬぬぬぬ……!?』
それこそこっちから働きかけるまでもなく聖者は、新国家の主祭神をヘパイストス兄さんに決めるかもしれませんね?
そうなった時に文句はありませんよね!?
反論がないならオレの勝ちだぞ、ん?
『本当に凄いのはヘパイストスだろうに、この強気……! なんで他神の手柄でこうも優位に立った気でいられるのだ?』
『そもそも当のヘパイストスはどうしたのだ? そこまで強く主張するからには本神が出てこないことには話にならんだろうが!?』
ヘパイストス兄さんは本日不在です。
『限定品RGスペシャルコーティング最終決戦仕様ユニ○ーンガン○ムが発売されるんだな!!』とか言い出して出かけて行ってしまいました。
『え? 何? 呪文?』
さあ?
しかしそうやって表向きの政に一切興味なく、自分野のモノ作りに没頭するからこそヘパイストス兄さんは重要な神なのでしょう。
そんなヘパイストス兄さんの権利を、このヘルメスが弟神として代理で主張し、堅持する!
そのことにご文句がありましょうや!?
『くっそコイツ、ヒトのふんどしで相撲を取しながらいけしゃしゃあと……!?』
『しかし論そのものには躓きはないぞ? どうするのだ兄弟! このままでは押し切られてしまう……!』
ふっふっふ。
これこそが知恵の神ヘルメスの弁論力よ!
どうだアポロンやアルテミスよ!?
私のような賢い神が天界神の所属していて助かったろう!?
『ふっくくくくく、まだまだ甘いなゼウスの息子らよ……』
なんだ!?
私たちの主張に反論があるとでも!?
不敵な笑い声を漏らすあの神は……、ああッ!?
ティターン神族の主神であるクロノス!?
我らオリュンポス神族のトップ……ゼウス、ハデス、ポセイドスの父親である彼は私たち二世神から見ればおじいちゃん!
彼もまた今日の言い争いに参加していたのだった!!
『ゼウスの子どもたちには色々な神がおるようだな。個性多様というか……。ゼウス自信は救いようのないアホだが、子宝に恵まれたことが唯一の取り柄と言っていいな』
まあ圧倒的に母数が多いものですから、その中から様々秀でた者が出てくるのも自然の流れというべきか……!?
『しかしヘルメスとやら、ゼウスの子どもたちの中に農耕に秀でた神はいるか?』
はい?
『種をまき、育み、実を結び収穫する営みを司り、守護する神はいるかと聞いているのだ? ちなみに、このクロノス神こそ農耕を司る神! それこそがメイン! 時間操作能力などおまけにすぎんわ!』
何ですか急に、みずからの個性自慢ですか?
しかし農耕が、聖者の国を守護する今日の議題と何の関係が……。
……あ。
『気づいたか? さすが知恵の神を自称するだけあって聡い。……そう、聖者はみずからの住処を「農場」と称し、作物を育て、土と会話している! そんな聖者にとって、この農耕神クロノスがどれほどご利益有難い神であるか!!』
そ、そうだ……!?
地上の人間たちにとって自分の生活に密接なかかわりがある神ほど崇め奉りたくなるのは当然!
騎士や将軍といった職業軍人は、戦争を司る武神を信仰する。
新婚夫婦は、家庭円満を司る家裁神や安産祈願の神に祈る。
そして農業を営む聖者は……農耕を司る神に祈るのも当然ではないか!
『実際、聖者は私に会った時大喜びしたものだ。作物の実りは、なるほど人事で覆い尽くせるものではない。戦争の勝敗と同じぐらい……いやそれ以上に神に祈ってでも好ましい結果に結び付けたいものであろう』
その通りすぎる……!
それじゃあクロノスおじいちゃんは、聖者にとってはヘパイストス兄さん以来の拝みたくなる神様ということか!?
ヤバいこれは……祭神として有力すぎる。
『それに我々ティターン神族は、長くタルタロスに幽閉されていただけに忘れ去られて、崇拝してくれる人どももおらん。ここで聖者の国の人々が祀ってくれれば大変助かるのだがなあ?』
ああ、さらにもっともらしい理屈まで言い出した!?
『そもそもお前たちオリュンポス神族は、既にそれぞれ守護すべき人と国を抱えておるのだろう。さすればさらに複数の守護対象を抱えるよりは、手の空いた我々ティターン神族に活躍の場を与えてくれた方が公平ではないかと思うのだがな?』
やべぇ、反論が浮かばない!
このままでは聖者くんの国はクロノスおじいちゃんの担当ということが本決まりしてしまう!
『ご報告! ご報告です!!』
どうした!?
神々の伝令役である私に伝令が!?
しかし今は議論白熱の真っ最中だぞ! そんな状況を中断してでも入れるべき報告だというのか!?
報告に飛び込んできた名もなき神は慌て口調で言う。
『そ、それが別世界の神々が来訪してきまして……!』
別世界の神々?
『聖者の国の守護神になるなら、我々にも権利があるはずだと……!』
なんで!?
どういうこと!?
この世界の話のはずなのに、なんで別世界の神々まで権利を主張してくるの!?
聖者の国の守護神選抜会議は、どんどん混迷を深めていってしまう!?






