1111 知恵の神の陰謀
私は天界の伝令役。
知恵の神ヘルメス。
だからこそ情報の収集には余念がない。
知恵とは膨大な情報あってこそ意味あるものだし、天界の伝令役たれば重要な情報があればすぐさま伝え広めなくてはならない。
というわけで天空から地上を眺めていることが比較的多い私。
すべては地上にて起こる重大な出来事を見逃さないためだ。
そんなわけで今日も、目を皿にして地上を見守っていたのだが、おかげさまで超重要な情報をライブで掴むことができた。
農場の聖者が国を興すようだ。
かねてよりヘパイストス兄さんから貰ったギフトと、異世界より持ち込んだユニークな知識でもってこの世界に革命を起こし続けた聖者。
その聖者がついに俗世に交わって、人の指導者になるというのだから朗報だった。
これでこの世界はさらによい方向に進んでいくことだろう。
ほんの数年前までは人々が憎み争い合う、修羅道のごとき世界だったというのに。
聖者がこの世界に渡ってきてから戦争が終結し、様々な種族が手を取り合って平和な世界を築き上げてきた。
そしてこたびついに聖者自身が為政者として民草を導くこととなった。
そうなればきっと世の中は、もっとまとまりを増して、平和で豊かに進歩していくことだろう。
すべては聖者くんのお陰だな……。
こうして見ると数年前、密かに計画を進めた甲斐があったな。
どういうことかって?
私だって天界の一神として忸怩たる思いでいたんだ。
あのバカ父ゼウスや、戦争大好き女神アテナのご乱行で絶えず地上は混沌とし、人々は穏やかに暮らすこともできない。
そんな状況が数百年も続くのはあまりに忍びない。
そう思って一計を案じたのがこの私、知恵の神ヘルメス。
まず私は、アテナ女神をたばかって天界から不在にさせるよう仕向けた。
何故そんなことをしたのかって?
異世界召喚者にスキルを与える役目をあの女が担っていたからだ。
別に使命感からではない。
ただ自分が与えた能力によって戦争が激化し、より派手にヒトが吹っ飛んでいくのを見て快感に浸りたいのだろう。
しかも同時にアテナは、大好きな戦争が終わらないよう必要以上に強力なスキルを与えようとしなかった。
下手に力を付けさせて、神への反逆を企てることも危惧していたのだろう。
そんなアテナだから、一瞬でも前線から遠ざけておくべきだった。
幸い、あの戦争バカをたばかるのは簡単だ。
『ポセイドスがお池にハマってもがき苦しんでるぞ!』とデマ情報を流しただけで、すぐに見物に飛んで行きおった。
他神の不幸がネクタルよりも大好きな女だ。
特にポセイドス&メドゥーサ夫婦のことが誰より嫌いなアテナにとって、あの夫婦の不幸が何よりも好みらしい。
そうしてアテナ不在を狙って、本来アイツの役目である異世界召喚者へのスキル付与の代行にヘパイストス兄さんを捻じ込んだ。
ほぼゴリ押し。
どういう人選……もとい神選かというと、ヘパイストス兄さんならきっと想像を超えた大事にしてくれると期待したからだ。
造形神である兄さんの造り出すものは少なくともオリュンポス神界において最強の力を有する。
そして期待通りにやらかしてくれた。
ヘパイストス兄さんが人に贈った『至高の担い手』は、もはやスキルなんぞ遥かに超えた神の贈り物ギフト。
アテナごときが与えるスキルなど、カスかと思えるほどのシロモノだった。
しかもその力を受け取った人間が、無益な争いなど好まず、作り育てることを好む正確なのも幸いした。
その辺本当に運がよかったと言えよう。
ヘパイストス兄さんのギフトと、それを受け取った聖者くんの相性はマリアージュと言っていいほど。
彼が地上で巻き起こした奇跡は戦争を終わらせ、他種族の手を取り合わせ、憎きクソ父ゼウスを自爆へ導き永久幽閉させるまでに至った。
すべてが理想通りに進んだ!
それもこれもこの知恵の神ヘルメスが立てた策略通り!
わかるかな!
これが伏線というものなのだよ! ハハハハハハハ!!
『いや、伏線じゃないでしょ?』
何貴様は!?
アルテミス!?
天界きってのツンデレ女神が何の用だ!?
『伏線っていうのはあらかじめしっかり明示してあって、後々になって整合性を保証するものでしょう? あの異世界人が召喚された当時、アナタが暗躍した形式なんて少しも見られなかったじゃない』
ぐぬぬぬぬぬぬぬッ!?
それは、私の黒幕ぶりが完璧だったわけで……。
『過去に痕跡もない唐突な辻褄合わせは伏線とは言わないわ。後付けというのよ。そして聞いて驚きなさい、世の中で伏線と言われているものの九割以上は後付けなのよ!!』
なんだってーッ!?
そんなの暴論だろう!?
『いいえ、大抵長くやってると色々情報が降り積もっていくから、その中から適当なものを選んでこじつければ伏線のように見えてしまうのよ。世の伏線と言われるもののほとんどはそう!!』
ウソだ!
皆で私を騙しているな!
伏線はあるんだ! 伏線いたもん!
『まあ、そんなことはいいんですが。アナタが仕立てた計画によって地上は大分面白いことになっているようね。我らが天界もだけど』
あ、結局のところ私の暗躍のところは認めてくれるんだ。
『あの聖者だっけ? 下賤な人の子が思いきり暴れてくれたおかげでゼウスお父様が幽閉されるなんて、とんだバタフライエフェクトだけれども。私だってお父様は大嫌いだから結果オーライよ』
やっぱりゼウス全員から嫌われてるなあ。
人一倍、色んな方面で子作りしながら、人並み以上に数いる息子息女から一人も例外なく嫌われてる父親ってどうなの。
『おまけに女神の中で一番ハバ利かせているアテナまで封印してくれたんだから言うことないわ。これで天界も始まって以来の平穏が訪れそうね』
このアルテミス女神。
天界神の中ではなかなか考えが読めなくてどういうスタンスかわからないんだよな。
人類に対しても見下しているようでもあり慈しんでいるようでもあり……。
前に天界が二つに割れて争おうとしていた時も結局どっち側につくか微妙なまま騒動が終結したし、読めない女神だ。
『でもまあ、天界が治まるのにまだまだ乗り越えなければいけない波乱がありそうよ。そういうことでアナタを呼びに来たのよ黒幕さん。アナタが立てた計画なら最後まで責任取っていただきたいわね』
波乱だって?
一体何のことやら?
地上はとっくの昔に平定したし、さらにそこへ聖者が国を興すことで平穏は盤石となりつつある。
そんなところに波乱なんて起きようもないが?
『地上の話じゃないわよ、ここ天界よ。いえ、天界どころか冥界、大海を巻き込んで神界すべてを揺るがす大混乱が起きようとしているの。しかもその災いの中心には、アナタご自慢のニンゲンがいるようだけど』
災いの中心に……聖者が?
一体どういうことだ?
疑問に翻弄されながらも、現状を確認しないことには何とも言えないと思ってアルテミスに誘導されるがまま現場へ駆けつける。
するとそこには、なんとも錚々たる顔ぶれが揃っていた。
ハデス伯父さん!?
ポセイドス伯父さん!?
さらにスベり芸人神アポロン!?
バシンッ!
あいたッ!?
アルテミスに叩かれた!?
『誰がスベり芸人よ!? アポロンを侮辱していいのは天地宇宙において私だけなのよ! 覚えておきなさい!!』
出たよ、このブラコン&ツンデレ女神が。
そんなこと言ってるくせに兄神の前では『死ね』とか語尾レベルで言い放ってくるくせに。
そのアポロンも現在は封印中のゼウス父に代わって天界の代表を務めているからなあ。
つまりこの現場……!
天界、冥界、大海の、オリュンポス神界主要三世界の首脳が揃い踏み!?
こんなサミットみたいな状況、一体どんな因果で出来上がるんだ!?
『さっきアナタが言った通りのことよ。聖者とやらが国を興すんでしょう?』
ハイ、いかにも。
お陰で地上の平和は益々盤石だと……。
『それが新しい争いの火種になっているのよ。国には守護神が必要でしょう?』
あッ。
『聖者の国を守護する権利を巡って、三界の神々がガチでぶつかっているのよ。本物の殴り合い寸前のところまでね。これもアナタが仕組んだ計画の一環かしら? だとしたらあなたもとんだトリックスターね』
聖者の国を守護するために神々が対立することになろうとは!?
たしかに聖者に奉られたら日々供物として農場の美味しい料理が食い放題!
そりゃ誰だって守護したくなる!
他の希望者を押し退けてでも!
その挙句に全神界を巻き込んだ大戦争が勃発したら冗談じゃすまされないぞ!
ラグナロクも真っ青のカタストロフィが完成する!
ロキにトリックスター自慢してやれるぜ!
ってそんなこと言ってる場合じゃない!
せっかく地上が平和になったのだから、神界で大戦争なんか起こさせて堪るか!
全力で止めに行かなくては!!
今回で、今年最後の更新になります。
本年も異世界農場をお楽しみいただきありがとうございました。
翌年も変わらぬお付き合いをよろしくお願いします。
少々お休みをいただきまして、翌年1/4(木)更新の予定です。






