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1110 葛藤

 魔王さんから衝撃的な提案を受けた、その日の夜。


 俺は農場へと帰り、普通に夕食を食べて、子どもたちをお風呂に入れて、歯を磨いて、あとは寝るだけとなった。


 しかし俺はそのまま布団へは入らず、外へと出た。

 ほんの庭先であったが、見上げると満点の星空が瞬いていた。


 無数の輝く星々だ。

 前の世界ではこんな光景、外国にでも行かなければ見ることもできなかった。


 本当に異世界なんだなと改めて思った。


「……ぱぱー」

「ダメよ、今お父さんは大事な考え事をしてるんだから」


 まだ眠たくないジュニアがこっちへ駆け寄ろうとするのをプラティが止めたようだ。


 子どもらは天使だが今は有難い。

 プラティも、俺の心境を慮ってくれたか。彼女にはいつも助けてもらっている。この世界にやってきてからずっとそうだった。


 本来ならこのことを彼女にも相談すべきだろうが、その前に自分の心を整理しておきたかった。

 自分の心がどこに向かおうとしているのか。

 それを確かめておかなければきちんと結論を出せないと思ったから。


「俺が……王様か……」


 魔王さんの提案を受け入れるってことは即ちそういうことだろう。


 現在の開拓地での作業が順調に進んで、自治区になった時、そこを治めるトップは必要になる。

 魔王さんの言う通り俺が一番適任なのだろう。


 しかしながら俺は、その提案を受け入れるには何とも言えない抵抗感があった。


 単純に自信がないというのもある。


 大役を引き受けて、もしも『やっぱりダメでした』『俺の能力では足りませんでした』ということになったら色んな人に迷惑がかかるし。人生を懸けてあの開拓地に乗り込んできた人たちの期待を裏切ることになる。

 それが純粋に恐ろしい。


 そして面倒くさいのも嫌だ。


 ベルフェガミリアさんほどじゃないが俺だって面倒くさいのは嫌いだ。

 為政者なんて面倒くさいの極限であって、あんなの絶対に好んでなるものじゃない。


 それでも為政者になろうという人は、空前絶後の面倒くささを抱え込んででも成し遂げたい目的があって、それを何が何でも推し進めようという情熱を持った人なのであろう。


 俺には、そんな目標も情熱も持ち合わせていない。


 そもそも俺はこの世界にやってきた時、本当なら勇者として戦いに投じるはずだった。

 それが目的で異世界召喚されたのだから。

 人族が、魔族との戦いのために用意した特別戦力。それが別世界より召喚し、神々から特別なスキルを与えられた勇者だった。


 俺もその一人だった。

 それを適当に言い包めて戦線から身を引き、誰も来ない僻地へ隠遁した。


 まったく関係のない戦いに巻き込まれるなんてまっぴらだと思ったからだ。

 なんで赤の他人のために命を懸けて戦わなきゃいけないんだ。


 俺はそんなの心底バカらしいと思ったし、よく知らない遠いどこかの国の存亡より我が身が可愛い。


 だからさっさとドロップアウトして僻地に引きこもり、農場を築き上げたのではないか。


 そんな俺が王様など務まるのか?

 色んな種族が集まって混然一体となって暮らしていくような、人一倍難しそうな共同体の指導者になれるのか?


 まあ結論から言って無理。

 無理とは思っても、それをそのまま口に出せないのは、俺の心中にこれまでとは違うものも芽生えだしているから。


 俺に中にある骨子は今でも変わらない。

 見ず知らずの他人のために命を張るなんて真っ平御免だ。


 かつてはまったく知らない人間国のために死ぬのなんか御免だとさっさと逃げ出した。


 しかし今なお人間国やまったく知らない国なのか?

 人間国だけじゃない。魔国も人魚国も、そこに暮らす人々も、エルフやドワーフや獣人たち小種族の人々も関係ない赤の他人なのか?


 違う。


 俺がここで過ごした長い時間で、彼らはすっかり俺の知る人たちとなってしまった。

 友人であり、仲間であり家族だ。


 まったく知らない人のために命は懸けられないが、知る人たちのためならばどんな苦労も惜しまない。


 それもまた俺というニンゲンなんだ。


 ……。


 俺は大きく息を吸って、吐いて。

 もう一度星空を見上げてから家の中へ戻った。


 プラティはもう子どもらを寝かしつけただろうか?


 子どもらが眠ったあとも俺たちは夫婦で長く語り合わねばならない。

 俺の未来は家族らと一つなのだから。


   *   *   *


 そして数日が経った。


 久々に開拓地を訪れた俺に、現地住みの開拓者たちは驚きをもって見返してきたであろう。

 ここ最近、ずっと来れていなかったからな。


 魔王さんや、アロワナさんやリテセウスくんたちとの打ち合わせが詰まって身動き取れえなかったゆえ。


「久しぶり皆さん、長らくご無沙汰してしまって申し訳ない。作業も長らく休んでしまって」

「いえ、それは別に。それよりももう聖者様は来て下さらないものかと不安で」


 長期欠勤直前の、魔王さんとの会話を聞いていた者もいるのだろう。

 いたずらに不安にさせてしまったようだ。

 すまぬ。


「実はあれから、各国首脳と話し合うことがたくさんあってね。それで足が遠のいてしまったんだ。まことにすんまそん」


 でもおかげで重要なことが決まったんだ。


 魔王、人魚王、人間大統領。

 この世界を治める主要な三指導者からしっかりお墨付きをもらってきた。


 基本俺の決断に大歓迎してたぞ、あの人たち。


「この開拓地の行く末だが……整備が進んでいよいよ人が住める状態になった時。かねてからの協議の通り、この地はどの国にも属さない独立自治区になると決まった。開拓作業を頑張ってくれたキミたちにも希望すれば優先的に自治区市民権が与えられることになる」


 おおーッ! と歓声が上がった。

 頑張りが報われると保証されたのだ。そりゃ嬉しいことだろう。


「そして……、その自治区の代表には俺が就くことになった。この聖者である俺が、この地に住む皆の安全と財産を保証する」


 おおおおおおおおおおおおおおおッッ!! とまた凄まじい歓声が上がった。

 そんなにリアクション違うの?

 別物じゃない?


「魔王さんから打診を受けた時は正直戸惑ったが、ここも言ってみれば俺のお膝元。そして俺自身もこの世界の一員でもある。世界がよりよい方向へ進むように俺もまた尽力していきたい」


 あの晩たくさん考えて得た結論の通り。


 ここはもう知らない世界ではない。

 俺の知っている人がたくさん住んでいる、俺の知る世界だ。


 この世界のためなら俺も命を懸けることだって吝かじゃない。


 俺の友人。

 俺の仲間。

 俺の家族。


 彼らがよりよい暮らしをするために、俺は責任だってガンガンとっていくし、面倒くさいことにも怯まない。


「正式に俺がこの地の指導者になったことで、これまで遠慮してもらっていた農場の住人たちも開拓作業に参加してもらう」


 オークボ、ゴブ吉を始めとしたモンスターチーム。

 超越者……ドラゴンのヴィールやノーライフキングの先生。


 魔法薬を駆使する人魚チームや、酒神バッカスとその眷属たち。


 それに……ちょっと何をしでかすかわからないレタスレート&ホルコスフォンの豆コンビ。


 皆が加わることで開拓作業も捗ることだろう。


 何、農場がまた一段と大きくなったと思えばそれほど大変なことでもない。


「きっと思ったよりずっと早く……、そう数年後にはこの土地に、豊かな街が出来上がっていることだろう。その街は都市となり、国として周囲から認められるはずだ」


 その国の名は……。


 農場国!


 俺たちの農場は国として新生する。

 どこまで行こうと農場の進化は止まらないぜ!!

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[一言] 完結近いんやろうか
[一言] 俺たちの戦いはこれからだ! 岡沢六十四先生の次回作にご期待ください!
[一言] いい最終回だった……
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