1109 提案
「まあ最初からね。魔王様から許可を頂いていたことを明かしてもよかったのですが……」
すべてが丸く収まってからシャクスさんが言う。
「しかしそれでは納得しない方も出てくるでしょうし、『証拠を見せろ』などと言われたら面倒です。しかもそれを会う人そのたびに繰り返していくには実に非効率で不経済……」
そういうことからシャクスさんは今回の計画を立てたのか。
逃亡するにしても、この俺がいる開拓地へと逃げ込み、自分自身&俺というダブル撒き餌で反感を持つ商人さんたちを誘い込んだ。
変だとは思ってたんだよな。
この一件に大きな関わりのある俺のところを逃亡先に選ぶなんて。本気で雲隠れしようとするなら、もっとまったく関係ないとこへ逃げるのが見つかりたくない場合の心理では。
しかし隠れようとする目的の裏に、隠れた真の目的があるなら納得だ。
そうして一堂に会したところで奥の手……魔王さんをアドバンスト召喚。鶴一声アタックで一掃!
……という見事なコンボが決まった。
返す返すシャクスさんの商人としての思慮深さに舌を巻く。
「聖者殿……このたびまたしても身辺を騒がしまことに申し訳ない」
そんなシャクスさんも今は魔王さんと一緒に頭を下げて土下座体勢。
しかも魔王さんに後頭部を掴まれ無理矢理頭を下げさせられてるもんだから、顔面が地面にめり込んでしまっていた。
これもまた彼の立てた計画の末なんだから致し方ないよね。
「先日の騒乱に続いてまたしても……! 聖者殿が何より平穏をお望みと知りながら、その平穏を立て続けに搔き乱すこと……狼藉者を先んじて制することのできぬ不甲斐なさにこの魔王、慙愧の念に堪えぬ……!!」
いえいえ、魔王さんがそんなに責任を感じずとも。
シャクスさん他の押しかけ商人さんたちも魔王様の後ろでやっぱり平身低頭。
すべての人々が俺に向かって頭を下げていると思うと俺が水戸黄門様にでもなった気分だった。
まあすべては俺の軽率さから始まったことですからね。
魔王さんやアロワナさんたちが必死に隠してくれていた俺の存在が表ざたになって。
それで皆こんなに集まってくるんですから。
自分の一挙手が世間にどれだけの影響を与えるか、しっかりと推測しきれなかった俺の落ち度です。
……もっとも、ここまで甚大な影響を与えるなんてさすがに予想しきれなかったがな。
今回の商人騒動だけにとどまらず、先日のサテュロスvsミノタウロスの乳中抗争。
押しかけてくるドワーフやエルフ。
色んなことが起きた。
俺を原因に巻き起こる騒動は一つならず、どんどん巻き起こって収束する気配がない。
開拓作業もことが起こるたびにストップし、全然予定通りに進まない。
これでは開拓地が人の住めるように整えられるまでに一体何十年かかることやら。
ベビーラッシュで生まれた子どもたちが成長するのに間に合わないじゃないか!
「遺憾ながら『さもありなん』と言うより他ない。聖者様のことは噂となり、また伝説となって世界中に広まり切っているのだ」
「夢を追う者にとっても、希望に縋る者にとっても、また欲深い者にとっても聖者様は眩しく光り輝いているのです。きっとこれからも続々と聖者様を求めて人が集まってくることでしょう。そしてそれを止める術はありません」
シャクスさんまで真剣な面持ちで言うとは。
そうだよなあ、いかに魔王さんやアロワナさん、リテセウスくんが法的に禁じたとしても、人の心は法律で縛り切れるものじゃない。
法的に罰を受けるとしても、罰されるデメリット以上のメリットを見出したら俺の下へやってくるだろう。
そもそも法的に禁じる根拠も希薄だしな。
本当に心から納得できるルールじゃなければ人々も守ろうという気にはなれない。
こうなった以上残る手段は唯一つ。
俺が開拓地から去り、再び農場に引きこもってしまうことだ。
いくら何でもお目当ての聖者がいなくなったのに開拓地を訪れようとはしまい。
せっかく盛り上がった開拓作業を途中で投げ出してしまうのは遺憾だが、俺がいることで開拓地に迷惑がかかってしまうならどうしようもない。
そう思ったが魔王さんは何とも言えないお酢を飲んだような表情で……。
「残念だが聖者殿、それではもう問題の根本的な解決にはなるまい」
……と言うではないか。
ええッ、どうして?
「農場の所在地が知れ渡ってしまっていますからな。この開拓地の奥の奥にあると。進むべき目標がわかっていれば、人はそこへ向かって歩いていくものです。どこへ行くべきかわからないよりもよっぽど簡単だ」
シャクスさんまで便乗するように言って!
「さすれば農場を目指すための足掛かりとしてまず、この開拓地へやってくるのは必定でしょうな。開拓者たちとのトラブルになるのはもちろんのこと、農場を目指して安易に奥へと踏み入り、遭難した挙句に救助作業で開拓者たちの手を煩わせる……ということになりかねません」
なんということだ。
俺の存在はどう転んでも開拓地の迷惑になってしまうということなのか!?
では本当に一体どうすべきなのか……!?
「……聖者殿」
俺が無い知恵絞って考え込んでいるところ、魔王さんが神妙な面持ちで語りかけてきた。
「実はアロワナ殿やリテセウス殿と、長く話し合っていたことがあるのだ」
はい?
それはもしや、この聖者問題の解決策についてですか?
それは頼もしい!
さすが各国の指導者たちだぜ、先んじての対処ができている!
「この開拓地は、魔族と人族が協同で切り拓いている。いずれ土地が整い、人が住めるようになった時、この地は魔国と人間国、どちらに帰属するべきか」
え?
「それは非常に繊細な問題なのだ。双方が領有権を主張し、見解が一致しないまま行き着くところまで行き着けば、残る道は戦争以外にない」
たしかに戦争は大抵、土地の奪い合いが原因でおこるものだ。
そんなセオリーがある上で、新しい人の領域を二国が合同で切り拓くというのは、考えてみれば相当な綱渡りなんじゃないの?
この開拓地で築かれるであろう新しい街(もしくは村?)は魔国のものなのか、それとも人間国のものなのか。
下手したら新時代の火種になりかねない。
「当初出ていた案でもっとも現実的だったのは、この場所を自治区とすることだった」
じちく?
「魔都にも人間国にも属さない自由都市としていこうと。人族魔族だけではない、人魚族や他の小種族も受け入れ、人種による区別のない独立国家……そう新国家を樹立しようと。……そういう話になっていた」
随分話が大きくなってきたぞ?
新国家樹立なんて、そう簡単に作っていいものなの?
「ただの新国家ではなく人魔人魚の旧三国との懸け橋となるような……いわゆるハブ国家を作り出したいと思っていた。それをもって各国の親交をより活発にしたいと。無論、それを実現するにはスッキリさせておかない細かい問題が無数にあるのだが……」
たとえば国家にはトップが必要だ。
村だろうと街だろうと人々をまとめる村長町長は必要不可欠。より大きな国家も例外じゃない。
じゃあトップを決めようとなった時に、魔王さんの語るような自由国家でどの種族を首長に据えるかは、そりゃもう悩ましい問題になるだろう。
魔族がなるにしても人族がなるにしても、はたまた人魚族がなるにしても、母体となる大国家の影響は避けられない。
それでは真の意味での自由中立は成り立たない。
「我々は様々な案を出したがシックリくるものは残念ながら出なかった。……しかし今、これ以上ない妙案が我に浮かんだのだ」
魔王さん、俺の両肩を掴んで言った。
「聖者殿……アナタにその自治区の長を務めてはいただけまいか!?」
ええええええええええええええッッ!?
俺に!?
「既にこの地は、聖者殿のお膝元と世界全土に認知されている。聖者殿に人を治める才があることは農場運営を見れば自明であるし、人魔人魚、どの陣営にも属さぬ聖者殿が頂点に立って収めれば公正さも保たれよう」
そそそそそそ、そうは言いますが、自治区の首長なんて……言い換えれば王様じゃないですか!?
大それている!
責任重大!
そんなの、ちゃらんぽらんな俺に務まるはずが……!?
「聖者殿は、常にこの世界のことを考えて行動してくれた。そのことを我は、長い付き合いで充分に知っている。己のことのごとく世のことを考えるものこそ為政者には相応しい」
買い被りでは!?
「それに、聖者殿自身の問題にとってもよいことではないか? 世界中から聖者殿目当てで集まってくる者を制御できないのは、法を整備できていないからだ」
「左様です。聖者様みずからこの土地の指導者となって、しきたりを整えていけば自然、抜け駆けしようとする者も消え去っていくことでしょう」
シャクスさんまで便乗して俺のことを推してくる!?
しかし俺を王様なんて……。
実際問題としてあり得るのか!?






