1108 独占の理由
天挑五輪大商会。
それは商人たちに伝わる決闘方式であり、どうしても意見がまとまらない場合の最終手段として採用される。
商人それぞれの商才と知力を競い合わせ、勝った者の意見が採用される。
敗者はそれに従うしかない。
勝者にはすべてが与えられ、敗者はすべてを奪われる。
絶対にして究極の決定方法。
それが天挑五輪大商会であった。
……民明書房刊『異世界一〇八の奇祭』より。
そんなよくわからん大決闘祭をここでやるな!
やるなら余所でやってくんない!?
しかしシャクスさんと、シャクスさんに挑む各商会長はもはや後戻りできないぐらいのテンションで大盛り上がりになっている。
また新たな挑戦者がシャクスさんに立ち向かった。
「行け、我が愛馬シャロステ号よ!! 超特急ひき逃げアタック!」
ええええええええッッ!?
待て待て待て待て!
あの商人さん、馬に乗って突進してきたぞ!?
ありなのそんなん!?
「我が商会は、荷馬車による流通ネットワークで多くの荷物を短期間に運び込み、多大な利益を上げている! そんな私たちにとって馬は相棒にしてもっとも重要な商業ツール! だからこそ商人決闘に馬を持ち込んでも何ら不思議ではない!!」
そうかなあ!?
毎日大荷物を馬車に積んで運んでいるのだろう、その馬は逞しく、ちょっとした障害物なら『飛び越えずに突き破った方が早いよ』といわんばかりだ。
そんな馬が全力疾走でぶつかってきたら、人なんてボーリングのピンみたいに軽くフッ飛ばされるぞ!
そして吹っ飛ぶのは他でもないシャクスさんだ!
「くらえシャクス! 荷馬車商会奥義・騎商《ベルレ》の手綱《フォーン》!!」
ああッ!?
ここまでの展開だけでも正気を疑っていたのに、さらに騎乗商人は奔馬のスピードを上げて、もはや輪郭も溶けだして白い一本の線みたいになってしまった。
それこそ超スピードで疾駆する証だ!?
「さすがは荷駄によって利益を上げる商会の長。馬の扱いについては天下一品よ!」
「あれほどのスピードを馬から引き出すのも、彼がこれまで培ってきた商才のなせる業よのう」
本当ですか!?
他の商人さんたちが解説役をしているが、それより本当にヤバい!
あんなのが直撃したら人間ぐらい確実に死ぬ!
シャクスさん逃げて! 逃げてぇえええええッ!
「パンデモニウム商会、四十八の交渉術の一つ……!」
しかしシャクスさん避けることなどせずむしろ受け止めんばかりに両手を前に出して……。
「『少々お待ちください』!!」
「ッ!?」
シャクスさんのその言葉に、超高速で走る荷駄も、その場で急停止してしまった!?
「おお! あれこそ魔都最大の商会長による『少々お待ちください』ッ!?」
「シャクス殿ほどの大商人からそう頼まれては思わず待ってしまう! 言われるがまま!」
「理屈も何もなしに、威厳と丁寧さだけで相手をコントロールしてしまう!」
「悔しいが、シャクスさんが魔国一の大商人といわれるのも納得……!?」
と周りの商人さんたちが勝手に説明してくれた。
そして停止して色々ガラ空きの商人&荷駄へ……。
「ギャラクショウニン・エクスプロージョン!!」
「ぐはぁあああああーーッ!?」
シャクスさんの超必殺技がクリーンヒットして吹っ飛ばされたのは相手側の商人であった。
強いシャクスさん。
これだけたくさんの商人たちからのべつ幕なしに挑まれながらも連戦連勝。
息切れもしていない。
これから何十回と連戦しても負けそうな気配がない。
「パンデモニウム商会長……ここまでの実力とは……!」
「魔国最大の商会、魔王家のお抱えであるネームバリューは伊達ではないということか……!?」
「認めたくはないが、このまま我々が束になってかかっても、勝てるかどうかは怪しいな……!」
「そうなれば結局、聖者様の利益はヤツが独り占め?」
早くも惨敗ムード漂う他商会チーム。
どうやらシャクスさんの商人としての能力を甘く見すぎていたようだ。
袋叩きにすればそりゃ楽に勝てるだろうと思ったのに、そんなことない。今いる人数の三倍いようともシャクスさんは身じろぎもしなさそうだった。
思惑が外れて、多くの商人たちは歯ぎしりする。
そして、追いつめられたからこそ思いもよらない暴挙に走る者が出てくる。
「こうなったら……!!」
商人の一人が、なんと俺へ向けて駆け寄ってきた!?
「聖者様! どうか、どうか我が商会とも取引をしていただけないでしょうかッ!?」
俺への直接交渉きたーッ!?
もう形振りかまっていられない。
俺に『ウン』とさえ言わせれば勝ちだと思って体当たりの交渉に臨む!?
「いえ、聖者様の方になんら御手間は取らせません!『ファーム』のブランドマークを、ウチの商品にもつけるのを許可頂ければいいだけで……!!」
え?
いやでも『ファーム』のブランドは『農場で作りましたよ』ってことを保証するためのものであって……。
農場の外で作ったものに『ファーム』のブランド名を負わせるのはルールに反すると言いますか……!?
「そこのところをちょっとお目溢しくださるだけでいいのです。ファーム製品の出来のよさは、既に全世界に知れ渡っていますので。その名を入れるだけで付加価値は爆上がりと……!」
偽ブランドじゃねーか!
とんでもない! そんな顧客を裏切るような行為に俺は加担できません!!
「まあまあ。どうかこちらをお納めください。少ない額ですが……!」
さらに賄賂だぁああああああああああああッッ!?
テメエも悪だな越後屋!!
そんなセリフを俺自身の口から言うことになる日が来るとは、人生何があるかわかったもんじゃねえッ!
「あッ、ズルいぞ貴様! 聖者様と直接交渉できるんならワシだってしたい!」
「聖者様! どうか我が商会とも契約を!!」
「今契約してくれたら洗剤プレゼントしますよ! それともプロレスのチケットがいいですか!?」
うわぁあああああああッッ!?
タガの外れた商人たちが俺へ向かって押し寄せてくる!?
待って、待ってくれ!
これでも俺は純然たる日本出身、面と向かってノーと言いにくいんだ!
だからそんなに大挙して迫ってこないで!
勢いで頷いてしまううううううううッッ!?
「いい加減にせんかバカ者どもがッッ!!」
ビクッ!?
うおおッ!?
凄まじい怒鳴り声に俺もビックリしたが、それ以上に俺へと迫る商人たちがあまりの衝撃にその場で飛び上がった。
余程驚いたのだろう。
その地響きするような叱責を放ったのは……。
「魔王さん!?」
「シャクスより報告を受けて駆けつけてみれば……。なんという惨状だ、聖者殿を煩わせるとは!」
そこに現れたのは魔王ゼダンさんだった。
魔国の王にして、魔族のあらゆる組織の調停役となりうる御方。
「まままままま、魔王様ッ!?」
「どうしてこのようなところに!? いや、その前に……ははぁーッ!!」
商人たちも、とりもなおさず平伏するより他なかった。
八代将軍がいきなりご訪問してきた悪代官みたいなものだ。
「聖者殿の所在がわかり、商人どもが騒ぎ出していると小耳には挟んでいたが、まさかここまで露骨に動いていたとはな。品性も何もあったものではない!」
「お、恐れながら魔王様に申し上げます。もっとも品性がないのはパンデモニウム商会長シャクスにございます……!」
完全に叱りつけられモードの商人たち。それでも黙ったままでは不利になる一方と平伏しながらゴニョゴニョ反論する。
「ヤツめは、聖者様という巨大な取引相手を隠し、自分だけで独占していたのです。これは我らの業界において大きな罪。いかに魔王様といえど我ら商人同士のイザコザには介入できぬものかと……!」
「聖者殿の存在を秘すようシャクスに命じたのは、我だ」
魔王さんのカミングアウトに、商人たちは皆目を見開く。
「聖者殿の存在が明るみに出ればこうなることはわっていた。欲に目のくらんだ連中が大挙して押し寄せ、聖者殿の御辺を騒がせるだろうと。魔族を代表する者として、そのような迷惑が起こるとわかっていて看過はできん」
よって……。
「シャクスのみに秘密を明かし、節度ある取引を聖者殿と行うように言い渡しておいたのだ。この魔王の勅命によってな。すべては聖者殿が穏やかに過ごしていただけるようにと配慮したことであったが、その配慮が正しかったことが証明された!」
これだけ大騒ぎされちゃなあ。
商人さんたちもぐうの音も出まいよ。
「シャクスは、この魔王家の御用商人であり、その人柄もよく理解できていたからこそ大役を任せるに申し分ないと判断した。この魔王がだ。文句はあるか!?」
「いッ、いえいえいえいえ滅相もない……!?」
「我欲に己を失い、聖者様の平穏な生活を乱したこと、お咎めなしで済まされると思うな。……特にそこの貴様! 袖の下など、よくも恥かしげもなくしてくれたな! 聖者殿に魔族全体を失望させるつもりか!?」
「えッ!? いやけっしてそのような……!?」
「魔王がこの目で見届けたことを、よもや『証拠がない』などと言い逃れするつもりではあるまいな!?」
怖い、さすがに魔王さん怖い。
友だち付き合いで穏やかな面しか見ることのない魔王さんだが、やはり為政者として怒るべき時はしっかり激怒するのであった。
しかし、こんな都合のいいタイミングで魔王さんが現れるなんて……?
一体どうして?
いやまさか……シャクスさんが最初からこれを狙って開拓地に逃げ込んできたってことか?
自分自身に加えて聖者である俺まで揃っていれば、欲深な商人はこぞって集まってくるだろう。
それを一網打尽に魔王さんに叱り飛ばしてもらおうと?
そこまで計算づくであったとしたなら……。
やはりシャクスさんは恐ろしい大商人であった……!!






