1107 商人の掟
撃退した殺し屋はとりあえずふん縛っておいて身動きを封じる。
どこに訴え出ればいいのかわからんが、とりあえず対処が決まるまでその辺にブチ転がしておこう。
しかしこの事態は一体どういうことなんですかシャクスさん?
俺が想像してたより三倍はポリティカルアクションなんですが?
「吾輩が聖者様と独占契約していたことが今や、魔都中すべての商人に知れ渡りました。そのことで怒りを抑えきれない者が幾人かはいるのでしょう」
そんなことで殺し屋を送り込んだりするんですか!?
さすがに行きすぎじゃないですか!?
「いいえそんなことはありません。純粋に損得だけを考えれば、この怒りはまったく正当なものですよ」
マジで!?
「聖者様との取引は巨万の富を生みますからね。それこそ、聖者様との繋がりを持っておくだけで、その商人は生涯安泰です。それどころか魔国全体の商業を牛耳ることすらできるでしょう」
そんなに!?
いやいや、ちょっとオーバーに捉えすぎていませんか!?
たかが一人と契約しただけでそんな世界の黒幕ロスなんとか家みたいな……!?
「聖者様は、ご自分が世界に与える影響をやはり把握しきれていない様子。だからこそ世は安泰でいられるのでしょうが、周囲がアナタを放っておく道理はありません」
シャクスさんは言う。
人並みに欲望がある者なら、誰だって俺……聖者に近づきたいと思うだろう。
だってそれが確実に、もっとも大きく儲けられる方法なのだから。
だからこそここ最近まで聖者のことを隠して取引を独占してきたシャクスさんのことを許せないのだろう。
それは卑怯とかルール違反とかそういう話じゃない。
ただ単に妬ましいんだ。
「ゆえに吾輩へ攻撃が向かうのでしょうな。いわゆる八つ当たり。それに吾輩がいなくなれば聖者様と取引する者がいなくなり、あわよくば自分が取って代われる……などと思っている者もいるかもしれませんな」
なんてことだ。
俺の存在がこんな、血で血を洗う仁義なき抗争を引き起こしてしまうなんて。
何とか鎮静化を……。
俺にも責任の一端はあるんだから、なんとしてでもシャクスさんの生命と財産を守り抜く方法で……!
「聖者様のお気遣いには感謝いたします……。しかしながら商人同士のゴタゴタは、商人の間だけで治めるのが筋かと」
恭しくお辞儀するシャクスさん。
「それに何より、入札希望者は揃ったようですしな。商談が始められそうです」
ん? どういうこと?
シャクスさんの言っていることがわからずに首を傾げるが、すぐに慣れない気配が周囲に広がっているのに気づいた。
なんか人がいる。
しかも一人ならず複数。顔かたちに見覚えがなく全員初対面の非知人だった。
「パンデモニウム商会長シャクス。随分と逃げ回ってくれたがついに追い詰めたぞ」
「刺客が送られてくるぐらいですから、吾輩の居場所を特定したのは間違いないと思っていました。いやはや錚々たる面々ですな」
そういってシャクスさんは、現れた誰かしらたちの一人ずつに視線を送る。
「アケローン商会長のビブロ殿。リンボ商会長ジバケロディア殿……。さらにはトロメーア商会のサンゲブブ殿にコキュートス商会のミディクロム殿。他にも様々、魔国中の商会長が勢揃いといったところですな。通商会議でもこれだけの顔合わせはないでしょう」
「それだけ重要だということだ。貴殿を糾弾し、同時に聖者様へお目通りできるこの場がな」
押しかけてきた人たちの誰かが言った。
シャクスさんの指摘通りであれば、魔族の中の名のある大商人なんだろう。
「パンデモニウム商会長シャクス! 貴様の罪は重いぞ! 聖者様との取引という巨大なる儲け話を隠匿し、自分だけで独占しようとした!」
「それが何か?」
あまりにも堂々と悪びれなく言うシャクスさんに、多数で袋叩きにしてやろうと舌鋒を突き出しかけていた皆さんも鼻白む。
今日のシャクスさんはあまりにも頼りがいがありすぎるのではなかろうか。
「皆さんが吾輩と同じ立場だったとして、やはり同じようにしたでしょう? 何故こんな美味しい話を、頼まれてもいないのに他人に分け与えてやらなければなりません?」
「汚いぞ! 自分さえよければそれでいいというのか!?」
「いかにも。アナタ方だって同じでしょう?」
シャクスさんから指摘されて一瞬、誰も反応できなかった。
図星を突かれたってことなんだろう。
「恥じることはありません、それが商人というものです。徹底しておのが利益を追求し、他を顧みることがない。それぐらいの業の深さがなければ厳しい市場競争を勝ち抜くことはできないのですからね」
「だから自分には罪がないと? 巨万の富を生み出す極上の取引を隠匿したのは、商人の正義であると言いたいのか?」
「ご明察、痛み入ります」
シャクスさん、またしても恭しく一礼。
慇懃な動きだ。
「しかし、貴殿のそんな蠢動も白日の下にさらされた。我々はもう既に、聖者様という最良の取引相手の存在を知っている」
「そうだ! だからこそ聖者様と取引する権利は我々にもあるはずだ! もうお前の好き勝手にはさせないぞシャクス!!」
ん?
俺自身の意思は?
と思ったが現状、肝心の聖者様である俺は完全に置き去りのまま突き進んでいる。
「アナタ方も聖者様との取引を望むと?」
「当然だ! 聖者様から卸していただけるというファームのドレス! 衣類系に広い販路を持つ我が商会こそもっとも売り出すことができる!」
「農場は製作する独特の器は、様々な好事家と伝手がある我が商会でなら最高値で売れるだろう! パンデモニウム商会が売りさばくより二倍の値段を付けてみせるぞ!!」
商人の皆さんが轟々に言い募る。
シャクスさんはそれを悠然と受け止めて……。
「フフォフォフォフォフォ……皆さんの滾るような野心が伝わってきます。しかしアナタ方の要求はどれ一つとして受け入れられません。何故なら聖者様との独占交渉権を持つのは、パンデモニウム商会長たるこのシャクスのみであるからです!」
「あくまで不当なる権利に固執するのだな。……いいだろう」
他の商会長の皆様が発する気配が、ふと変わった。
「商売は早い者勝ち。生き馬の目を抜くほどの抜け目なさがなければ厳しい競争に勝ち抜くことなどできない」
「ゆえに意見がぶつかり、話し合いで解決できない時は商人としての技術と才能で競い合い、勝った方にすべてを譲るのが正しい方法」
「その流儀に従って魔族商人に古くより伝わってきた儀式をもって決着をつけようではないか」
「その儀式の名は……」
「「「「「天挑五輪大商会!!」」」」」
……なんか唐突に少年漫画のノリになってきた。
シャクスさんはニヤリと笑って。
「やはりその古臭いしきたりを引っ張り出してきましたね。商人同士がその知力、交渉力、機転を競い合って『どちらがより優れた商人か?』を決める。そしてより優れた方がより大きな取引を行う権利を得る」
「いかに詭弁の得意な貴様であろうと、天挑五輪大商会で得た結論まで覆すことはできまい! これで聖者様との取引は我々のものだ!!」
ほとんど力づくじゃん。
こんな滅茶苦茶な話、拒否するに越したことはないんだろうが、話の展開的に無理なんだろうな。
少年誌のセオリーだ。
「……これは愉快。ただ天挑五輪大商会に引き込めばそれだけで聖者様との取引権を得られると? 吾輩から奪い取れると? そう思っているのですか。舐められたものだ、この魔都最大のパンデモニウム商会を率いるシャクスのことを」
ほらシャクスさんも少年誌の強者ムーブをかましている。
「いいでしょう、商人同士がその知と力をぶつけ合う天挑五輪大商会。このシャクス受けて立ちましょう。さあ、我こそはという方からかかってらっしゃい。吾輩を倒した者が聖者様との取引すべてを引き継ぐ権利を得られますよ」
「だったらワシから行かせてもらおう! リンボ商会長ジバケロディア参る!」
「あッ、ズルい!」
「こういうのは順番決めが大事だろう!?」
各商会長の一人が唐突に飛び出し、シャクスさんめがけて襲い掛かる。
本当に一体何のノリなんだ?
「はーっはっはっは! これこそ商人に必要不可欠な『機を見て敏』ということよ! これで聖者様との独占契約権は貰った!!」
「パンデモニウム商会拳、奥義……」
しかしシャクスさんは圧倒的で……。
「魔族交渉波!!」
「ぐわはぁああああああああッッ!?」
なんかワンパンで沈めた!?
両手から放つ波動みたいなもので!?
「あ、アレがパンデモニウム商会に伝わる最強交渉術!?」
「気迫をもって、いかなる相手も頷かせる奥義、交渉波……! やはり魔都にて最大といわれるパンデモニウム商会を率いる商会長。一筋縄ではいかぬ!」
他の商会長さんたちを戦慄させるシャクスさんの気迫。
これだけの大人数を前にしても一歩も引けを取らない。
「さあ、我が交渉術のサビになりたい者からかかってくるがよろしかろう。聖者様との取引権、そう簡単に渡しはしませんぞ!」






