1106 独占禁止法違反
やはり聖者の存在が公になることは大事らしい。
こないだやってきたサテュロスたちやミノタウロスたちだが結局開拓地に定住して働いてくれることになった。
お陰様で開拓者は毎日飲むミルクに事欠かず、益々健康な心持で作業に勤しむことができる。
その作業が全然進んでいないんだがな!!
今日もまた、開拓作業を停滞させる珍客が襲来していた。
「……ふむ、やはりエルフ産のファーストフラッシュの紅茶は格別ですな。このように緑豊かな場所で味わうのがなおよい」
あの……。
紅茶が美味しいのはわかりましたがヒトんちの職場でアフタヌーンティをシバくのやめていただけませんかね?
シャクスさん。
そう、こちらのダンディ極まる紳士は、魔族の商人で俺とも長い付き合いのある人だ。
何とか言う大きな商会の一番偉い人で、魔国の商業を牛耳るという割ととんでもない人。
俺たち農場との関係はというと、最初は魔王さんの紹介で引き合わせてもらったんだけど、農場で作られたものを一手に引き取って外へ運び出し、適正な値段で売りさばいて金銭を得る。
いわゆる仲介業者をやってもらっていて、我が農場にとってはなかなか重要なお相手であった。
まあお金はなくても農場は問題なく回るんだけれども、俺も農場で制作を行う人たちも、自分の作品がどの程度のものか評価を聞きたいモノだからな。
その評価を示すのにもっとも明快なものの一つが金銭であるから、品物を売りさばいてくれるシャクスさんは重要な存在というわけよ。
それに蓄えもあるに越したことはないし。
というわけで長年お世話になってきたシャクスさん。
そのシャクスさんが、何故か用もないのに開拓地にやってきて優雅に茶キメているのだ。
意図がわからな過ぎて恐怖。
何か取引の話なら、農場の方へ直接言っていただけませんか?
「いいえ、そういうわけにはいきません。それに今回は商売の話で来たわけではありませんからね。ますます農場に踏み入ることはできません」
商売抜きで開拓地に来たこともわけわからんのですが。
本当に一体何しに参ったのだろう?
リゾートならもっと楽しいところがいくらでもあるはずじゃございませんか?
「そういわれましてもな。吾輩がこうして逃亡生活を強いられているのもきっかけは聖者様ですゆえ」
逃亡生活?
「聖者様に匿っていただいてもバチは当たらぬと思いますがな」
ちょっとちょっとちょっと待った?
まったく心当たりのないことばかりを畳みかけられても混乱するんですが?
「聖者様の存在が公になりましたでしょう? 今まで実在するかどうかも定かでなかったアナタ様は存在するものだと世界中の人が知り、所在まで判明している」
また俺発端ってことなんですか?
俺のせいで様々なことが起こりすぎてはしませんかね?
「そのお陰で吾輩、命を狙われることになっておりまして」
「なんで!?」
「こうして我が身安泰のために身を隠している状況でございます」
待って待って、ちょっと待って。
今、途中だいぶ端折ったでしょう?
流れをちぎらず順を追って話してくれないと理解が追い付かないんですよ・
俺! こう見えてもそんなに賢くないんで!!
「聖者様との取引を行っていたのは、たった一人だけ。このパンデモニウム商会長シャクスです」
ああ、はい……たしかに……。
「お陰様で随分儲けさせていただきました。なにしろ聖者様と農場の方々が卸してくださる品物は、世界に二つとない貴重な珍品ばかり、それでいて最高品質。それらの価値は、そこいらの宝石など比べ物になりません」
いやいや、それはシャクスさんがうまい具合に売りさばいてくれるから。
シャクスさんの商人としての目利きや交渉能力あってこそじゃないですか。
「同じ商人からは何度となく聞かれたものです」
――あのようにいい品をどこから手に入れてくるのか?
――何かパンデモニウム商会だけが握っているネタがあるのではないか?
「……とね。もちろん聖者様のことを明かすわけにはいきませんので、のらくらとかわしてはいましたが、つい最近になってそれらの苦労が水泡と帰す出来事が起こりました」
うぐッ!?
「聖者様の存在が知れ渡ってから、我がパンデモニウム商会経由で世に出ていた品物はすべて聖者様の下から発したものだとどこからか漏れたようでしてな。途端に同業たちの非難が集中しまして」
それは……俺が自分から存在を明らかにしたからだろうな。
俺の勢いだけの行動に踏み切った影響がそんなところにまで。
「我ら商人の間では、巨大な利益を独り占めすることは嫌われておりましてな。本来聖者様との取引も、いくつもの商会が名乗りを上げて、その中から選んでいただくのが正しい順序なのでしょうが、それをしませんでした」
まさか……そのことに他の商人が怒って?
「しかし吾輩と聖者様との取引は、法的に何ら問題がありません。だから商人たちも表立って吾輩を糾弾することもできません。ですが、それでも腹の虫の収まらない連中がいるようで……」
こうして逃亡生活を余儀なくされていると?
「そういうことです」
大変じゃないですか。シャクスさんには長年お世話になっているから、ピンチを前に黙っているわけにはいかない。
俺から何かできることはありませんか?
魔王さんに報告して、取り締まってもらいましょうか?
「お気遣いなく、先ほども言ったように法的に吾輩はまったくのシロですからな。表立っての糾弾はできませんから商会も部下も家族にも危険はありません。ただ吾輩だけ身を隠しておけば大丈夫ですから、こうして都落ちを楽しんでいるというわけですよ」
余裕あるなあシャクスさん。
逃亡生活とは言っているけれど優雅に紅茶をすすって、これじゃ逃亡生活というよりバカンスなのでは?
「商人は、不利な状況にあればこそ不敵に笑うものですからな。焦っているのを顔に出していたら、とてもタフな交渉はできません」
なるほど。
あれ?
でも家族や部下が大丈夫だというならシャクスさんだって大丈夫なのでは?
魔都で堂々としていればいいだろうに、何故こんな辺鄙なところにまで来て潜伏を?
「それはですな……」
ん?
シャクスさんの瞳がキラリと光った次の瞬間、全身で大きく飛んだ!?
さらにシャクスさんが跳躍したことで空白になったスペースに、チュンチュンチュンと音を立てて何か小さな飛翔物が地面にめり込んだ何発も!
弾丸!?
まさか狙撃か!?
俺が突発時に完全パニくっている傍ら、シャクスさんは地面を転がりながらも綺麗に立ち上がり、まるで何事もなかったように紳士然をしていた。
「……アポイントなしの飛び込み営業はビジネスマナーに反しますぞ?」
「…………」
「隠れていないで出てきたらどうですか? 交渉事は顔を向け合って、相手の目を見て行うものです」
などとシャクスさんに言われたからなのか、草むらを揺らして登場したのは一人の男。
覆面で顔を隠し、その間から除く瞳だけがギラギラと眩しい。
明らかに堅気の風体じゃない!?
「しゃ、シャクスさんあの人は……」
「吾輩への客です。同業の商人のいずれかが送り込んできた殺し屋といったところでしょう」
殺し屋!?
そんなデンジャラスなことになっていたんですか!?
マジで潜伏案件じゃないですか! しかもこうして潜伏してもキッチリ見つけ出して追ってきた!
「……仁義破りのパンデモニウム商会長シャクス。お前が商人の道理を語るなど笑止千万。巨万の富を独り占めにして私腹を肥やしてきた罪への、報いを受けるがいい!」
そう言ってこっちへ向けて手をかざしてくる殺し屋さん、その指先からチュンチュンと音を立ててまた放たれる飛翔体!?
うわわわわわわッ!?
また小さな弾丸のようなものが地面や木の幹に当たって深くめり込む!?
それは標的となっていたシャクスさんが寸前で回避したからだが、そうしていなければ弾丸がめり込んでいたのはシャクスさんの体だ。
どういうことだ!?
こっちの世界に銃弾が存在していたというのか!?
裏社会にはそういうものが秘密裏に!?
「品性のない大道芸ですな」
気づけば、シャクスさんが殺し屋を組み伏せていた。いつの間にか背後に回って。
「聖者様、彼が飛ばしていたものはこれですよ」
殺し屋の手からジャラジャラと零れ落ちたものは……硬貨?
まさかの銭形○次か!?
「商人にとっていかなる場合も最強の武器は金。……商人お抱えの殺し屋がよく使うブラックジョークですな。しかし勘違いも甚だしい」
シャクスさん、殺し屋さんの首の後ろに手刀をトンして意識を刈り取った。
マンガでよく見るヤツ!
本当にできるんだアレ!?
「商人ならば金は命以上に重いもの。みずからの命を投げ出すことはあっても金を投げ捨てることなど決してしない。タチの悪い物真似ごっこはやめるのですな」
シャクスさんつえぇえええッ!?
こんなマンガみたいに強い人だったとは。これならどんな刺客が襲ってきたとしても返り討ちじゃねーの!?






