1103 席は一つ
争いは続く。
ヤギvs牛の恩返し権争奪戦は、決着もつかぬままダラダラと長引き、混迷の様相を見せ始めた。
ひとまず落ち着かせて、ここにいるどなた様が聖者なのかをハッキリわからせることにした。
「「大変申し訳ござませんでしたぁーーッ!?」」
治療中の俺の眼下へ、額を地面にこすりつけて平身低頭する獣人女性の二人がいる。
双方、くだらぬ争いをこの開拓地へ持ち込んできた張本人だ。
一方はヤギの獣人であるところのサテュロス族。
もう一方は牛獣人ミノタウロス族だ。
この二種族はそれぞれ、過去にこの俺こと聖者に多大な恩を受けたとのことで、その恩返しに馳せ参じたという。
施されたら施し返すのが恩返し。
その恩返し対象にクロスハリケーンミキサーかまして宙高くに吹っ飛ばしたのがこの二人であった。
事実に知った二人は、青い顔をして謝罪の嵐。
まあ、そうもなろう。
二人の行為はまさに、恩を仇で返したことそのものであるから。
「聖者様、このたびはご尊顔を拝し奉り、大変お日柄もよろしゅう……!!」
「大恩ある聖者様に一目お目にかかりたいと日頃より一日千秋、千変万化の想いで待ち焦がれていたというか……!?」
混乱の余り挨拶も滅茶苦茶になっている。
「挨拶より前に謝罪でしょう、もー」
プラティが俺の治療を行いながら苦言を呈する。
二つのホーンで前後から突き上げられた俺は、その圧力に耐えきれずに上へと押し上げられ、錐揉みしながら上昇したあと一定の高度にて射出速度より重力が勝ったらばそのまま地表に向けて落下し、充分上昇しただけ極大な位置エネルギーを獲得して超高速度で駆け下った結果、頭から地面に突き刺さったため、それなりに身体に甚大なダメージなのだ!
「魔法薬を一かけシュッシュ、はい完治ー」
うそ、もう!?
けっこうな大ケガだと思ったんだけど!?
それだけプラティの作った魔法薬がよく効くってことか!?
忘れかけてた設定だがプラティって天才魔法薬師だったもんね!!
「旦那様の傷が消えたところでアンタたちの罪は消えないけどね。さあしっかり反省を態度で示しなさい」
「「ぐうぅ……!?」」
言われてぐうの音も出ない両獣人たち。
いや出ているか?
「大体なんでケンカなんてしているのかしら? 恩返しなんて平和な目的なら互いに譲り合って仲よくしていけばいいだけじゃない?」
「「それは……!」」
プラティ渾身の正論。
それをまともに浴びてお騒がせ獣人たちは何も言えずに縮こまってしまう。
しかしそれでは埒が明かないので……。
「……ヤツらが悪いのです」
とうとう絞り出して言った。
どっちが?
「コイツらが我らの恩返しを邪魔するから……だから排除は致し方のない選択なのです!!」
「それはこっちのセリフよ!! 牛風情が私たちの恩返しの邪魔をして! 私たちに何の恨みがあるっていうのよ! 横暴だわ!!」
おいおいおい、何なんだ?
急に道理不明の非難合戦が始まったぞ?
互いが互いの恩返しを邪魔している? どういうことだ?
別にそれぞれが独自に恩返ししてくれたらいいだけじゃないか。シェアを奪い合う必要なんてないだろう?
俺だって、恩返ししてもらうことそのものは吝かじゃないぞ。
好意の返礼なんだから、むしろ喜んで受け取らねばな。
俺がひたすら疑問に思っていると、サテュロス族の女性の方が訴えた。
「そうはいきません! この牛どもは、私たちのもっとも得意な恩返しの方法をパクろうとしているんですから!」
「パクっているのはそっちの方だろうが! 私たちの方が先に、この方法でご恩返しすると決めたんだから、お前らこそ真似するな!」
うむ、よく聞けば彼女らは、恩返しの手法を巡って争っているということか?
同じ方法をとれば、その分インパクトは薄れるからなあ。
より印象深く好意を受け取ってもらうためにも、譲れない気持ちは何となくわかる。
しかし一体、サテュロス族とミノタウロス族の彼女らは、どうやって俺に恩返ししてくれようとしているのか?
「私たちが!」
「私たちの一族が!」
「「聖者様に美味しいミルクを献上するんだッ!!」」
……。
んッ!?
どういうことかな!?
「はー、なるほどね?
そう言えばこの種族両方とも美味しいミルクを生産することで有名だったわ」
知っているのかプラティ!?
「知ってるも何も、旦那様だった覚えがあるでしょう? 農場のミルクは誰が絞り出していると思っているのよ?」
それは、サテュロス族のパヌたちだろう?
ヤギの獣人サテュロスが美味しいミルクを出してくれるというので、ヴィールが交渉して何人か移住してきてもらった。
それがパヌたちだ。
彼女らは農場で美味しいミルクを生産することと、それを原料とした様々な乳製品の加工を担当してもらっている。
風呂上がりにキンキンに冷えたミルクを飲んでカーッとなれるのもすべてパヌたちのお陰だ。
本当に彼女たちへの感謝は日々絶えない。
「ことほど左様にサテュロスのミルクは有名な珍味なのだけれど、それに負けないのがミノタウロス族よ」
まさか……ミノタウロス族もミルクを!?
考えてみたらそんなに不自然なことでもない。
前の世界では牛乳こそがもっともメジャーなミルクだったのだから。
牛の獣人であるミノタウロス族からミルクが出ないなんてこともないだろう。
ヤギからも出るだったら、そりゃ牛からも出るわな。
「……!? だから、ここに押しかけてきたサテュロス族もミノタウロス族も女の子ばっかりってこと!?」
プラティが何かに気づいた。
そうなると色々腑に落ちる。
「そうです! 私たちは聖者様に美味しいミルクを召し上がっていただこうと! サテュロスミルクコンクールで十位以内入賞を果たした選りすぐりの雌サテュロスを引き連れて、聖者様の下へ馳せ参じました!」
「それを言うならミノタウロス族だって! 畜産で美味しい牛肉を作ることだけが我々の取り柄じゃないってことを知っていただくためにも結集した有志十三名、どうか聖者様にお仕えすることをお許しください!!」
と迫ってくる二人。
……うーん対応しづらいぞ。
「おこがましいのよミノタウロス族! 元々聖者様は私たちのミルクを求めてくださっていたんだから、追加で求められるのも私たちのはず! そこに牛風情がしゃしゃり出てくるなんておこがましいわ!」
「既に求めておられたからこそ、既に飽きている可能性は高いじゃないか!! 我々ミノタウロスのミルクはあっさりとしてクセがなく、万人が楽しめる味となっているのだ!!」
「何の特徴もないことを、それっぽく言うんじゃないのよ! サテュロスのミルクはミノタウロスよりも遥かに栄養価に優れて、食品の勝ちも段違い! 大量生産しか能のないアンタたちと一緒にしないでよ!」
「クセつよミルクがぁああああああッッ!!」
また言い争いがヒートアップし始めた!?
どうすればいいんだ!?
そもそも俺の方はそんな切実にミルクを求めてはいないんだけれども!?
「これは……、名裁きが必要な状況ね」
そう呟いたのは我が妻プラティ。
キミに何か妙案が!?
「こいつらは結局、旦那様に認められるために争ってるってことでしょう? だったら白黒ハッキリさせるしかないわね!」
は!?
何をするつもりだプラティ!?
キミはホントにすぐそうやってなんでも明確にしようとする!
世の中曖昧なままな方がいいことだって少なからずあるはずなのに!
「栄冠は実力で勝ち取るものと昔から相場が決まっているのよ! ってわけでアンタらも、ウチの旦那様に恩返ししたかったら、邪魔者なんて押し退けなさい! 戦って、戦って、戦い抜いて! 最後まで立っていた一人のみに恩返しをする権利がある!!」
恩返しってそんな物騒なシロモノでしたっけ!?
「アナタたちがミルクで恩返ししようと言うなら、どちらのミルクが優れているかを恩返しを受ける側が決める! 即ち、異種格闘ミルク味比べ選手権よ!!」
開拓地でまた開拓とは何の関係もない争いが始まった。






