1102 開拓地訪問者・乳獣編
ごきげんよう俺です。
危惧はしていたが想像以上に混沌とした状況になっていた。
呼んでもないのにやってきたエルフとドワーフ。
しかも頼んでもないのに開拓作業を手伝うとか言って、事態はさらなる混乱に叩き落とされている。
そもそも自然を好むエルフと、人工物の製作達人ドワーフの相性最悪だということは兼ねてからわかっていたことで……。
この二種族が一堂に会するとケンカになるしかなかった。
それで開拓作業は余計に喧しくなる。
ドワーフのエドワードさんは、エルロンともよくケンカしていたが、ハイエルフのL4Cさんともケンカするんだな。
やっぱり根源は種族的な対立だった。
それでいてエルロンも開拓地に出入りしているので、当然のようにエルロンともケンカしている。
そうして意見をぶつかり合わせているうちにエドワードさんもひらめきを感じたのか、一戸の建築物を築き上げた。
『自然との融合』とでも言わんばかりのテーマ性で、一本の伸びた木の幹の上に無理矢理小屋を建てる……という鬼○郎ハウスのような家だった。
アレがエルフとの衝突の末に辿りついた発想ということか?
迷走感がハンパなかった。
どう考えても欠陥住宅だろうと思ったが、実際に入ってみた開拓者たちには好評で、住み心地はよいとのこと。
いついかなる時でもプロの技術を発揮する。
軒が高い分見張りにも最適ということで、このドワーフ族の新作・自然と融合した家は、そのまま正式採用になった。
まだドワーフさんたちに仕事の依頼もしていないというのに。
それもこれも俺が聖者として表に大きく出てきたのが問題なのだろう。
今までこんなこともなかったしな。
俺が名前を隠して隠然とやっていたからこそ皆遠慮してくれていたわけで……。
大手を振ってやるのなら、向こうも踏みとどまる理由はないってことか。
そんなわけで、自分自身の世の中に与える影響が予想以上にデカいことにビビりつつ、なんとか対策を立てようと思いながらも、何も思い浮かばない。
その間にも開拓作業は容赦なく進んでいき、俺も途中で投げ出すわけにもいかず農場の作業はオークゴブリンたちにお願いして益々甲斐甲斐しく開拓地へ通うようになった。
そしてまた事件が起きた。
* * *
「なーんだ、またケンカか?」
騒がしかったのですぐさまそう思ってしまった。
だって最近はしょっちゅうエドワードさんとエルフ連中がケンカという名の創作情熱のぶつけ合いしているから『いつものそれ』だと思っちゃうじゃん。
しかしながら今日のところはどうにも事情が違うらしく、気になって覗いてみたところまったく見知らぬ人たちが言い合いをしている。
なんで?
なんで俺のまったく知らない人まで争いを巻き起こすのこの土地は?
「我々こそが聖者様のお役に立てる!」
「いいや我がサテュロス族こそが聖者様御お助けできるのだ!!」
そして当然のごとく争いの原因は俺らしい。
仕方なく騒ぎに気づいてすぐさま仲裁に割って入る俺。
「どうどうどうどう……! やめなさい。とりあえずよくわからないけれど、争いはひとまず中断しなさい!」
ひとまず平和の使者を買って出たつもりであったが、あっさりと跳ねのけられた。
何故?
「何よアンタは!? 私たちは種族の誇りをかけて争っているところなんだから部外者は引っ込んでいなさいよ!!」
「種族の誇りなんておこがましい! 聖者様のお役に立てるのは、このミノタウロス族だって言ってるでしょう! 小規模種族こそ引っ込んでいなさい!!」
ぐべべぇ……!?
いや、俺がその聖者なんですが?
みずからの身柄を証明する暇すら与えられずにフッ飛ばされた?
なんで?
理不尽を感じていいのだろうか?
そもそも、この二者は何をどうしていがみ合っているというのだろう?
しかもよりにもよって俺たちの開拓地で?
より詳細を観察してみると、真正面から睨み合っているのは双方若い女性。
健康的で溌剌な印象が共有されていたが、にもかかわらず互いに互いのことがとことん気に入らない様子。
魅力的な顔立ちをしているというのに目を血走らせて牙を剥き、鼻の頭に幾重もの皺を寄せている般若のような顔立ちだから、あんな表情を見たら百年の恋だって冷めるだろう。
いがみ合っているのは女の子二名だけではなく、その後ろにも複数人のやはり若い女性たちが陣をかまえて対立的に睨み合っているんだから、さながら天下分け目の関ヶ原だった。
なんでここで天下分け目の大勝負を繰り広げようとしてるの?
再び言うが俺と開拓者さんたちが額に汗して働いている開拓地なんですよここ?
観光客だけでも対処に困っているというのに。
これ以上作業に関係ない厄介事を持ち込んでこないで!!
「開拓に関係ない厄介事が持ち込まれる原因の百パーセントが旦那様なのよ」
そうでした!!
登場と同時に辛辣な指摘で刺さないでくれるかなプラティ!?
「今回も例に漏れず、元凶は旦那様よ。あの現場荒らし小娘どもを見て、おっぱい大きい以外に気づくことはない?」
はッ!? いやいやいやいや俺は別にそんなところに注目した覚えは一切なくてですね……!?
で、他に気づいたこと?
女性であることと、何故か皆巨乳であることを除けば……。
……あッ。
彼女らは獣人?
「そうよ、獣耳やら尻尾とか生えてるでしょう。あのいがみ合っている二集団のうち、一方がヤギの獣人サテュロスで、もう一方が牛の獣人ミノタウロスね」
おおう? どちらもどこかで聞き覚えがあるな?
たしかサテュロス族はウチの農場にも何人かいて……。
「私たちサテュロス族は、種族滅亡の際に立たされていたのを、聖者様に救っていただいたのよ!! 悪しきドラゴンに襲われ、里ごと焼き尽くされそうになったところへ現れたのは聖者様に従うドラゴン! ドラゴンがドラゴンを叩きのめして、脅威を追い払ってくださったのよ!!」
あー、あったなそんなこと。
俺も伝聞でしか知らんが。
農場でミルクが欲しいなって話になった時にヴィールが交渉に行ってくれたんだよね。
そのサテュロス族らしい、ヤギの耳や角や尻尾を持った女獣人が言う。
「我々サテュロス族は、聖者様のお陰で今日も生きながらえていると言っていい! その聖者様が下界に現れたというのであれば、微力ながら応援に駆け付けるのが恩を受けた身として当然のこと!!」
「それなら我らミノタウロス族だって同じよ! 私たちも聖者様には多大なるご恩がある!!」
反論するように相手側の女獣人が言った。
こちらは牛獣人のミノタウロス族で、牛の角や尾を持っているのに加え、交ざり合っている獣性のためかかなりの大柄だった。
「我らミノタウロス族は、かつて王族の横暴によって保有する家畜のすべてを失い、生業である牧畜を長い間営めずにいた。そこへ奇跡を起こし、先祖代々受け継がれてきたA5ランク高級牛の血統を復活させてくださったのが聖者様だ!」
とミノタウロス女性は高らかに語る。
そう言えばそんなこともあったものよと思った。
割と最近だし。
あの頃は焼肉に供するために美味しい牛肉を求めに行ったのだが、噂に聞く最高級ミノタウロス牛の血統が途絶えて絶望的かと思われていたんだ。
そこへ冥界の神に問い合わせて、昔食べられてしまったミノタウロス牛を一旦黄泉返らせることで失われた最高牛肉の血統を復活させたんだっけ。
「おかげでミノタウロスの畜産は完全に復活し、方々から最高牛肉の注文が殺到しているのだ!! こんなウハウハ好景気も聖者様のお陰! いつかそのご恩返しをと思っていたところに聖者様発見の方が届いたのだ! 駆けつけるのは当然!!」
……って言うことらしい。
やはり俺が大々的に存在を明らかにすると色んな人がよってくるのか。
まあ恩義を動機によって来るから恨みで来られるよりはるかにマシだけれども。
「よってこの場は我らミノタウロス族が恩返しすべき場所! お前らちょこまか飛び跳ねるだけのヤギ獣人の出る幕ではない! 下がりなさい!」
「何よそっちこそデカいだけで鈍重な牛獣人風情が! 断崖絶壁だろうと駆け上る悪路走破性最上位のヤギを舐めるな! お前らこそひっこめ!」
つまり……。
彼女らは、自分たちこそが聖者へ恩返ししようと、その座を巡って争っているということ?
何故争う?
皆で一緒に恩返しすればいいではないか?
「そんなことでいがみ合うなんて虚しいじゃないか。皆で仲よく感謝の気持ちを……」
「「煩い! 口出し無用!!」」
ぐるぼえばぁッ!?
ヤギと牛のダブルハリケーンミキサーでフッ飛ばされ、錐もみしながら宙を舞う俺!
「誰に何と言われようと我らミノタウロス族は聖者様への恩返しを断行するのみ! 邪魔する者はこの角の餌食にしてくれる!」
「それは私たちサテュロス族だって同じよ! 我らの報恩を阻むならばその瞬間にがらがらどん!!」
「さあそうなればいよいよ聖者様へのお目通りを! 聖者様はいずこに!?」
「待て牛! 聖者様に拝謁するのは私たちが先よ! 聖者様、どうかお出ましを!!」
キミたちのお探しの聖者は、たった今フッ飛ばされましたが。
空高くフッ飛ばされて、そのまま高く飛んだ勢いのままに地面に落ちて地表に深く突き刺さりながら俺は思うのだった。






