1101 開拓地訪問者・ドワーフ編
ワシはドワーフ地下王国を率いるエドワード・スミス。
皆からは親方と呼ばれておる。
ドワーフの長ということは世界一の職工集団のリーダーということでもあり、世界中から集まってくる建築鍛冶金細工すべて依頼を引き受け、完璧に遂行する技量が求められるということだ。
ワシはそんな責任重大なポジションについて鎚を振るい続けることン十年。
その間積み上げてきた成果は数知れず。
今や歴代においてもワシほど優れた親方は五指に余るほどだと思っておる。
そう思いながらもたゆまず新たな宝品、武具、建築物作りに勤しんでいる今日この頃よ。
しかしながら、そんな風にワシの職工人生が充実しているのにはちょっとした理屈がある。
ある御方との取引が、ワシの創造性に得も言われぬ広がりを与えてくださるからだ。
その御方は聖者様。
この世界に隠然としながら、しかし隠しきれない影響力を与えて世の段階を一歩も二歩も先へ進める。
それが農場の聖者様だ。
聖者様からは我がドワーフ工房へも幾度か依頼を賜り、そのたびに職人側であるワシらに多大な驚きを引き起こしている。
聖者様が依頼して作ろうとなさるものは、いつだってワシらが思い描いたことすらないもの。
想像力の外側から飛来してくる隕石のような代物だった。
だからこそ我らドワーフのインスピレーションを刺激してやまない。
聖者様から影響を受けて、新たにドワーフ側で発明したものも多くある。
そうしたものを多く売り出してドワーフ地下帝国は益々繁栄している。
これもまた聖者様々だ。
このように有り難い顧客は、けっして離さぬよう日頃より心掛けねば。
そうして日々聖者様の同行に対して敏感であったがためにいち早くキャッチできた情報がある。
なんと聖者様が世に広く現れたようなのだ。
あれだけの力と知識を持ちながら、ほぼ隠遁生活同然だった聖者様が?
一体どういうことだ?
これは我らドワーフにとっても由々しき事態だぞ。
これまで聖者様が世を忍んで暮らしてこられたからこそ、我々と独占契約みたいな状態でやり取りできていたのだ。
それなのに聖者様の存在が世に広く知れ渡ってしまうと、同じく聖者様の素晴らしさを知った者たち同士で取り引き権の奪い合いが起こってしまう!!
「それが正常な市場原理だと思いますがねえ」
誰だ今真っ当なツッコミ入れたヤツ!?
ウチのドワーフ職人か?
とにかく、ワシらも手に職つけて生きていく者として、取引相手には敏感になっておかなければいけないんだ!
目下最重要取引相手である聖者様には特に!
そういうわけで聖者様の情報を収集することを最優先にしてあるのだから、集めてあるであろう情報を開示せぬか!
聖者様が世に表れ出して、その先はどうなったの!?
……なに? 開拓作業?
そうか、魔族と人族が合同で何かしら動き出しているという話があったな。
先ごろ子どもが多く生まれて、人口増加の対策として生活域を広げるとか。
その作業に聖者様も協力すると。
なんで?
相変わらずあの御方はどういう原理でどういうタイミングで動くかまったく予測不可能だな。
……開拓事業については我々ドワーフも注視していた。
ワシらが活躍できそうな場面が多いからな。
開拓と言えば新しい街や村を創り出すことも同じ。集落は家屋によって構成されるのだから。
そして我らドワーフにとっては建築もまた重要な商売だ。
しかも物が大きいだけに動く金額もまた大きい。
もし、新たに一つの街を拓くとして、そこにある建造物のすべてをドワーフに任せてもらえるとしたら一大事業。
ゼネコンだ!!
まだまだ始まったばかりの事業だから何とも言えないが、形になる目途がついたなら是非とも一枚噛みたい。
そんな注目の動きの中にさらなる注目対象が重なってきたというわけか!
聖者様が!
ならばこうしてはいられない!
我らドワーフ軍団は、人間国魔国が共同で行う開拓事業に全面協力するぞ!!
様子見なんか一瞬でやめだ!
何故って?
聖者様が絡んできたからには成功する以外にないからだ!!
むしろどれだけ我々の想像を超えたことになるかを気にした方がいい!
というわけで今となっては開拓事業に乗る以外の選択肢はないんだ。
だったら躊躇こそ禁物。
いくつ席が残っているかわからない中で、別のヤツに先に座られたら笑い話にもならない!!
ドワーフ王国が職工の老舗であり続けるためにも、急げぇえええええッッ!!
* * *
……ということでやってきた開拓地。
ここがワシらの新しい職場だな!
「いや、何を言ってるんですか?」
これは聖者様!
ワシらドワーフも開拓に向けて誠心誠意協力させていただきますぞ!
どうかよろしくお願いくだされ!!
「いやいやいや……ドワーフさんに協力お願いしたことなんて一度もないですし。勝手に押しかけられてきても困りますよ。この開拓団そんなに資金ないんですよ。基本アナタたちに頼むのってお金かかるでしょう?」
それはホラ! 出世払いということで!
聖者様が絡むとなれば金も人も大きく動くことは間違いないですからな!
それにこの現場、我らドワーフの活躍の機会には事欠かんでしょう!
人が住むためには家が必須。
その家を建てるのに、我らドワーフほど上手くやる種族はおりませんぞ!
「そりゃそうでしょうけれど、ここは始まったばかりの開拓地なんで、家のことまにそこまで気を回す余裕ないんですよね。伐り出した材木そのまま使ってログハウス建てるぐらいで充分なんですよ」
ほうログハウス。
いいですなあ注文承りましたぞ!
「いやいや、アナタたちに頼んだら必要以上に装飾とか機能性を追求したとんでもなくいい家が建つに決まってるじゃないですか。まだいいんですよ今の時点じゃ! 本当に即興で作った掘っ立て小屋でいいんです!!」
な、なんですと……!?
そのような、数多の技術を積み重ねてきたドワーフに、あえて何の工夫もない掘立小屋を建てろと……!?
さすが聖者様、意表を突いた注文をしますな!
「そういうことでもなく! 掘っ立て小屋ぐらいなら俺たちで充分建てられますんで! アナタたちに依頼するのは都市計画が固まってきて、魔王さんたちが決定を下したあとでもいいじゃないですか!」
たしかにそうかもしれませんが、聖者様、アナタと一緒に仕事ができることこそ至上の喜び!
どうか作業を手伝わせてください!
報酬はツケ払いでもいいんで!
「結局金取るんかい!?」
そうして言い合っていると、その場に何かが飛び込んできてボズーンと吹っ飛ぶ。
何事だ!?
驚いて見回すと、そこには忌まわしきエルフの姿が!?
「貴様ドワーフじゃな!? 貴重なる木を伐り倒す不逞の輩! ここであったが百年目よ! 森を傷つけた報いを喰らわせてくれる覚悟せい!!」
しかもハイエルフとな!?
アイツら森の木を一本でも伐り倒すと怒って全力で襲ってくるのだ!
建築に木材は必要不可欠なのに理不尽な!
「ふざけるでないわ! 森の木々だって貴様らのために生えておるわけではないのだぞ! 傲慢を地獄で悔いるがいい!!」
「だからって言って人が生きていくために家は必要だろうが! 夜露を凌がなきゃいけないんだぞ!」
「材木がなければ石でも積んで建てればよいだろうが!!」
革命の起きそうな言い方するな!!
なんということだ、ハイエルフがいる現場なんて。
木を伐るどころか草を履み、葉っぱをちぎっただけでも鬼の形相で迫ってくるハイエルフは、林業者の天敵。
そんなハイエルフを一緒にいながら開拓作業なんて、聖者様はみずからをこんなに追い込もうとしているのか!?
……はッ?
まさか、これは……!
ハイエルフとの共同作業で、より困難な現場で己を鍛え直せということですか聖者様!?
困難の中で見えてくる新しい道もあると!?
そのようにして、いつも思いもしない新しいアイデアを発想するのですね!
さすが聖者様!
そうとわかればワシも見習わねば。
困難こそが成長を促す!
ここでハイエルフと共に困難に身を置き、新しい境地を切り開いてみせる!!






