1096 農場には手を出すな
こうして一部の人々による農場への侵攻は頓挫することになった。
魔国、人間国、人魚国。
この世界に存在する三大国から派遣された兵たちに取り囲まれていて身動きも取れない。
彼らは各国の臣下であるのだから、国王の指示なく動くことはできない。
それが勝手に振舞い、武力行使まで起こそうとしていたいたんだ。
当然バレたらヤバいことで、魔王さん及びリテセウスくんが現れたのは首根っこを押さえられたようなものだ。
彼らのルール破りは白日の下に公になった。
あとは罪を裁かれるのみ。
「ダンパールよ。汝は長年魔国に使え、目立つ功績はないが実直な仕事ぶりで信頼うに値するとルキフ・フォカレより報告を受けていた」
「ぐッ……!?」
「しかし私心によって施政を歪め、己が利になるように裏で動いていたとはな。誰にそそのかされたのかは知らんが王命を謀った罪はなかったことにはできぬぞ」
魔王さんに詰められて、魔族の官僚らしき人は悔しげに俯いた。
すっかり観念している様子であったが、それに対して人族側は……。
「へ、陛下! 違うのですこれは、ワシを陥れようとする陰謀です! そうワシは、人間国に害をなそうとする聖者の軍勢を先んじて阻むために……!!」
実に見苦しい。
現場を押さえられたというのに上司であるリテセウスくんに言いわけを並べらてる。
「本当です! あの聖者は人間国を滅ぼそうと手勢を率いて襲ってきたのです! ヤツを放置していれば人間国はおろか魔国、人魚国も滅ぼされ世界はヤツのものとなりましょう!! それを阻むためにも今結集した三大種族の全軍で、聖者を滅ぼし返すのです!」
「ラワジプータさん。……アナタが僕のことを傀儡にし、人間国の実権を握りたいことには気づいていました」
「はんぐわッ!?」
リテセウスくんから図星を突かれて、息を飲む官僚の人。
「アナタの不穏な噂は聞いていましたので。僕だって登用する人のことはあらかじめ調査しているんですよ。それでキナ臭いとわかっていても、人材不足から用いざるを得ない現体制の貧弱さに泣けてきますが」
リテセウスくんも苦労を重ねているんだなあ。
「アナタに関しては『旧制以前からの名家』ということでアナタを登用させる圧が強すぎてね。首長に就いたばかりの若僧な僕では到底抗えませんでした。アナタを用い続けることは僕にとって相当なストレスでしたよ」
深くついたため息が実感を伴っていた。
「アナタは、裏から僕を操るために、僕の弱みを握ろうと必死でしたよね? だからあらゆる政策に対して邪魔だてしたり、僕のプライベートを監視しようとたくさんのスパイを送り込んできた。気の休まる暇もありませんでしたよ」
「勝手な思い込みだ! そんな証拠がどこにある!?」
「そうない。だから迂闊にアナタを糾弾することもできずにストレスフルな毎日でした。だからこそ目障りなアナタを辞めさせようと常に目は光らせていたんですよ。ボクの弱みを握ろうと目を光らせていたアナタと同様にね」
「うぐ……!?」
「『深淵を覗く者は、同時に深淵から覗かれている』なんて言葉、知ってます?」
リテセウスくん、そんな心を削る思いをしながら大統領として働いてきたんだな……!
立派になったものだ。
「そんなアナタとの見張り合いも、これで終わりだと思うと解放感MAXですよ。ついにこんなどうしようもない大ポカをやらかしてくれたんですから。いくらアナタが歴史ある名家の末で、広く大きな人脈を持っていたとしても、もうダメです。誰もアナタを庇い立てすることはできない」
「何を言う!? ワシが何の罪を犯したというのか!?」
「まず、僕の名を騙り公文書を作成したこと。これは紛れもなく法律違反で明確な罪ですよ」
こないだ俺に届けられた命令書のことだな。
リテセウスくんは魔王さんと一緒に、アレを届けに来た兵士さんごと抑えてしまうとどこぞへ飛んで行ってしまった。
恐らく命令状という動かぬ証拠で、あの官僚さんを追い詰めるために裏取り証拠固めに勤しんでいたんだろう。
その上で本人がここにやってくるのを今日ここで待ち受けていた。
彼が兵を率いて攻め込んできたらば、証拠も何もない現行犯だからな。
そこまで入念な準備をかけて待ち受けていたんだから『もう逃げ場はない』と察するべきだろうに。
相手はまだまだ往生際が悪い。
「陰謀だ! 陰謀だ陰謀だ! これは名家であるワシを陥れようと巡らされた陰謀だ! 証拠も証人も、そのためにでっち上げられたものに違いない! リテセウス王! アナタもこんな卑劣な手段で臣下を貶めれば、のちのち禍根を残しますぞ!!」
「だから僕は大統領で王じゃないってば……」
凄えな、あのゴネ方。
見苦しいことこの上ないが、ああやって形振りかまわずゴネまくることで危機を潜り抜けてきたんだろうな過去にも。
観念もせずに自分に都合の悪いことはひたすら認めない。
そういう生き方も最後まで生き延びようとするなら強いのかもと思った。
ただ今回ばかりは凌ぎ切ることもできまいが。
「ラワジプータさん。命令書の偽造だけなら逃げられたかもしれませんがね。でもアナタは心底どうしようもない大失敗を犯しているんですよ。致命傷にしかなりえない失敗をね」
「なんだと!?」
「アナタは聖者様に刃を向けた。それだけで万死に値する大罪です」
リテセウスくんがそう告げると、人族の官僚さんは逆に息を吹き返すように……。
「そうだそうだ! ワシは、この邪悪な聖者を成敗するために軍を動かしたのだ! 見てくださいあやつを! 世界二大災厄といわれるドラゴンとノーライフキングを従え、その上に凶悪なモンスター軍団を率いている! こんな脅威は世界に二つとありませんぞ!」
俺のことを指さして言う。
そう言われると……俺って結構な世界の危機なのか?
「あのような巨悪を野放しにしていたら、いつか世界全土はあやつに乗っ取られてしまうかもしれません! だからこそワシは立ち上がり、世界を守るために先陣を切って……!」
「アナタが聖者の噂を聞いて、その富を奪おうと暴発した。周囲からそう証言は取れていますが?」
「それはワシを陥れようという讒言です! ウソつきの言葉など耳に入れませぬよう!!」
どうしてああ堂々とウソがつけるんだろうか?
俺だったらウソをついてる後ろめたさで態度もオドオドするだろうが……恐ろしいものだ。
「聖者様が世界を牛耳ろうとしている? そんなくだらないデタラメ、根も葉もないことだって僕が一番よくわかっているんですよ。だからアナタはウソをつくだけ無駄なんです」
「ですから嘘などでは……!!」
「僕はね、聖者様の下で学んでいたんですよ」
「は?」
さらに言い募ろうとした官僚さん、予想外の事実に息詰まる。
「不思議に思ったことはありませんか? 平民出身の僕に何故ここまで学があるのか? 教養があるのか? その答えは聖者様の下で修行を積み、勉強していたからです。そんな僕が、アナタと聖者様のどちらを信用するか? 考えるまでもないでしょう?」
「ちなみにリテセウスくんが聖者殿の下で学ぶようにきっかけは、我が要請したからだ。人族の所由来有望な若者に、質のよい教育を受けさせたい。そうした我が要望に聖者殿が応えてくださったのだ」
魔王さんの注釈に周囲からの視線が集まる。
「そう、我が魔国は随分と以前から聖者殿と親交があった。公にはそのことを伏せてはいたがな」
「人魚国も同様。特に我が国は、人魚王である私の実妹……プラティが聖者様の下に嫁入りしているためより親密な関係にある」
乗じてアロワナさんまで。
今まで秘されていた事実に一同驚愕。
特に渦中の一番悪い人はここぞとばかりに憤慨し……。
「そんな! 国家上層部は、これまでずっと聖者と秘密の取引をしていたというのか!? これは民に対する重要な裏切りだ!!」
「聖者殿は、世の理を超越した御方。みだりに知れ渡れば、そのお力を悪用せんと妄動する者が現れんと危惧したのだ。その危惧は正しかったと今日証明された、お前たちの存在でな」
農場を制圧せんと兵を挙げたんですからな。
ウチの存在が公になると大変だって、俺は『そんなまさか』と思ったが、どうやら俺がのん気だったようだ。
この現状を目の当たりにしたらそう思わざるを得ない。
「聖者殿は、この世界を見守りいただく調停者であると同時に、不埒な心根で触れてはならない聖域なのだ。それが破られた時、世界がどうなるかは計り知れぬ。それはお前たち自身が身をもって知ったはずだ」
「その通り、世界二大災厄の両方を従え、変異主モンスターの軍団を率い、魔法薬使いの天才を妻に迎え、さらには天使と豆大好き王女も味方につけている」
「貴様らは、そんな聖者様が世界を害さんなどと危惧したが、そんな聖者様を止められるどんな勢力があるというのか。世界中が束になっても聖者様を止められん。逆に言えば、それだけの力を持ちながら何もせぬこと自体が、聖者様の安寧なることの何よりの証明!」
いや、そんなに褒めちぎられても……!?
おだてられたってなにも出ませんよ。あッ、今日は夕飯ウチで食ってきます?
「だからラワジプータさん、アナタの主張がデタラメであることは自明の理だし、アナタの罪の大きさも明白なんです。これから明らかになる聖者様の偉大さをより克明に知らしめるためにも、アナタたちの処分は厳しくするつもりです」
「ぐぬぬ……、こんな、こんなはずでは……!?」
ここまで言われたらさすがに言い逃れも尽きたか、官僚さんは膝から崩れ落ちた。
旧体制からしぶとく残り続けた膿が、ついに絞りだされて落ちた瞬間であった。
「では最後に……聖者殿」
はい?
魔王さんに話しかけられる。
「聖者殿自身もけっして侮ってはならぬものと見せつけるために、何かご披露いただけませんでしょうか?」
承った。
なんか漠然とした注文であったが、こんな騒動を二度と起こさないためにも『聖者強い!』って刷り込ませたいんだろうな。
では俺もご期待に応えて、今まで出したこともないくらいに全力で行こう。
全開! 至高の担い手!!
その力を聖剣ドライシュバルツに込めて……!
「必殺! 超大玉・千本ドライシュバルツ景厳(ギア5ver)ッ!!」
うーん、今までにないほど巨大な政権に寄る閃光が空に向けて飛んでいった。
上に向けて撃ちさえすれば被害はないとタカをくくっていたが本当にアレ大丈夫?
星に当たって割ったりしてない?
と不安になった。
「……こ、これでわかったろう、聖者殿がいかに凄まじい御方だということが」
魔王さんも引きつり気味だった。
これでひとまず開拓地の騒動は収まったのかな?






