1089 世界激震
我は魔王ゼダン。
今日も政務に勤しんでいたら、急に会見の申し込みを受けた。
相手はなんと新人間国のトップ・リテセウス大統領だ。
しかも当人がもう既に魔王城に入っているという。
国の代表がみずからアポイントもなく乗り込んできたと?
どういう緊急事態だ?
本来ならば国際的に礼儀知らずな申し込みではあるが、あの若いながらも理知的なリテセウスくんのすることだ。
余程の理由があるのだろうと我は、現行の政務をいったん中止して談話室へと向かった。
「魔王さん、予告もなしの来訪大変失礼しました……!!」
「気にせずともよい。キミと我との仲だ」
直接顔を合わせたリテセウスくんは、やはり慌てた様子で顔中に汗を掻いていた。
やはりただ事ではないな。
そう思いまずはコーヒーを差し出す。
「まずは一杯飲んで落ち着くがよい。いかなる焦眉の急が出来したとしても。それを上手く収めるために冷静さは必要だ」
「そんな場合では……ッ!……いえ、いただきます」
一瞬声を荒げたリテセウスくんだが、すぐに激情を抑えカップを受け取る。
……うむ、若いのに自分を制御するのが長けておる。
この様子ならもう十年もせぬうちに卓越した為政者となることだろう。
「それで、何があったのだ?」
「聖者様の存在が公になりました」
「なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!?」
落ち着いてコーヒー飲んでる場合か!?
聖者殿が!?
聖者殿の存在が公になったというのはどの程度!?
これまでもあの方はちょくちょく外界へと顔を出していたが、あの方の正体がバレることもないし、人の口に伝わる噂の電波もたかが知れたものだった。
それらと同じ程度であれば、全然大丈夫ではあるものの……!
「事の発端は、開拓事業です」
聞いた途端『やはりアレか』と表情が歪む。
新たなる人の住める領域を確保するためにも肝いりでスタートした開拓事業。
魔国と人族が手を結んで大々的に行われるものだ。
しかし大きな懸念点として聖者殿が住む農場に位置が近かった。
近いと言っても、それでも人の足で何日もかかるような……しかも険しい森や山を隔てて。
開拓者が農場と邂逅するなどまずあるまい。
警戒は怠らなかったが、そう分析してひとまず己を落ち着かせた覚えがある。
一体何故だ!?
我々の想像以上に開拓がはかどって農場まで行き着いてしまったというのか?
進捗は順調という報告しか受けていないぞ!?
……はッ!?
まさか想像を遥かに超えて順調に!?
「いえ、開拓の進捗は極めて普通です。むしろ予定より僅かに遅れているぐらいです。当初想定していた人族側と魔族側の提携に支障があったことが原因です」
提携に支障?
その言葉も気になったが今は聖者殿の話に集中しよう。
何ゆえ聖者殿は世間に姿をさらした?
「今言った、人魔の間での協力が上手くいっていなかったことが原因です。現場では協力どころか互いに敵対し合い、ケンカ沙汰まで起きていたと」
「なんと!?」
どうしてそうなる!?
この事業は人族と魔族が、より親密に共存共栄していくための交流政策という側面もあったはず。
その点は両者でしっかり意識共有されていたではないか!?
「それが現場にまではまったく伝わっていなかったようで。開拓地はどんどん険悪となり流血一歩手前というほどまで深刻化したそうです。その状況に聖者様がいち早く気づいたらしく」
みずから解決に動いたというわけか。
あの方らしい……。
昔から他人の揉めごとに見て見ぬ振りができない御方であったからな。
我自信そのことで何度も救われてきたから、気軽に批判もできぬ。
「一触即発の事態に、我々に相談する時間もないと判断されたようです。聖者様みずから側近を引き連れ開拓地に襲来。まずは力づくで開拓者たちを無力化してから、和解を促したようです」
ほうほう、それで?
「しかし開拓者たちは頑なで。聖者様はヴィール様まで呼び出してご自分が聖者であることを証明されたとか」
何故そこまで!?
「説得のためにご自分の身代を明らかにしておくべき、と思ったのではないでしょうか? それでも反応が芳しくなかったため、ついにはご自分が開拓を主導すると言いだし……!」
今、開拓地では聖者殿がトップとなって開拓を進めている、と……!?
とんでもないことになっているではないか!?
聖者殿が関わるとなるといつもの通り、開拓事業もとんでもないステップアップをしているのではないか!?
「お察しの通り、それ以前とは比べ物にならないほどのスピードで開拓は進んでいます。聖者様は時間を何百倍も早く進める能力が備わっているのは……いつも通りのことで」
そうであろうな。
「だからこそ話題性は現地に収まり切れず周囲へと広がっていき、ついには僕の耳にまで。僕が直接確認しに行った時は聖者様が先頭に立って伐採やら開墾してましたよ。爽やかそうに汗を掻いて充実している様子でした」
なんと、リテセウスくんはみずから確認しに行ったのか?
一大事とはいえその目で確かめようとは真面目なことよ。
「それでそのまま魔国へと入り、魔王さんに報告と相談を……!」
そういうことなら我が聞くのが早いかリテセウスくんが聞くのが早いかの問題だっただろうな。
先に察知した方が対処を始める……。
しかし、それでも我々が知るのが遅くないか?
何故現地から報告が来ない?
これほど重要なこと、最優先で我が下へ報せにくるのが筋であろう?
それを他国から伝わるのが第一報とは。それにリテセウスくんも話しぶりによれば伝聞にて知ったような?
「そうです、僕も聖者様のことを知ったのは市井の噂話からでした。官吏を介した報告では何も……。現地でのいさかいすら」
それは我も同じだな。
開拓地で、人族と魔族が険悪化しているというなら大問題。
人魔戦争の再発にも繋がりかねない凶事を深刻化してなお伝えないなど、立派な怠慢ではないか。
「現地からの報告はいつだって『異常なし』でした。思い返せば腑に落ちない。開拓団の発足直後、激励も兼ねて現地へ視察に行こうと思いましたが周辺から『他にやることがある』と止められまして」
ううむ、我が方も魔都拡張の案件が多く持ち込まれて開拓にまで気が回らなんだな。
ルキフ・フォカレもそうだ。
「まるで誰かが意図的に、僕らの目から開拓地を遠ざけようとしていた。そうは思えませんか?」
そして我らの目が届かぬ開拓地で、魔国人間国の国交が断絶するほどの大不祥事を引き起こそうと?
「我が人間国では、開拓事業に反対する派閥が一定数いました。兼ねてから僕と意見を対立させている連中で、開拓が失敗した時にはこぞって僕の責任にしようと手ぐすね引いているようなヤツらです」
うぬ……。
実は当方にも心当たりがある。
現在魔国では、人口増加への対処において開拓と遷都……二つの案で対立している。
財政的にもどちらか一方しか採ることができず、双方推進派が激しく意見を戦わせていた。
「それが魔王さんの決断で開拓が選ばれたんですね?」
うむ。
遷都となると国にも民にも、より大きな負担が避けられぬだろうでな。
それに……。
遷都推進派に何やらキナ臭さも漂っていた。
「もし開拓事業が頓挫したら、遷都案が復活する?」
可能性はあるな。
実際には既に着手されている魔都拡張が無駄になってしまうこともあり、議論は紛糾するであろう。
しかし、何が何でも遷都を実現させたい輩どもが希望を懸けるには充分だ。
「お互い、なんともしがたい連中を抱え込んでいるというわけですね」
それは政の付き物であろう。
清いものだけで国を動かすことはできぬ。
「わかっています。ですが清濁併せのむべきものの濁の方が、許容できる範囲を踏み越えてくるなら、こっちも黙っているわけにはいきません」
そうよな。
そして何より危惧すべきはそうした連中こそ、我々の目から遠ざけながら、誰より開拓事業に注目しているだろうことだ。
そこへ現れた聖者殿。
あの御方の姿が、一番移してほしくない瞳に映っているのかもしれんな。
聖者殿が世に知られることは、ずっと以前から懸念していた。
いつかはこんな日が来るだろうと心の片隅で覚悟を固めていたが。
公になった傍から面倒なことになってきそうだ。