1088 聖者の存在証明
俺、ただいま開拓者たちを説教中。
なんともマナーがなっていない人たちだ。
あまり口やかましく言いたくもないが、多くの人々がトラブルなく平穏に過ごすためには話し合いが必要不可欠。
耳に痛いことでもあえて話さねばならぬ。
誰も好き好んで相手の機嫌を悪くしたくはないが、それでも教え諭すことが年長者の務めでもあるのだろう。
「お前が……お前が農場の聖者? ずっと探し求めていた……!?」
しかしながら話を進める前に、俺自身が聖者であることをしっかりと証明しなければならないようだ。
こんなとき免許証の一つでもあれば簡単に身分を証明できるだろうに。
異世界もなかなか大変だ。
「……いや、オレは信じないぞ! そう簡単に信じて堪るか! 農場の聖者は伝説のユートピア! 前探検家の夢! そこに住む聖者は、神にも等しい大偉人! そんな存在が向こうの方からノコノコやってくるわけないだろ!!」
「なんで?」
いいじゃないか、聖者がその辺うろついていても。
しかしこの魔族さんは、どうしてか頑なに俺が聖者であることを認めようとはしない。
「聖者様……聖者様……!」
うん?
キミは、どこかで見覚えがあるな?
……ああ、そうだ。
いつだったか冒険者のS級昇格試験でやってきた受験希望者の一人だ。
たった一人の合格者だったので覚えているよ。
名前は……コーギーくん!
「コーリーです!……それより魔族側から来た開拓者は、多くが探検家とかいう職業出身らしいです」
探検家?
なんなんそれ? 探検って言ったらボクの街?
「探検家は世界の謎を追い求めて海を駆け巡ったと言います。きっと聖者様のことも探していたのでしょう。世界中を探しても見つからなかった聖者を何の苦労もなく見つけた。その事実を受け入れられないのだと思います」
なるほど。
過程に拘るタイプなのか。
いつもであれば相手の性格に合わせて、なんかオリエンテーションでも用意して目的に到達するまでの苦節感を演出してもいいけど、今はそんな場合じゃない。
平和を守ることこそが第一義だ
そのためにも率直に、俺が聖者であることを証明しようと思う。
その方が説得もしやすいだろうしね。
「ここに取り出しましたる剣……」
俺は聖剣ドライシュバルツを抜き放った。
世界に七振りしかない聖剣のうちの一振りで、俺が農場を営み始めた初期から使っている、いわば愛刀だ。
この聖剣を大きく振りかぶって……。
……シュート!!
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
「「「「「おおおおおッ!?」」」」」
どうだ?
聖剣が放つ大閃光。これだけ凄いものを見たことはなかなかないだろう。
この閃光を受け止め切れるものは世界中でもそうはいないぞ。
どうだ? こんな奇跡を起こすことのできる俺を聖者と認めてくれるかな?
「いいやダメだ! 全然ダメだ!」
しかし先方は手強い。
俺の聖剣アピールにダメ出ししてきた。
「聖剣なんて我が国の魔王でも持ってるものだ! いわば二番煎じじゃないか! ヒト様の真似で聖者と証明できるなんてあるわけないだろ! 聖者は世界に一人しかいないんだから、他の誰も真似できないことができるはずだ!!」
なかなか注文が厳しい。
誰にも真似できないことか……なんだろ?
……あッ、そういえば。
「来い! ヴィール!!」
俺は言いながら、天空へ高く掲げた手でパチンと指鳴らした。
そこから約十三秒。
厳かに大気を搔き乱しながら、大翼を羽ばたかせてドラゴンが飛来してきた。
『ご主人様―、何用なのだー?』
「「「「「どどどどどど、ドラゴンンンンンンンンンンンッ!?」」」」」
これには開拓者さん一同、大驚愕。
どうだ、さすがの魔王さんだってドラゴンを呼んでやってこさせるなんてできないだろう?
それに、俺が初めて聖者として認知されたのは、かつての人族と魔族がぶつかっていた戦場に、ドラゴン姿のヴィールが飛来した時だったはず。
その時ヴィールが戦場中に『聖者のしもべのドラゴン』と自己紹介したんだ。
それを思い合わせれば、ヴィールの存在が俺の聖者の証拠となるのは間違いない。
どうかな?
「ど、ドラゴンを従える伝説の聖者……!?」
「じゃあ、やっぱり……? あのパッとしない感じの男が?」
パッとしないのは仕様です。
クレームは受け付けません。
『で、おれを呼び出すとは一体何事なのだ? このおれのドラゴンブレスでもって焼き尽くすべき愚か者でもいたか?』
「いや、ただ単に俺が聖者だって信じてくれない人たちがいたんで。ヴィールを見せれば信じてくれるかなと思って」
『はぁー? ご主人様のことを疑うとは、やはり愚か者なのだな! 我がドラゴンブレスで消し炭にしてやれば世界の一隅もスッキリするのだー』
やめてやめてやめて。
落ち着いて落ち着いて落ち着いて。
しかしそうして凄んだヴィールを俺がなだめたことで益々信憑性が増したらしい。
怒れるドラゴンを鎮める、聖者の所業とか何とか。
「本当にドラゴンが従っている……!?」
「やはりアレは伝説の聖者!?」
これでついに納得してくれるか?
『じゃあご主人様、用も済んだようだしおれは帰るのだ。おれはジュニアやノリトたちに食わせる新しいおやつの開発で忙しいのだ!!』
「へえ、どんな?」
『ラーメンの切れ端を乾燥させた新感覚のスナックだ! ラーメン作りの最中に食べられずに捨てられていた部位をおやつに利用する逆転の発想に恐れおののくがいいのだ!!』
それまえの世界にあった発想だなあ……。
でもヴィールのはしゃぎように水を差すまでもないと思ったので何も言わずに見送った。
さあ、もう満足したかな?
俺を聖者かと疑う人々よ?
「そんな、これは……これはもう……!?」
「でも認めたくない。大いなる困難を乗り越えて辿りついてこそ宝の価値は……!」
認めるしかない事実と認めがたいこだわりの狭間で懊悩しているらしい。
ロマンを追い求めたいんだなきっと。
「だがもういちいち付き合いきれないので本題に戻りたい。キミたちがこの土地で繰り広げている不毛な戦いについてだ」
何故争う?
この開拓地では、人族魔族が力を合わせて人類の領域を広げていこうと協力を誓い合ったのではなかったのか?
「そんなこと知りません! 人族のヤツらが俺たちの土地に勝手に割り込んできたんです!……聖者、様……!?」
「何を言う! オレたちは魔族と協力して開拓するんだって聞いていたぞ!……チラッとだけど……それを無視してケンカを売ってきたのはお前らじゃ……!」
うーむ。
やはりついさっきまでバチバチにいがみ合っていた人たち。
すぐさま和解は難しいか。
それに主張にも行き違いがあるようだ。
この開拓地では魔族と人族が手を携えて働いていくのだと、本当に伝わっていないのか?
「ここでの開拓が人族魔族の共同作業というのは間違いない。この俺が、魔王さんと人間大統領のリテセウスくんから聞いた話だ」
「魔王人王と直接会談!?」
「やはり聖者様は、この世界の頂点に君臨する御方なのか……!?」
周囲の人々の驚愕を一旦捨て置いて、俺は考える。
この事態、ただ諫めたり武力介入しただけでは到底収まらなそうだ。
何か根深いものを感じる。
そう感じた俺は腹を括った。
中途半端に嘴を突っ込んで『あとはよろしく』ではあまりにも無責任。
この事業には全人類の未来がかかっているのだから、俺も黙って見ているだけというわけにはいかない。
「いいだろう、だったらキミたちの事業は俺が貰う」
「「は?」」
「農場の目と鼻の先にあるこの土地は俺のお膝元。まったくのゼロから農場を築き上げた俺の手腕で、真の開拓とは何であるかを見せてあげよう」
事業乗っ取りであった。
普通なら許されることではないが、こうでもしないと開拓そのものが破綻しそうなんだもの。
緊急対処と思って許していただきたい。






