1079 迫る開拓
ごきげんよう俺です。
世はすべてこともなげ……と思っていたある日、お客様が訪れた。
しかも錚々たる面子だ。
魔王ゼダンさんにアロワナさんにリテセウスくん。
魔王と人魚王と人間大統領。
この世界にある主要三ヶ国が雁首揃い踏みだ。
この三人が集まりなんて何事だ?
よほど大きな出来事でも引き起こされたというのか?
世界大戦勃発?
そんな驚き戸惑う俺に、まず魔王さんが代表して切り出す。
「開拓事業を押しす進めようと思っています」
開拓事業?
それは何やら懐かしい言葉の響きだなあ。
何故かって、俺もまたこの農場を開拓して作り上げたのだから。
元々この土地は何もない野原だった。
それをここにやってきた俺が、草木を抜いて大地を耕し、畝を盛り上げ垣根を作り、家を建てて、水を引き、様々な農業技法を導入して様々な作物食品を開発し、今の農場になったわけだ。
あの大変ながらも楽しかった日々が、目を閉じるだけで瞼の裏に浮かび上がる。
……おっと、すぐに昔を懐かしむのはオッサンの悪い癖だぜ。
つい懐古厨が表面に出てきてしまう。
「で、その開拓作業がいかがしたんでしょうか?」
まさか……。
この立派な農場を築き上げた開拓第一人者である俺に、アドバイスなりコンサルティングなりをお願いしようというのか?
いやー、まいったなー。
俺の知識と経験を求められる日が来ようとは。
こんな俺でも世の中の役に立てる機会があるというのなら喜んで協力させていただきますぞい!!
「いえ、そういうことではないのです」
えッ?
違うの?
なんだ……、危うく呼ばれてもないのにしゃしゃり出てきて経歴自慢するウザいオッサンになるところじゃないか!
まったく危ない……。
謙虚な気持ちを大切にしないと……!
「先日、世界全土に亘って同時大量に出産が起こったことで、世界規模での人口が大きく跳ね上がりました。基本的に慶事ではありますが、弊害がまったくないかというと、そういうわけでもないことも事実……!」
魔王さんは苦しそうに言う。
「一番の問題とされているのが人口増加による様々な需要増加、それに供給の不足です。人たれば生きているために食べなければならず、住処も必要です。しかし、今の規模に合わせて作られた都市村落では、急激に増加した人口に対応できるキャパシティを持たない……」
なるほど、それで開拓なわけですな。
俺はピンときた。
増えた人口に対して領域が足りなければ、そっちも増やせばいいだけだ。
だからこその開拓なんだろう。
幸いこっちの世界は中世程度の文化レベルで、だからこそ都市開発も進んでおらず手付かずな土地などそこら中にある。
むしろ開発済一割、未開発九割ぐらいの状況だ。
この世界にはまだまだ人々を受け入れられるだけのキャパシティを持っている。
コロニー作って宇宙移民なんてする必要もないのだ!!
……とそこまで考えたと同時に、俺は他のあることについてもピコーンと得心が言った。
こないだベラスアレス神が言っていたことだ。
いかにも訳知り顔だったからな。
あの時ベラスアレス神とアテナ女神とが交わした激論も、急激に増加した人口にどう対処するか? という議題だった。
今日魔王さんが持ち込んできた用件の根幹にあるものとまったく同じだ。
あの時アテナ女神は『人が増えたなら、戦争で殺して減らせばいいじゃない』などと暴論を打っておったが、天界きっての良識派ベラスアレス神は一貫して反対し、しかも腹案があるようだった。
あの神はすべてを見通していたかのように落ち着いていたが……なるほど、こうなることがわかっていたんだな。
地上の問題は地上の人類ならば乗り越えられるだろうと信じていたのだ。
さすがベラスアレス神。
そうして一人納得する俺に、魔王さんたちが続けて言う。
「ですが、ただ闇雲に開拓を進めればいいというわけではありません。土地にも人が住むのに適した地とそうでない地とがあります」
それは魔王さんの言う通りだ。
人が住むからには、人が快適に、そして安全に暮らせる環境でなければならない。
まずは食。
人間食べねば生きていられないので、食料さらに飲料が安定して得られる土地柄であることが最重要だ。
特に飲み水の確保は人が生きている上での絶対条件だし、だからこそ近くに河川でもあるか、地下水の豊富な土地でなくてはならない。
さらには食糧確保のために畑も作らないといけないだろう。
別に獣を狩ったり魚を釣ってもいいが。
しかし一番安定しているのが農業ということで、田畑を作るために大きく開けた平地があることは重要だし、さらに農業のためにも水源確保が必須。
そうして食うものが確保できてさらに必要になるのが住環境。
雨風や寒暖を防ぐためにも立派な家屋は必要不可欠だ。
この世界、鉄筋コンクリートなんて望むべくもないから、家を建てるとしたらもっとも安易なのは木造だろう。
そうした素材を簡単に手に入れられるような立地関係が望ましい。
近くに豊潤な森があるとか。
幹がまっすぐ伸びる杉とかが生い茂っていればなおよい。
さらには気候温暖で過ごしやすく、水害風害などの天災も起こりにくければよい。
欲を言えば駅チカでコンビニも近くにあり二階以上で日当たり良好、角部屋でエアコン冷蔵庫完備で、夜中にゴミを出しても怒られないような場所だということなし。
きっと魔王さんたちも、そうしたいくつもの条件と合致する、開拓地として優良な場所をいくつもピックアップして、その中でどれが一番良いかと比較検討していったことだろう。
それで、いい土地が見つかったのだろうか?
「はい……それが……!」
魔王さん、なんとも言いづらそう。
奥歯にものが挟まったかのようにモゴモゴしている。
アロワナさんも同様で、見かねたかのように一番若いリテセウスくんが切り出した。
「あの、一番の開拓候補地に選ばれたのが、聖者の農場なんです!!」
ん?
「正確には農場周辺の土地と言いますか……!!」
……。
なんだってぇええええええええええええッッ!?
と驚いた俺だが、同時に納得もする。
開拓事業が、優良な候補地を探していることはここまででも散々説明されてきた。
ウチの農場がある土地って、その条件にすべて合致する極めて優良物件なんだよな。
既に俺の農場が築き上げられていることからも開拓地として期待高なのも納得だ。
実績があるってことだし。
……しかし、ここ農場には既に俺たちが住み暮らしているわけですが。
まさか出て行けとかいうわけ?
「けっしてそんな!! 大恩ある聖者殿にそのようなこと言うわけがありません!」
「ここにいる我々全員、聖者様から大変お世話になりました! その事実を忘れて聖者様から土地を奪い取ろうなどと!!」
「そんなことをしたら恩知らずの誹りを受けるのはもちろんな上に、不当に他者の地を侵害するのはまさしく侵略者! せっかく世界が平和になったというのに、そのようなことをすれば再び余波乱れてしまいます!」
三指導者揃って、しどろもどろに弁明してくる。
その姿を見て彼らの気持ちもしっかり伝わったし、厄介事にならずに済みそうだという安心の気持ちも浮かんだ。
「……一言に聖者様の土地と言ってもその周囲は広大です。農場として整えられた範囲の外にもいまだ、緑が生い茂りところどころに川も流れる肥沃な地です」
「そんな温暖湿潤な土地が、農場と人里の間に広がっています。面積にしても丸々一国分になる広さです」
たしかに。
遠い昔のことを思い出す。
俺がこの世界に召喚された時、召喚した王族たちから見ていいスキルを持ってなかったってことで見捨てられそうになった。
その際、俺はみずからの営業能力を駆使して、今農場が広がっているこの土地を買い取ることに成功したんだ。
異世界で土地を買って農場を作ろう、だ!!!!!!!!
まあ、人間国側にとっては開拓もされていない未開地で、二束三文の価値もないんだろうが。
現地についたあとも俺は、王族から干渉されるのが嫌で土地の奥へ奥へと分け入ったんだ。
それこそ一心不乱に奥へ奥へ……。
そうして海が見える最果て、ここ農場ができた場所まで辿りつくのに数ヶ月を擁したように思える。
それだけ延々と進み続けることができたということは、それぐらい広大で奥の深い土地だったということだ。
加えてその広大な地は、豊かな土地でもある。
何せ俺がそうやって一人行軍していた間、その場に生えてた野草や木の実で飢えをしのぎ、その辺に流れる川の水でのどを潤すことができたんだから。
手も加えることすらせず、一定数の生命を容易に養っていけるだけの蓄えがある土地だってことだ。
なるほど魔王さんたちの言いたいことがわかってきた。
農場と人里の間にあるその広大で豊かな土地を、開拓していきたいってことなんだな。
しかしそれらの未開地は、いわば農場と人里を断絶させる城壁みたいなもの。
現状、我が農場はなんか聖域みたいなものになっていて、世人の目からは隔離されるのが基本みたいになっている。
それなのに壁となっている未開地に開拓の手が加えられ、“壁”が薄くなれんばそれだけ農場が俗世と接触する可能性が高くなる。
魔王さんも、アロワナさんやリテセウスくんもそれを恐れて相談しに来たんだろう。
さて、かかる問題に対して俺はどう応えるべきか……?






