1078 異世界首脳会談
人間大統領リテセウスです。
今日は重大な会合があって、招かれた会議室で重要人物たちと額を合わせている。
魔王ゼダンさん。
人魚王アロワナさん。
いずれもこの世界を分割する大国の指導者で、現状人間国を代表する僕を合わせれば、世界全土をカバーできる国土の長が集まったことになる。
つまりは、ここで決まったことはこの世界すべての行く末を決めると言っても過言ではないのだ。
そんな僕たちが一堂に会して何を話すのかというと。
「いやぁ~、ウチの子もお兄ちゃんになったと自覚ができたのかどうか。心なしか顔つきが凛々しくなったように見えましてな」
「わかりますぞ! ウチももう四人目五人目ですからな! 子どもの成長がその辺りが一番目まぐるしいのはわかっていますぞ!!」
魔王さんと人魚王さんは、生まれたばかりのお子さん自慢に花を咲かせていた。
お互い初子でもないはずだが、我が子は何人目でも可愛くて仕方ないらしい。
目じりがやに下がって、デロデロとなっているパパ二名は、各大国の覇王だという威厳もそんなに感じられなかった。
しかし今は、このお二人に限らず生まれてきた子どもにデレデレになっているのはこの世界のそこかしこで発生している現象だ。
この世界では、少々前にベビーブームが起きて、一度に凄まじい数の新生児が誕生した。
人口も当然爆発的に増加。
そしてそれは今日の会議と無関係な話ではない。
むしろそのことが発端となり、いずれは放置できなくなるであろう問題への対策を立てるためにこうした話し合ったのである。
「リテセウスくんのところはどうなのだね? たしかもう結婚はされているんだろう?」
「いえまだ婚約中です……!」
そう、僕にはエリンギアというフィアンセがいるもののまだまだ婚約という間柄で正式な夫婦とはなっていない。
彼女が魔族ということで、人間国のトップに立つ僕との結婚は差し障りがあると、根強く反発する層がいるからだ。
そうした派閥を大人しくさせるのにまだまだ時間がかかりそうで、それまで彼女には婚約者という立場で我慢してもらっている。
さすがに挙式もしてない段階でお腹を大きくさせるわけにはいかないので、昨年の例のタイミングもかなり危なかったが……。
いや、そこは大きく語るまい。
とにかく今、重要なのは……子どもがたくさん生まれたことと、それによって人口も爆発的に増加したことだ。
「これは、のちのち大きな問題になるにちがいありません。国内の生産量、居住面積にも限界はあるのですから」
そう今日、世界の三大王者が集まってまで話し合おうとしているのはこのことだ。
人が増えれば、それだけ消費される食べ物も多くなるし、住むための家もたくさん必要だ。
しかし国土などは限られており、限界を超えれば溢れ出るのは道理。
そんなところで爆発的なベビーブームが巻き起こったんだ。
そりゃ人類いつもどこかで新しい命が生まれていることだろうが、こんなに一度にたくさんということはなかなかあるまい。
今はまだ生まれてきた赤ちゃんたちも小さくて、食べる量も少ないし寝かせるベッドも小さかろう。
しかし時が経てばどんどん大きくなっていって、独立すれば新しい家屋が必要になる。
既に問題は形を表しているのだ。
為政者として十年二十年先のことを見据えて、どげんかせんといかん。
「うむ、我が魔国でも人口増加に備え、魔都の拡張を進めている」
「やっぱり、人が集まるとなると都市部ですからねえ」
言うて、僕より遥かに前から国王の座につき、多くの実績を積み重ねてきた魔王さん、人魚王さんだ。
きっと世の中の流れを読み、かかる問題への対応を進めてきたのだろう。
「アロワナ殿の方はいかように?」
「我が人魚国の首都は超巨大魚ジゴバの腹の中ゆえ、そう簡単に拡張はできない。しかし我らの国土である大海そのものは大きく無限だ。その中で居住に適した海域で新たな都市を建てようと考えている」
へー、そんな方法があるのか。
アロワナさんの話を聞くと、そうした衛星都市的な人魚たちのコロニーはいくつかあり、それをまた一つ新しいものを建設しようという政策らしい。
「なるほど、それは理に適っておりますな」
「それにもう一つ……、人魚族には新たな新天地がありますので……」
「?」
アロワナさんがポロリとこぼした言葉に僕は、何やら不穏さを感じた。
「長年の研究が実を結んで、プラティが開発した最上級陸人化薬が安価に量産できる目途がついた。もちろん陸人化から戻るための解除薬も……」
「ん?」
「これを市販化すれば、市民層の人魚たちも気軽に陸人化して、地上というフロンティアへの挑戦を……」
おいおいおいおいおいおいおいおい!!
ちょっと待ってくださいよ!
そうなったら海の人口が減った分だけ地上の人口が増えるって話じゃないですか!
こちらだって増加する人口の対処に追われているんだから困りますよ!!
「うぬ……やはりそうか……!?」
「人口の問題だけでなく、簡単に国境を越えられるようになるのは治安の面でも不安があるな。海の方からは自由に出入りできるが、地上の者たちはそうもいかないというのがなおさら問題だ」
なるほど魔王さんの言う通りだ。
人魚族の中にも犯罪者はいることだろうし、そういう者たちからすれば地上はよさげな高飛び先になろう。
技術の進歩によって行動範囲が広がるのはいいが、法による制御は当然できていなくてはならない。
「うむ……そうだな。最上級陸人化薬は今しばらく市販を延期し、その間に入念な法整備を整えることにする」
「よしなに頼む」
魔王さんも、さっきまで和気藹々と会話していたのに、政治の話になれば打って変わって厳しい眼差しになるのはさすがだ。
「人口増加に伴う問題はかねてから予測されてきた。戦争が終結したことにより平和な時代になれば、自然と人が増えるのは自明の理であるからだ」
たしかに。
魔王さんは戦争に勝利しながらも浮かれることなく、その次にやってくるだろう問題に備えていたのか。
……為政者として尊敬する!!
「なので対応策はいくつか候補が上がっていたものの、思わぬ突発事態から予想より遥かに早く問題が表面化し始めてきた。ここに至っては候補に挙がっていた対応策を前倒しに発動するしかあるまい。もっとも現実的な方策からな」
そのために我々を集めたんですね?
別に作戦があるなら魔国単独で実行に移せばいいことだ。
しかしそれが魔国単独では難しいか、世界全体で足並みをそろえて進め行く方が効果的だからこそ、こうして他二国のトップに話をしているんだろう。
「話が見えてきましたぞ。魔王殿、魔国はどのような考えをお持ちなのかな?」
アロワナさんも合点が行ったらしく前のめりで話の先を促す。
それに応えて魔王さんが……。
「うむ、魔国はこれより開拓事業を国策の一つに加える所存だ」
開拓事業!!
たしかに人口が増えた分だけの生産力と居住地を確保するために、もっとも真っ当な対処法だ。
村の外や街の外、これまで手付かずだった土地を開いて家を建て、あるいは畑にし、人が生きていくための領域を確保するんだ。
「なるほど! 単純ではあるがこれほど効果的な方法を立案するとはさすが魔王殿ですな!!」
「既に専門のチームを立ち上げ、優良な開拓地の候補を探させている。いくつか候補も上がっていて、これから時間をかけて選別していくつもりであったが、昨今の出産ラッシュのお陰でそのための時間も捻出できそうになくてな……」
魔王さんは、深刻そうに眉間にしわを寄せながら……。
「現在、もっとも開拓地に適した最有力候補がここだ」
そう言って魔王さんは世界地図を広げ、指でその地点を指示した。
ほう、ここが!?
魔族領とも言えなくもないがギリギリ人間領にも近いな。
なるほど、それで僕やアロワナさんに提案してきたわけか?
これだけ両国と近ければ、魔族人族間で示し合わせて共同で開拓作業に乗り出すことができる。
人魔融和の一事業としての意味合いを持たせることもできるな!
わかりました魔王さん!
この開拓事業、新人間国にも一枚噛ませてください。
「この位置は……!?」
その一方でアロワナさんは魔王さんの指示した地図の位置を見詰めていた。
額に汗を浮かべて。
……どうしたんですお二人とも?
「リテセウスくんは気づかないのか?……いやそうか、キミは転移魔法でしか行き来したことがないからわからないのか?」
「転移魔法は便利だが、そういうところが弱点でもあるな。いいかリテセウスくん、よく聞いてくれ……!」
お二人のその意味ありげな口ぶりから僕もすぐに察しがついた。
ついてしまった。
魔王さんが指示した開拓地の最有力候補は……。
……聖者様の農場があるところだった!






