1071 新旧神王再会
久々に娑婆に戻ったゼウスだぞ。
しかしそんな我が前に、思ってもみない相手が立ちはだかった。
クロノス……!
ティターン神族の王クロノスだと!?
ヤツはこのゼウスの実父にして、我らの一代前に世界を支配していたティターン神族の長。
遥か昔、余は兄弟姉妹の神々と力を合わせてクロノスと戦い、そして大勝利を収めたのだ!
それによって我らオリュンポス神族は世界頂点に君臨し、このゼウスも神の王となることができた!
そしてクロノスは、配下のティターン神族共々地中深くのタルタロスに幽閉されることになったのだ!
そんなクロノスが何故外に!?
封印が破られたのか!? そんなバカな!?
『お前と一緒にするな。施された封印を綻ばせ、その隙間からゴキブリのように這い出すなどと惨めなマネを、このティターン神族の王クロノスがするものか』
はぁああ!?
バッカそれだとたった今封印の綻びから這い出てきた余がゴキブリみたいじゃねーか!
ああ、そういう皮肉か!
『余は、公式に開放されたタルタロスから大手を振って出てきたのよ。封印期間も充分長くなってわだかまりを解けただろうという万象母神ガイアの判断だ。要するにお勤め終了ということだな』
なんだって、ズルい!!
だったら余だってお勤め終了でいいじゃないか!!
敗北したティターンの長がそんな扱いで今、盛りの限りにあるオリュンポスの長である余を優遇しないなんて間違っている。
『いや公正だろうよ。お前とパパ上じゃ、やらかした罪と服役期間が段違いだわ』
『お前この世界滅ぼしかけたって自覚あんの?』
というのは傍から見守ているポセイドス&ハデス。
お前らこそ何のんびりしているんだ!?
父神クロノスは我々全員にとっての宿敵ぞ!
今思い出しても鮮明に浮かんでくる……我々兄弟が力を合わせて立ち向かった、強大なる敵クロノスの恐ろしさを……!!
我らオリュンポスの兄弟神が力を合わせてなお抗しきれず、地下に住む禁断の魔神キュクロプスやヘカトンケイルに助勢を頼んでやっと優位を取った。
クロノス本人に対しても正面からは絶対勝てないので、姿隠しの兜でインビジブルになったハデスがクロノスの武器を奪い、丸腰になったところでポセイドスが三叉の戟で串刺しにし、動きが留まったところでこのゼウスが雷霆を一秒間に十八連打してやっと倒すことができたんだぞ。
まさにあれは我ら兄弟渾身のコンビネーションでワンツースリーだった。
そんな強敵が解き放たれて自由になったというのに、お前らそんなのほほんとしている場合か!?
報復があるとか考えないのか!?
……いや、待て。
これはよく考えたら逆転のチャンスでは?
クソ怖くて強いクロノスが我らの前に現れたのだ。
認めたくないがクロノスの神権は我らより遥かに上、余やハデス、ポセイドスそれぞれ単体じゃとてもじゃないが太刀打ちできない。
かつてのティタノマキア(ティターン神族との戦争)がそうであったように、我ら三会神が力を合わせてやっと倒せる相手なんだ!
ハデスもポセイドスも、そのことは重々承知しているだろう!
だからこそ今は、クロノスに対抗するためにも余の協力は必要不可欠!
きっとこれまでの蟠りは一時横に置いて、力を合わせてくれるはずだ。
これこそ、より強大なる敵に立ち向かうためにかつての敵と手を結ぶ熱い展開!!
少年漫画あるある!
そしてクロノスを倒したあとも我々は熱い友情で結ばれ、余も正式に封印解除されて天界の王に戻れる!
完璧なプラン!!
よぉし! 親愛なる我が兄弟たちよ!
この天界の王! オリュンポスの最強神ゼウスが駆け付けたからにはもう安心だぞ!
力を合わせて、過去の亡霊を吹き飛ばそうではないか。
『了解、冥王翔吼拳』
ぐぎゃっはぁあああああああああああああああああッッ!?
痛い痛い痛い!?
ちょっと何なのよハデスくん!?
兄弟神に対してリミットぶっちぎりの超必殺技を当てに来るなんて!?
『過去の亡霊を吹き飛ばそうと言われたのでその通りにしようかと』
違う! 違うよ!!
吹き飛ばすべきなのはあっちのクロノスだよ!
というか戦争時にあんだけ苦しめてきた敵神が目の前にいるというのに何でそんなに落ち着いているんだ!?
臨戦態勢だろうそこは! 平和ボケしてるんじゃねえのか!?
『おや、我らとしては充分に臨戦態勢のつもりなんだが?』
『忌むべき怨敵が目の前にいることだしな』
なんだ、お前らわかってるじゃないか。
……ん? それでなんで二神とも、視線を余に集中させておるのかな?
とと、とにかく!
今ここにいい具合に我ら三兄弟神が揃っているのだ!
かつての神代戦争の時のように一致団結してクロノスを倒そうじゃないか!
レッツ、ボス戦!
『三百倍海王拳かめはめウェイブ』
うぎょっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!
だから! なんで余を攻撃する!?
倒すべきは我らの父クロノスであろうが!
『お前な……少しも現状把握できないのかアホゼウス?』
はい?
『我らはクロノスパパととっくに和解してるんだよ。でなきゃタルタロスから解放されているわけがないだろ。たしかに数万年の昔には熾烈な戦争を繰り広げた相手であるが、それも過去のこと。度重なる話し合いの末すっかり水に流して打ち解けているよ』
『今じゃ一緒にマ○カープレイするほど仲がいいよな!』
『空中ダイビングしてる途中に赤甲羅ぶつけられた時はティタノマキア再勃発させようかと思ったがな』
ハデス、クロノス、ポセイドス。
三神ガッシリ肩を組んで仲睦まじさをアピール。
何なんだコイツら!?
かつて下した敵にそんな媚を売って、情けないとは思わんのか!?
『パパー、肩たたきするねー』
『パパー、お年玉ほしいなー?』
ええいやめろ気持ち悪い!
息子どころか、下手すりゃひ孫の孫すらいるようなジジイ神が、親に甘えるな!
いや、しかし……。
このままではハデスとポセイドスだけがクロノスと和解して、敵対しているのは余一神だけってことにならないか?
そうすると必然的に余とクロノスのタイマンに!?
マズい、そんなことになったら敗ける!
十割十分十厘敗ける!
『まあ、そんなわけでゼウスよ。戦争ぶりの再会だな。息災であったか?』
何でもないことのように尋ねてくるクロノス。
その声は、怖いほどに穏やかだ。
『誤解するでないぞ、かつての戦争のことなら恨みには思っていない。戦いに勝敗は付き物だし、敗北するのは運と努力が足りないからだ。それを無視して勝者を恨むなどお門違いも甚だしいからな』
はあ、なんだ……!
そうだよな、そうでなきゃハデスもポセイドスも、あんなにクロノスと仲よくできるわけないもんな。
『しかしゼウスよ。お前は勝ったあとの品行があまりにもよろしくなかった様子だな?』
へけッ?
『勝者の驕りというヤツか? 勝利のために協力してくれた兄弟や仲間を蔑ろにし、勝手に神々の王を僭称し、挙句ハデスに分配したはずの地上を欲しくなって軍勢を差し向ける。挙句には神人に問わず女に手を出しまくり、ヘラの嫉妬心を呷っては二次被害を頻発させる。やりたい放題だな?』
く、詳しいですね?
ご自分が封印されている最中のことを……!
『多くの神が愚痴交じりに教えてくれたぞ。中にはお前と浮気相手との間に生まれた子どもだというヤツも少なからずいた。自分の子どもたちからも慕われていないとは、私の言うことではないが徳が足りんな、愚息よ』
そそそそ、そりゃそうだよ!
余ら息子らに反逆されて神王の座を追われたクロノスが偉そうに!!
『……まさか、代替わりされてから息子の乱行に恥じる日が来るとは思わなかった。私の個神的な恨みつらみを横においてもお前の振舞いは世界を預かる主神にあるまじきもの。親としての責任をこんなに痛感させられるとは思わなんだぞ』
やめろ!
真剣に喋るな! そこまで沈痛な面持ちにさせたと思うとこっちが情けない気持ちになっちゃうだろ。
『実際お前が情けないだろう』
うるせえハデス!
『先代の神の王としてではなく父親として、お前にきつい灸を据えてやることが我が務めと悟った。……我が神器、アダマスの大鎌はかつて我が父ウラヌスの男根を切り取った。父に対した用途を息子にも使うことになるとは奇遇とは思わんかゼウス?』
ぎゃぁあああああッ!?
このクソ親父、余を去勢するつもりだぁああああああッ!?
『お前の悪さの八割はそこから出ているようだからな。まさに災いの芽を摘む行為よ。今回はハデスも私から武器を取り上げることはないだろうしな』
『はい! 頼まれても取り上げません!!』
元気よく返事するなハデス!?
って言うか誰のが芽だ!? もっと大きいわい!!
ボケてる場合じゃねえ!
このままだと余の大樹が伐採されてしまう!!
こうなったら逃げるが勝ちだ! 新しい愛人を三億人こさえるまで捕まってたまるかぁああああああッッ!?
……おッ?
なんだ!? 体が動かん!?
どうして指一本動かせん!
大神たる余の動きを封じるとは一体どんな大秘術なのだ?
とか言ってるうちに背後から気配?
体が完全に動かないので首を回して確認もできないが、後ろから聞こえてくるのは、クロノスの声であった。
『……私が時を止めた』