106 怪事
こうして春の農作業再開からしばらく経って、ゴブ吉から相談を受けた。
「畑仕事が捗っています」
「ん?」
もう一度。……ゴブ吉から相談された。
「畑仕事が思いのほか早く進んでいます」
「んん?」
それのどこに問題が?
ゴブ吉率いるゴブリンチームは、今では古参五人のブレイブゴブリンに、それぞれ九人ずつの部下が付いて五班五十人の大所帯。
同じモンスターでもオークより小柄で手先も器用なため、畑の管理を主に任せている。
雑草をむしったり、害虫を駆除したり、作物が病気にかかっていないかチェックするのが主な業務。
地味な上に日々の継続が必要な大変な仕事だ。
それを担っているゴブリンチーム。そしてそのリーダー、ゴブ吉はまさに我が農場の縁の下の力持ち。
なのだが……。
「ごめん? もう一回言ってみて?」
「畑仕事が捗りすぎて困っているのです」
相談に見せかけた自慢か!?
「俺、こんなに有能すぎて困るわー」っていう系統の自慢か!?
俺の憤懣が表情に出ていたのか、ゴブ吉は慌てて弁解し……。
「違うのです! 詳しく話を聞いてください!」
「ああぁ?」
ゴブ吉は具体的に、畑で起こった出来事を話して聞かせてくれた。
* * *
例えばある日の朝。
ゴブ吉たちは、その日も野良仕事をしようと畑に出ていた。
その日の作業はまず草むしり。
草むしりは重要だ。
生命力の強い雑草を放置しておくと、土の栄養をガンガン吸い上げられて肝心の作物まで行きわたらない。
ウチの農場の土は、ハイパー魚肥で強化されてる分雑草もぼうぼう伸びるということで、特に細やかな管理が必要だ。
と言うわけでその日もゴブ吉たちは雑草との飽くなき闘争を開始しようとしたところ。
既に戦いは終わっていた。
作物以外は綺麗な土色となった畑の脇に、抜かれた雑草がこんもり山積みになっていたという。
* * *
「……それってつまり、キミらが仕事を始める前に誰かが雑草詰み取っちゃったってこと?」
「それ以外に考えられず……! 一応、我が君に相談する前にオークボ殿やエルロン殿に確認してみました」
しかしオークチームもエルフチームも、勝手に雑草を摘み取った者はいないという。
「別部署の仕事を奪ってるわけだからな。そんな横紙破りをするような者が、オークボやエルロンの部下にいるとも思えないし……」
「しかも、こんなことが起きたのは一度限りではなく、たびたび起こるのです。病気の葉を間引いたり、害虫を潰してあったり……!」
「なんと」
「念のため調べてみましたが、作物自体にはまったく触れられていませんでした。奇矯な野菜ドロボー、というセンもないかと……」
野菜を盗っていく罪滅ぼしに、せめて雑草を駆除しておこうとか?
たしかに中途半端に良心的なドロボーだが、作物に触れられてない分、それもないんだろ?
「たしかに奇妙だな。そして不気味だ……」
ゴブ吉の言う「仕事が捗って困惑している」とはそういう意味だったのか。
たしかに自分の仕事が知らないうちに終わっていたら、喜ぶ人もいるだろうが、不気味でもあるだろう。
「我々は、一日の予定を決めて作業に取り掛かります。それなのに当日になって突然その作業がなくなっては、我々も手透きになり、時間を持て余すことになってしまいます」
真面目だなあゴブ吉。
暇になったことを喜ばずに困惑するなんて。
「わかった。俺が農場の主として、この謎に挑もうではないか!」
「我が君!!」
こうして俺は、謎の畑仕事代行者を探し出すことになった。
* * *
そこで、俺がとった方策が……。
「待ち伏せですか」
夜。
俺と一緒に、畑の脇で隠れるゴブ吉が言った。
周囲はもう真っ暗で視界は頼りない。
「犯人が……」
この場合、目標を犯人と呼称していいのか微妙なところだが。
だってこのファンタジー世界、相手が人かどうかも安易に断定できんし。
「……とにかく、何者かがキミらの作業を先取りしているのは、皆が寝静まった真夜中だろう?」
「はい、だからこそ何者かが作業している現場は目撃されませんし、気づくのは大抵朝方です」
「ならばその夜中に待ち伏せし、相手が現れた現場を押さえるのが一番有効だろう。眠いだろうが頑張って起きておくぞ!」
「ムニャムニャ……」
ゴブ吉もう寝とる!?
子どもか!?
仕方ないな。コイツもゴブリンチームのリーダーで日々頑張っている。
その上で徹夜を強いるのは可哀相だ。事が起こるまで寝かせておこう。
「……ん?」
とか思っていたら、早速何かが起こった。
畑の、作物を植えていない休耕区画。その土気色の地面がモコモコと盛り上がって、何者かが土中から這い出してきた。
(はああああああああああッッ!?)
ちょっとホラーな展開に、俺も口の中で絶叫を木霊させる。
気づかれてはいけないと口を塞いだ。
ただ、土中から這い出してきたのはホラー映画よろしくゾンビの類でも泥田坊でもなかった。
ちっちゃい女の子だった。
「ん?」
ただ、人族でも魔族でもないことは一目でわかった。
それら人類系とするにはあまりに背丈が小さく、精々中型犬程度の上背しかない。自分の身長よりもずっと長い髪の毛をズルズル引きずって、しかもその髪は緑だったり青だったりと非常にカラフルだ。
そんな子ども? ……が一人ならず、ワラワラ土中から這い出して来る。次から次へと何人も。
見方によってはやっぱりホラーだ。
土中から這い出してきた女の子たちは、ある程度の数になると互いに目配せし合い、いかにも「今日も一日頑張りましょう」みたいに礼した。
そして「えいえいおー!」と気合を入れて、四方八方に散っていく。
そして彼女らのしたことは、畑に生えている雑草の草むしりだった。
これはもう確定。間違いない。
「現行犯!!」
俺は隠れ場所から飛び出した。
「「「うきゃああああーーーーーッッッ!?」」」
女の子たちはそれに気づいて右往左往。
逃げようとするが、何処に逃げていいかもわからず、闇雲に走った末に互いのおでこをぶつけて轟沈する者までいた。
「うひゃああッ! 朝!? もう朝!?」
そしてスヤッスヤしていたゴブ吉が、この騒ぎで起き出した。
何この可愛い。