1058 勇者vs魔王
納豆によって全盛期の肉体を取り戻した魔王さん!
……という前回までのあらすじを書いても何のことやサッパリわからん。
とにかく魔王さんは小太りの殻を脱ぎ捨てて、再び最強の座に返り咲いた。
そのマッスルな強さに勇者モモコさんも圧倒される。
「フンッ! 魔王極上斬!!」
「ひぃえええええええええええええッ!!」
何せ魔王さんの剣の一振りで、凄まじい勢いの閃光が撃ち出されるのだから。
まるで大砲の十六連射だ。
モモコさんは避けるのに精いっぱいで反撃の糸口もつかめない。
そして目標を外してあらぬ方向へと飛んでいく閃光は、観客や他出場者の皆さんに危険が及ばぬよう、オークゴブリンのスタッフに受け止めてもらう。
「つ、強すぎる!? これが魔王の力だっていうの!?」
「さあ、どうした勇者よ! 人魔戦争から待ち望んできた決戦が実現しておるぞ! 悔いの残らぬよう全身全霊を上げて臆さず挑むがいい!!」
しかしながら納豆で全盛期の強さを取り戻した魔王さんは、そうやすやすと倒せる相手じゃない。
……いや、この圧倒的な凄まじさは全盛期以上じゃない!?
今の魔王さんの凄まじさは神懸かりだ。
これも納豆の力なのか!?
「ふははははははは! この血沸き肉躍る高揚! 戦場でしか味わえぬ激情に身を預けるのは久々だ! この気持ちを呼び起こしただけでも感謝すべきだな勇者よ!」
そう言っている間も聖剣から放たれる閃光は途切れる間もない。
こんなのがMAP兵器的な存在が戦場にいたらさぞかし絶望だろうよ、敵兵にとっては。
そんな全盛魔王さんのやりたい放題ぶりに、観客席の人々も呆然としている。
噂話や武勇伝でしか知らない魔王の豪傑ぶりを、実際その目で確かめているのだから当然と言うべきか。
「これが魔王様の力……!?」
「このお力で魔王様は、私たちをお守りくださったのね!」
観客席にははるばる魔国からお越しくださった魔族の観客さんもいらっしゃる。
そんな彼らにとって、図らずも目の当たりにした全盛魔王さんの雄姿はさぞかし衝撃的に映ったことだろう。
一方、そんな最強魔王さんにブチ転がされるばかりの勇者はというと……。
「ぐおおおおおおッ!? これが魔王の力!? やはりラスボスは半端じゃないのね!」
モモコさんは逃げ惑うことしかできない。
勇者としては忸怩たるものがあろうが、その瞳は勝負を諦めたものではない。
「大体ズルいのよ! 納豆でマッスル化なんてドーピングじゃないの!? 薬物で身体能力を向上させてるんだからドーピングよね!?」
納豆は薬物ではないです。
発酵食品です。
「こんなところまできて豆類に翻弄されるの私の人生は!? いいえ、諦めちゃダメよ、納豆にもどこかに攻略法が隠れているはず……」
納豆よりも魔王さんの攻略法を追求してください。
「はッ! そうだわ!」
何か閃いた?
「野菜屋さーん! 野菜屋さん!」
モモコさんが呼びかけたのは出店エリアにある野菜屋だった。
我が農場で作られた野菜の一部をそこで直売している。
なかなかの人気で俺も生産者として鼻が高い。
しかしモモコさんはこの戦闘時に、野菜屋さんに呼び掛けてどうするんだ?
まさかこんな時に買い物か?
「へーい、いかがいたしました?」
呼びかけに応じて顔を出したのは販売員担当のゴブリンだった。
わざわざ呼ばれたらちゃんと対応して律義だな。
「大根を! 大根をちょうだい! 一本丸ごとよ!!」
「毎度ありー」
注文には素直に応えてゴブリンは大根の一本を投げ込む、勝負の場へ。
「よぉーし、これさえあれば! 勝利の道筋は見えたわ!!」
「なんだと!?」
一体モモコさんは、大根でどんな逆転劇を展開させようというんだ!?
「まずはこの大根を切り刻んで……! うおりゃああああああああッ!!」
モモコさんは、自分の聖剣をぶん回し、大根を細切れに切り刻んでいく。
……いや。
細切れに収まらない。
細切れ以上にさらに細かく切り刻む!
もはや破片すら残らないほど切られまくった大根は、その身に宿した水分も内包しきれず漏れ出して半固体半液状のような状態になっている。
……つまり、これは。
大根おろし!?
「そう、大根おろしよ! そして大根おろしとあえた納豆を食らえ!!」
「おおおおおッ!? 大根おろしのアッサリ爽やかな風味が、納豆のネバネバカントある意味対極でありながらお互いのよさを引き出しあって、素晴らしい食感を織りなす!? 納豆にこのような食し方があったとは! まさに納豆の無限の可能性!!」
また納豆が、その意外なまでに何にでも合う万能性を発揮している。
何にも合わないと思われつつ何にでも合うんだよな。
その納豆の万能選手ぶりを再確認しつつ……結局モモコさんは何がしたかったんだ?
これだとただ単に納豆の新たな食し方を紹介しただけに留まるが?
「ぐ、ぐおおおお……!? 何だこれは!?」
どうした!?
納豆の大根おろし添えを食した魔王さん、急に苦しげに呻きだした!?
「かかったわね! ヒトから勧められたものを不用意に食べるからよ!」
とモモコさん。
もしや……毒?
いやさすがのモモコさんでもそれは卑怯すぎるか?
ちゃんと超えてはいけないラインはわかってくれてるよな?
信じていいんだよな!?
「大根にはね、ジアスターゼという消化酵素が含まれているのよ。その酵素は納豆菌が生み出すネバネバを断ち切る! 納豆のネバネバが苦手な人は大根と一緒に食べればいいというわけよ!」
そして大根の中に含有されるジアスターゼが納豆と絡みやすくするには大根おろしが最適。
その効能によってネバネバが浄化された納豆は……。
「ぐおおおおおおおッ!? ネバネバが消し去られ、我と納豆との絆も分断される……!? うおおおおおおおッッ!?」
魔王さんも、筋骨隆々の肉体が緩み、ふくよかな肥満体へと戻っていく!?
納豆の効能が切れたのか? ネバネバが拭い去られたことによって!?
「思った通りね! 納豆の効力によってマッスル化したなら、その納豆を無効化してしまえばマッスルも解除されると思ったわ! 前の世界で読んだ美容本(納豆ダイエット編)の知識がこんなところで役に立つなんて! これが現代知識無双ってヤツなのね!」
まさか納豆の大根の食べ合わせが異世界で取り上げられるなんて誰も予想しなかっただろうがな。
人生ホントに何が役に立つかわからねえ。
一方、ネバネバが浄化されたことで納豆の魔法が切れた魔王さん。
マッスルな筋肉も再び贅肉に覆われ、小太り中年オジサンに戻ってしまった。
「今がチャンス! 勇者王舞牙!」
「ぐぁあああああああッッ!?」
よくわからん必殺技を繰り出されて、まともに食らった魔王さん、宙を舞う。
これは勝負ありだ。
ついに勇者モモコが、魔王さんに勝利した。
「やったぁあああああああッッ!! 私はついに、ついに魔王を倒したのね!!」
救護班出動!
フッ飛ばされた魔王さんの安否を気遣うが、結論から言って全然大丈夫だった。
すぐさま自分で立ち上がる。
「ふッ、あのような奇策で我が納豆強化を破ってくるとは。さすが勇者と讃えるべきかな」
必殺技を食らった割りには全然死にそうな様子もなく、むしろピンピンしている。
……そうだよな。
別に中年太りしたからって魔王さんの強さが損なわれるかと言えばそんなこともなく、今の状態でも充分強い魔王さん。
勇者渾身の一撃といえども致命傷にいたるとは限らない。
「我も、多くの勇者たちに命を脅かされた頃を思い出して身が引き締まったわ。平和な世となっても忘れてはならぬ緊張感よ」
そう言ってカラカラと笑う魔王さんに観衆から、尊敬の念のこもった拍手が沸き起こった。
どうやら試合に負けても魔王さんの威厳は損なわれなかったようだ。
主催者側としてはホッと一息……。
その一方で勝者になったモモコさんは……!
「これで私は人魚王、人間大統領、そして魔王に勝利した! 実質的に私が世界の王でよくない? ねえよくない!?」
絶頂で調子に乗っていた。
たしかにこのオークボ城で世界の主要な国家元首に勝利してしまったモモコさん。
これ一体どうなるんだ? と思った矢先……。
「ねえ」
「はい? ぐえぇッ!?」
一捻りでねじり潰されるモモコさん。
レタスレートが肩に手を置いた途端に。
「いつまで遊び惚けてるのよ!? 次の掻き入れ時まで自由にしていいとは言ったけれど、もうそろそろ準備の時間よ! さっさと戻って手伝いなさい!!」
と言って知恵の輪みたいに潰れてしまったモモコさんを引きずり、連れて行ってしまった。
……これって結局レタスレートが最強ってオチなのか?