105 ダンジョン果樹園
ヘパイストス神を祭る神棚(こっちの世界の儀式作法は知らないので勝手に作った)に、おにぎりを捧げてパンパンと二礼二拍手一礼。
「神の贈ってくれた『至高の担い手』のおかげで、俺は異世界でも元気に暮らせています。どうかこれからも温かく見守っておくんなまし」
神様への感謝も終了し、改めて春。
新たな一年。
「今年も頑張って生きるぞ!」
「「「「「「おおうッ!!」」」」」」
住人たちと気合いを確認しあって、いざ働く。
冬の間中断されていた作業を再開だ。
取り急ぎ、畑に新作物の息吹を入れたあと、管理はゴブ吉たちに頼んで、俺はダンジョンに向かった。
ヴィールの支配している山ダンジョンの方だ。
* * *
山ダンジョンには、当然というべきかヴィールがいた。
農場が厳寒に晒されている間、コイツは一匹で温度調整の出来るダンジョンに避難していたのだ。
「このやろう」
『あいたッ!?』
俺はダンジョン内で惰眠を貪っているヴィールに蹴りを入れてやった。
普段の女の子モードだったら乱暴は気が引けるが、ドラゴン形態の今なら何度だって蹴りを入れる。
『痛い痛い! 何をするんだご主人様!? これが妻に対する仕打ちか!?』
うるさい。
たった一人で冬の寒さから避難しやがって。
もうとっくに春なんだよ。冬眠してんじゃねえ竜。
『ほう、もう春なのか? ダンジョンの中に引きこもっていたら、外の様子がわからんな』
それもそうだろうな。
ヴィールの支配する山ダンジョン。自然の流れを堰き止められたマナが淀み、その凝縮が時空を捻じ曲げて発生したものだ。
山野をモデルにしてダンジョン化したので山ダンジョンと呼ばれる。
その名の通り、深い山道や森の中といった様相の迷宮。
時空を捻じ曲げているため広さは見た目通りではなく、ヴィールのような主がいるダンジョンは、主の好みや利便に応じて意図的に姿を変える。
ここ山ダンジョンもそうで、ヴィールが寝ているこの区画は、春の陽気でうららかだ。
「……春エリアか」
ヴィールは、ある時ダンジョンを改造して、内部を五つに区画分けした。
通常区画の他に、春エリア、夏エリア、秋エリア、冬エリアの四つだ。
とは言っても主な違いは気温湿度ぐらいで、そうした環境に差異をつけることで発生するモンスターを多彩にしようという狙いらしい。
だが、ヴィールはそこを利用して冬の寒い間、暖かい春エリアで惰眠を貪っていたようだ。
ムカつくのでもう一回蹴った。
『痛いって! もう、ご主人様の意地悪!!』
俺の蹴りから逃れるように、ヴィールは可愛い女の子の人間形態に変化した。
チッ、これじゃあもう蹴れない。
「まあ、春が来たんで農業仕事を再開させようと思ってな。それでここに来た」
「おう、例のアレか? それなら冬場もちょくちょく見に来ていたじゃないか?」
「それを本格的に始めようってことさ。とにかく案内&護衛頼む」
ヴィールはこのダンジョンの主なので、彼女を連れていればモンスターに襲われる心配は皆無。
そこで俺は、ある計画をこのダンジョンで進めていた。
それは……。
「ヴィールの山ダンジョン、果樹園化計画!!」
初めて改造されたダンジョンを訪れた時、様々な気温湿度によって区分けされたエリアを見て思ったのだ。
『この環境差を利用して、色々な作物を効率的に育てられないか?』
と。
作物の中には厳重な環境管理が必要なものもあり、夏の長雨、冬の寒波などでダメになってしまう例も多いと聞く。
しかし、ダンジョン内ならマナに歪められた疑似空間で環境をしっかり管理できるし、突発的な異常気象に怯える必要はない。
山ダンジョンだから一応日光も当たる。そこが先生の洞窟ダンジョンとの最大の違いだな。
しかし同時に山ダンジョンは農業を行うための不利もあった。
だって山だもん。
田んぼや畑にできる平地が少ないというかまったくない。
そこで俺は、山ならでは斜面を農地に変える手段を考えた。
木だ。
木ならば斜面にも充分に根付いて育つ。
木に実るものといえば果実。
俺はそれまでフルーツの類にまったく手を付けていなかったことを思い出し、これを機に果樹園作りに挑戦してみた。
美味いものが食えるならばとダンジョン主のヴィールも二つ返事で了承。
そうして山ダンジョンの各季節エリアに『至高の担い手』で芽吹いた果樹の苗を植えて行ったのが、前年の冬前のこと。
ハイパー魚肥も丹念に撒いたが、それでも相手は木。
どんなに成長促進しても、そんなにすぐ結果は出ない。
と言うことで一冬越しての成果調査。
その結果は……。
「おおう、実ってる実ってる」
春アリアでは、桃やサクランボ。
夏エリアではパパイヤ、マンゴーなど南国果実。
秋エリアではブドウ、梨、あけび、柿、栗。
冬エリアではミカンにリンゴ。
「各エリアに合わせて植え分けたのが功を奏したなあ」
特に南国植物なんかは常に高温でないと育たないだろうから、農場で育てるのには躊躇していたんだ。
常夏の山ダンジョン夏エリアならば、いつでも高温多湿なんで問題ない。
「果物が手に入って、料理のレパートリーももっと華やかになりそうだなあ」
「本当かご主人様!?」
食い物の話をした途端、瞳が輝くヴィールである。
「じゃ早速、あちこちになってる木の実で美味しいものを作ってくれ! あのまま食べても美味しそうだけど、ご主人様が料理したらもっと美味しいだろうと思って我慢していたんだ!!」
「いや、食うなよ」
ここで育てた果物は、保存して皆で計画的に消費していくんだから。
一度収穫し、総量を計算して、皆に振り分けて平等になる量をしっかり算出しないといけないのだ。
だから、収穫前に勝手にもぎって食ったりするなよ?
「もう一度言うが、勝手に食べるなよ?」
「お、おうわかってるぞ! 言ったことが守れないおれではない! おれは賢いからな! 犬っころとはわけが違う!」
わざわざ犬と比べんでいい。
* * *
後日。
渋柿を食って悶絶しているヴィールが発見された。
もちろん盗み食いだ。
さらにそれを発見して俺に知らせたのは巡回中のポチ(狼型モンスター、ハイリカオン)だったというおまけまでついた。
本当にバカだなあヴィールは。