1057 魔王復活
第四関門の試合が終了し、会場はブーイングの嵐だった。
何故かって?
試合を制したモモコさんの勝ち方があまりにダーティだったからだ!
当然ながら『悪が勝つ』などという試合結果を見せられた観客は『ふざけんな』とばかりに大激怒。
しかし、そんな袋叩きな状況に陥っても少しもへこたれず、むしろ逆に元気溌剌なモモコさんだった。
「はんッ、どんなにブーイングされようと買ってしまえばこっちのものよ! どんなに汚くても、最終的に、勝てばよかろうなのよ!!」
バーンと言い切るモモコさん。
ヒールが板につきすぎている。何かしらの経験でもあるのかと思えるほどだ。
「あ、一応言っておくけど彼が私のお尻を触ってたってのはウソよ! 私が、彼の隙を引き出すためにした揺さぶりよ! 彼は敗者であっても女性を脅かす犯罪者でないことは私が保証するわ!!」
それを今さら彼女の口から言われてもなんだよなあ。
「……彼女の言う通りです、この程度のブラフで我を忘れ、自分を見失うようではまともな駆け引きなどできません」
あッ、リテセウスくん!
フッ飛ばされはしたが無事だったか!!
「僕はこれから人間大統領として海千山千の曲者どもと渡り合っていかないといけない。人間大統領として。そんなときに今のような、僕の品位を落とす卑劣な中傷も出ることでしょう。その時にいちいち動揺していたら相手の思うつぼ。僕は思うような事態の進行ができなくなる」
「ちょっと私が卑劣な中傷したみたいなこと言わないで貰えます!?」
実際に卑劣な中傷だっただろうが。
「今日は僕にとっても大きな教訓となりました。得難い経験に感謝します」
「それはどうも……ところで? 大統領?」
リテセウスくんのセリフから出てきたフレーズに引っかかった様子。
「あの、たしか新しく独立し直した人間国は、王制でなく大統領制とか……?」
「はい、身に余る光栄ながら僕が初代大統領に選出されました。これからもよろしくお願いしますね」
モモコさんは気づかなかったのだろうか?
まあ国家元首といえども、前の世界みたいにテレビやらネットやらで頻繁に顔写真が出回るような世の中でもないしな。
それでも名前で気づいてほしいと思わないではないが。
「誠に失礼いたしましたぁー!!」
ジャンピング土下座するモモコさん。
「知らぬこととはいえ偉い人にそんな無礼な!! すべては出来心なんですどうか穏便に済ませてくださいぃいいいいいいッッ!!」
「何をそんなに怯えていらっしゃるのかな?」
権力にはひたすら弱い勇者だった。
そんな勇者さんもリテセウスくんを下し、第四関門を無事突破。
……くどいようだがそんなルールだったかな?
とにかく次なるは第五関門。
この辺りでそもそも最終関門になってくる。
第一第二辺りは習慣化して内容固定されているが、先に進むと変化を楽しめるように毎回違ったアトラクションになっていて、かつその数も毎回まちまちなのだ。
オークボ城のアトラクション総数は大体五~六、多くて七、という感じになっている。
今回もこの第五関門が最終ということで……。
「よくぞ参った、勇者よ……!!」
そこに待ち受けていたのは他でもない魔王ゼダンさん。
地上の覇者、当代の英雄だった!
「アロワナ殿、リテセウス殿を退けて我が下まで辿りつくとは見事!……そのための振舞いが少々好ましからざるものではあったが……!」
魔王さんの言う通り。
アロワナさん戦では彼の庇い慣れていない足を執拗に攻め……。
リテセウスくん戦ではウソの罪を被せて動揺を誘う……。
お世辞にも清廉潔白とは言えない戦いぶり。
これが勇者の戦い方か!!
「たしかに……私のこれまでの戦い方はけっして清らかとは言えないわ。それはまさにこれまでの私の人生のごときもの」
ある日、いきなり有無を言わさず異世界に召喚されて、戦争に放り込まれる。
言われるままに戦わなければ生き残ることも難しい。
勇者などと誉めそやされても、その実は戦乱の下に存在を認められた殺戮者に過ぎない。
その戦争が終われば途端、犯罪者として追われ。
何とか許されてももはや持てはやされることも敬愛されることもなく一般人として再スタート。
その道のりも決して平たんなものではなかったろう。
「それでも私は今日まで一生懸命やってきたわ! 勇者としてでなく、この世界に生きる一人の人間として! だからこそ私は、勇者だった時代に決別するためにも魔王、アナタを倒すわ!」
え? どうして?
「勇者だった頃、私は『魔王を倒せ』と命令されて戦った! 魔王を倒し世界に平和を取り戻せと! 所詮それは人族側から見た一方的な正義だと今ではわかる! それでも、それを目標に戦ったあの日々に、目標達成して一定の区切りをつけたということで完全なる決別を果たすのよ!」
「我との戦いはけじめというわけか、よかろう……!」
魔王さんが怒聖剣アインロートを抜き放つ。
「終戦よりもはや幾星霜。辛く厳しい時代を皆が過去のものとして決別し、前に向かって進んでいる。それでもなお過去との縁を切れずにおる者がいるなら、未来を見ることの手伝いをしてやるのもまた魔王の務め……!!」
そしてその切っ先を挑戦的に向ける、勇者へと。
「さあかかってくるがいい! 我こそ魔王! お前たち勇者が追い求めた手柄首ぞ!」
「挑戦を受けてくれて感謝するわ! ……ええと、でも……」
「? どうした?」
「アナタ、その体で戦えるの?」
モモコさんが危惧するのももっともなこと。
どういうことかというと現在の魔王さんは戦時とは見る影もないほどにでっぷり小太りしていたからだ。
戦争が終わってから魔王さんは内政に力を注ぎ、魔王軍の全権も腹心に預けて戦いに出かけることもなくなった。
そもそも戦乱勃発すること自体がないし。
そうして体を動かす機会も失われ、かつ結婚もして家族に恵まれたことで幸せ太りも加速。
今のふくよかな魔王さんがいる。
「自分で挑んでおいていうのもなんだけど、今のアナタじゃとてもキレのある動きもできなさそうだし、簡単に倒せちゃうんじゃないの? 私を舐めないでよ。現職柄、今でも全盛期と同じだけの動きはできるわよ!」
「ふふふふふ……。たしかに我はかつての闘争心を失ってしまったやも知れぬ。愛する妻たちを迎え、子宝に恵まれ、彼女たちの囲まれた今の生活はこの上なく穏やかだ」
「何よ自慢!?」
モモコさんひがまないで。
「しかし、だからと言って戦いに明け暮れたあの日々を忘れたわけではない。むしろ勝ち取った平和を守るため、必要ならばいつでもあの飢えた虎狼の心持に戻る準備はできている。この……!」
魔王さん?
聖剣の他に何かを取り出した!?
「納豆を持ってな!!」
「何故そこで納豆!?」
モモコさんもビックリ。
俺もビックリだ。
このタイミングで納豆が出てくる!?
「この納豆は、かつての我に闘争心を思い出させてくれた! 満点の栄養! そしてネバネバの食感! 聖者の農場から産地直送よ! これを体に摂取した時、我が細胞の一つ一つが戦闘態勢に入る!!」
そう言ってワシャワシャ納豆を掻き込む魔王さん!
よく噛んで喉奥へと飲み込む、その時魔王さんに凄まじい変化が!?
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
魔王さんの全身から凄まじい覇気が!?
爆発したかと思うような勢いでオーラが迸り、魔王さんを覆う!
さらなる信じがたい変化が!
それまでちょっぴりの贅肉に包まれてプヨプヨした印象だった魔王さん。
そのふくよかな体躯が見る見るうちに引き絞られていき、筋骨隆々のマッスルボディへと変貌していく!?
そして出来上がったその姿は……!
かつて俺が出会ったばかりの、眼光鋭く闘気溢れた魔王さんだった!
「なななッ、小太りオッサンが数秒のうちにマッスルウォリアーに早変わり!? 一体どういうことなの!?」
モモコさんもこの激変にただただ驚き戸惑うばかり。
俺だって驚きだ。
「納豆にこんな効能があるなんて聞いてないわよ!? 食べただけでこんなムキムキマッチョになるなら私だって毎日納豆食べるわよ!!」
俺もそうする!
「無論誰が納豆を食べようとこのような効果は得られまい。しかし我と納豆の間には、余人にはない特別な経験があるからこそこのような奇跡が起こせるのだ」
ああッ!?
その言葉に俺は心当たりがあった。
かつて魔王さんは、その当時から太り始めを気にしてダイエットに挑戦したことがあった。
それがひたすら無茶な方法で、ドラゴン&天使と本気の闘争をしながら合間にラーメンと納豆を食べる……というものだった。
説明だけだと『何でそれがダイエットになるんだよ?』と言われそうだが、たしかにそれで一時期魔王さんはダイエットに成功したんだ。
でもすぐまたリバウンドしてしまったけれど。
「その時の記憶が、納豆と結びつき食すだけで我が肉体の筋肉を呼び起こすのだ! これが納豆に宿りし霊力! 我と納豆が合わさりし時、遥か過去に忘れ去られた戦いの魔王が復活するのだ!!」
いつの間に納豆と魔王さんがそんな風に紐づけされていたのか!?
またレタスレートが喜びそうな展開になってしまった。






