1056 勇者vs勇者
そして始まるリテセウスくんと……女の人改めモモコさん? なる異世界召喚者との戦い。
新旧勇者戦だ。
神代の時代、神の血統を宿すことで人知を超える力を得た勇者と……。
現代、異世界から召喚されて同時にチート能力まで付加された勇者。
古き時代と新しき時代が交わる時、物語が始まる。
この対戦カード。
改めて精査すると、思った以上に見ものなのではあるまいか!?
「古き時代の勇者と、新しい時代の勇者か……」
魔王さんも打って変わって真面目な表情になっていた。
「我ら魔族にとっては、どちらも恐ろしき脅威。時代の変遷からけっして出会うことのなかった二者がこうして相対すること、我らも心して見守らねばな」
いついかなる時も真面目な魔王さんの性分は相変わらずだ。
こうして前代未聞の勇者対抗戦の火蓋が切られた。
「はッ!!」
「たぁああああああああッ!!」
ぶつかり合って広がる衝撃波。
リテセウスくんの剣と、モモコさんとやらの剣は鍔迫り合って、双方一歩も引き下がらぬ雰囲気。
「どういうことよ! 聖剣って最強の剣じゃないの!?」
まずモモコさんがクレームっぽい叫びをあげる。
そういえば彼女の剣は伝説の七聖剣のうちの一本なんだっけ?
地上の武器で唯一ノーライフキングにもダメージを与えることもできるという、まあRPGだったら最終装備にして差し支えない水準だ。
当然、一般的な鉄の剣やらとぶつかり合えばポッキーを折るように簡単に破砕できることだろうに、リテセウスくんの剣は真っ向からぶつかり合っても折れるどころか、一歩も引かずに亀甲し合っている、聖剣を相手に。
「この世界に聖剣以上の剣はないんじゃないの!? どういうことよ!?」
「この剣は、地上最硬のマナメタル製でかつ聖者様がみずから打たれた傑作! 聖剣にも劣らないと太鼓判を押された業物だ! そして、その触れ込みは今まさに実証されたみたいだな!!」
うむ、その通り。
あのマナメタル製の剣はまさしく俺のお手製ハンドメイドで、そのため『至高の担い手』の効果も相まって神聖属性も付加されておる。
カタログスペック的に聖剣と同等以上の性能を実現できたと自負しておるよ。
リテセウスくんへの卒業祝いとして贈らせてもらった品だが、もちろん彼一人を特別扱いしたわけでなく、当時の卒業生たちには皆同程度のプレゼントを贈らせてもらった。
『世界のバランスが大崩壊ですのう』と先生からボソリと言われたのが当時の思い出だ。
そういうことで、たとえ相手が聖剣だろうと不利に陥るリテセウスくんではない!!
ゴーゴーイケイケ! 俺の自信作を十二分に振り回すんだ!
「聖者!? またここでも聖者なんて……まさかオークボ城は、聖者と何か関係が!?」
「油断大敵! 一気に押し切るぞ! でりゃああああああッッ!!」
リテセウスくんの攻撃は激しく、怒涛の勢いでありながらも一撃で急所を抉らんばかりに精緻だ。
実質上の農場学校一期生の実力は伊達じゃない!!
大抵の相手は、一秒も持ちこたえられずに突き崩されてしまうのだが、あのモモコさんとやらは防戦に傾きながらもしっかり持ちこたえているので、さすがだ。
勇者の称号はコケ脅しじゃない、ということだろうか。
神から与えられたスキルがモノを言っているのか、あるいは純粋に勇者として踏んできた場数が技量を支えているのか。
どちらにしてもあの勇者さん、口だけの実力じゃないことはもう充分に確信できた。
「ほぁあああああああああッッ!!」
「あろぉおおおおおおおおおおおおッッ!!」
さらにガンガン打ち合う、聖剣とマナメタル剣の金属音。
この展開は、前のアロワナさん戦でもあったな。
激しく打ち合いながらも一進一退で、相対的には互角のまま拮抗している状態だ。
あの時は、モモコさんとやらの奇策で拮抗が破れたが、今回はさてどうなる展開だ?
「むう、このままでは埒が明かないわね……。このままスタミナを消費し続けたらあとにも支障出るし……!」
そうだな。
これあくまでオークボ城のイベントなんだから、あのモモコさんにはこれから先天守閣に至るまでの道のりも考えに入れておかなければならない。
ペース配分が重要というわけだ。
これ以上リテセウスくんと本気のぶつかり合いをして、無為なる体力消耗を続けていたら最終的な勝利はおぼつかなくなる。
「あとには魔王も控えているっていうのに……これ以上ここで消耗するわけにはいかないわね……!」
結局魔王さんとも戦うつもりなの!?
彼女のおかげでオークボ城がバトルイベントと化してるんですが!?
「かといってこの勇者くんは思った以上に隙がないわね……! さっきの人魚王とは大違い」
やめて!
そこでアロワナさんをディスらないで!
「これでまた変な殺法とかを出して却って隙を作ってくれたらいいんだけれど、そうした飛び道具は使ってこなさそうだし……! ……ん?」
「キャー! リテセウス、頑張れー!!」
おっと。
向こうの観客席で一際黄色い声援がこだまする。
あれは……エリンギアではないか。
リテセウスくん同様、農場学校の卒業生で今はリテセウスくんのフィアンセ。
そんな彼女がオークボ城を訪れているのは……やっぱリテセウスくんの応援?
それを受けて、会場で思わぬ激戦を繰り広げるリテセウスくんも照れたように手を振って応える。
それを目の当たりにした対戦者たるモモコさんは……。
「チッ、何なのよ公衆の面前でイチャついて!」
普通にムカついていた。
彼女もそっち側の住人だったか。
「周囲の人々が被る精神ダメージも鑑みず……こういうのを公害っていうのよ! まったく浮かれポンチどもはそういうことも考えに……、そうだわ」
その時。
モモコさんに何やら悪げな表情が浮かんだ。
何か思いついたのか?
こういう時に思いつくものといったら勝負を制するための何かだろうか?
一体何をするのかと訝しんだ矢先、モモコさんは大きく息を吸って……。
「……痴漢よぉおおおおおおおおおおッッ!!」
と声の限りに叫び散らした。
痴漢!?
痴漢ですって!?
「この人が私のお尻を触ったんです! 偶然じゃないわ絶対ワザとよ!!」
「えええええええええええええッッ!?」
何を言いだすんだ!?
モモコさんとやらが指さすのは真っ直ぐリテセウスくん!
リテセウスくんが彼女の……を触った!?
マジに!?
しかしながら二人の攻防は超スピードで、腕の動きも目で追えないくらい早いし正直、残像ぐらいしか確認できない。
だから触ったか触られたかというと『どっちかわからん』というのが一般人の感想だ。
しかし、一目瞭然でないからこそ女性側の証言は重みを増す。
こういう場合どう足掻いても不利になるのが男性側なのだ。
しかも嫌疑をかけられたリテセウスくんにはさらに危険な爆弾があった。
よりにもよって婚約者のエリンギアが観戦しているのだ!
社会的信用だけでなく家庭崩壊の危機!
事実、さっと表情が変わっているエリンギアに、リテセウスくんは慌てて駆け寄る!
「違うんだ! あんなことを言われても何かの間違いでしかなく……僕は誓ってそんな破廉恥な行為には及んでいない! 故意にはもちろん偶然でもそんなことはしない! 信じて!」
「リテセウス……」
「何だい!?」
「うしろ、うしろ」
指摘された時には既に遅し、婚約者に弁明しようとがら空きになった背中へ、モモコさんとやらの容赦ない攻撃が。
「背面強襲斬!!」
「ぐわぁああああああああああッッ!」
リテセウスくんは反応することすらできず、まともに食らってフッ飛ばされた。
婚約者に意識が集中していた彼には防ぎようもなく、完璧なる致命傷であった。
「見たか! 恋人の前で痴漢容疑をでっちあげ、勝負どころじゃなくなった隙を突いての必殺攻撃! 女であるからこそ可能な、自分の特性を最大限生かした完璧な作戦よ!!」
悪辣過ぎる。
いたいけで未来ある青年に邪悪な嫌疑をかけるなんて、しかも愛する恋人の前で。
ヘタをしたら彼の人生を潰しかねないし、しかも愛する恋人の前でするなんて一層邪悪だ。
こんなことが許されるのか!?
モモコさんvsリテセウスくんの新旧勇者戦。
勝敗の決め手は吐き気を催すような卑怯極まるだまし討ちであった。






