1054 海の王に挑む勇者
宴もたけなわな俺です。
今年も大盛況のオークボ城。
それが午後の部に差し掛かって一際異様な盛り上がりを見せております。
きっかけは今年から試みの導入したサポート制度。
かねてから午後の部における怪我人の続出は問題視されてきた。
例年、オークボ城『午後の部』では当日参加希望のいわゆる飛び入りを認めていて、それが思わぬ事故や怪我の温床となっていたからだ。
大抵の場合、午後の部から飛び入り参加する出場者さんたちは、その場の雰囲気に乗せられてノリと勢いで参加した初心者の人々。
だからこそ予期せぬ動きや突発的な事態を呼び込み、せっかく来てくださったお客さんに怪我させるのを防げぬ失態を犯していた。
でもまあ大抵の怪我はプラティの魔法薬であっという間に全快するんだけれども、治れば何やってもいいというわけじゃない。
毎年様々な対策が講じられてきたけれども上手くいかず、いっそのこと『飛び入り参加を取りやめにしてはどうか?』という意見まで出てしまうほど。
もはや最後の希望という心づもりで今年実施したのがサポート制度だ。
各アトラクションに経験豊かなサポート役をつけ、初心者の方々が無茶な攻略を行わないように目を光らせつつ、安全なムーブを示して指導してくれるようにする。
サポート役には毎年参加してくれる常連選手たちにボランティアという形で引き受けてもらった。
……魔王さんが率先して名乗りを上げたのは驚いたがな。
アナタ、一国の王様でしょう?
いいんですかそんなにフランクにフッ軽で?
しかし魔王さんみずからサポート役として看板になってくれたらこの上ない効果が期待できる。
まさか魔王に指示されて従わないなんてことはないだろうがな。
そこのところも踏まえて最初の挨拶にも出てもらったが、それが却って裏目に出たようだ。
挨拶を済まして戻ってきた魔王さんに俺は渋面を作った。
「魔王さん……さすがにあの言い方は……!」
あからさまに古参勢が、ご新規さんを煽っているかのような言い方でしたよ……!
あれじゃ逆効果。
反発してサポート役の言うことを真っ向拒否するだってあり得るじゃないですか!
「ぬう、すまん聖者殿……! 古くからオークボ城を嗜んできた先達として、威厳を示しておこうと思ったのだが……!」
それがあんな典型的な古参ムーブになってしまったと!?
魔王さん案外先輩風吹かしたくなる人だったんだな……!
のっけからこんなノリで大丈夫かと不安に駆られた俺だが、困ったことに俺の不安は的中した。
午後の部に参加する出場者の中で、一際生きのいい子がいたのだ。
その子はスタートダッシュの時点で異彩を放っていた。
第一関門サポートを担当したペステガロさんを無視し、平均台の上で走るわ飛ぶわ回るわ炸裂するわ。
まさしくプロの体操選手のようだった。
げにも見事な身体能力であるが、それを迷わず遺憾なく発揮するのはサポート担当者への反発心が露骨に見て取れた。
押さえつけようとすれば反発する。
そんな人間が、世の中には一定の……いや、誰もが一時期そうなるものであった。
反抗期だ!!
「ウチのジュニアたちももう何年かしたら反抗期真っただ中になるのかなあ。怖いなあ……」
「我が息ゴティアもそうであろうよ……。むしろ最近その片鱗が見えだしてな……」
愛する我が子たちが牙を剥く日を想像して恐怖する。
話が逸れてしまったが今の話題は、目下で絶賛反抗期の出場者だ。
女性か。
バリバリに動くからには意外だが、あの運動能力は漢顔負けだな、というぐらいの機敏さでよく動くこと。
それを一緒に眺める魔王さんも興味深げに呟いた。
「あの動きはとても一般人のものではないな。魔王軍にスカウトしたいぐらいだ」
魔王軍は軍縮を突き進めてリストラも断行しまくったばかりじゃないですか。
ダメですよ、そこでまた新たに雇い入れちゃ。
しかしあの女性の動きのよさは魔王さんが惚れ込むのも無理ない。
あの身のこなしは……現役の冒険者さんってところかな?
もしくは忍者?
あの女の人は、次なる第二関門も華麗にクリアし、ついでにそこ担当のサポート役も流れ弾によって薙ぎ倒していった。
第二関門配置のサポート役は、かつて問題になっていたオークボ城のプロ出場者。
強制スカウトで新人間国の兵士として雇い入れたが、今回の役目を与えてその成果いかんでは禁止にしていたオークボ城出場を解禁にしようという話になっていた。
永久出禁というのも可哀想だしな。
しかし彼らは今回与えられたチャンスをモノにできなかったようだ。
それもこれも、あの凄まじい勢いで疾走する女の人が状況を引っ掻き回し続けるからだが。
「ううむ……いかんな、このままでは当初の計画通りに事を進められなくなるなるやもしれぬぞ」
魔王さんの危惧通り。
現に第二関門では、あの女の人の受け流しによって大岩の流れ弾がサポート役を押し潰してしまった。
押し潰したと言っても、大岩に付加された魔法によって触れた瞬間強制転移されるようになっているから命に別状はないが。
それにサポート役も複数名いるから二、三人飛ばされたところでサポート役が完全にいなくなったわけではないから、状況が壊滅したわけでもない。
しかしそれでもサポート役の数が減り、あわただしい状況になってしまったことはたしかだ。
あの女の人の激走が……もしくは暴走が、競技にイレギュラーをきたしているのはたしかだろう。
誰かが食い止めなくてはならない。
「うむ……そういうことであれば第三関門に打ってつけの人材がおりますぞ!」
と言う魔王さん。
どういうこと?
うってつけの人材とは?
そうこうしているうちに女性は第三関門へと突入した。
「あいや待たれい!!」
そこで待ち受けていた人物とは……。
アロワナさん!!
人魚王アロワナさんが現れたではないか!
「私は第三関門担当のサポート役としてスタンバイしていたが。そちらがレディのいきすぎた情熱看過しがたし! この人魚王アロワナがみずから止めて進ぜよう!」
そう言いながら三又の矛を振り下ろすアロワナさん。
ええッ!? それは人魚国が誇る至宝、神槍トライデントのレプリカではありませんか!
そんなものを一般参加者に使うなんて、いくら何でも過剰ですよアロワナさん!!
しかし問題の女性は、迫りくる矛の切っ先を華麗にいなすとバックステップで距離を空ける。
何とも慣れた身のこなしだった。
「研ぎ澄まされた闘気……アナタがここの関門というわけね!?」
違います。
オークボ城でいまだかつてガチバトルが障害となったケースはありません!
しかしながら第三関門ではもうアロワナさんと女の人の対決ムードが出来上がっている!
「そういうことならこっちも遠慮しないわ! 鏖聖剣ズィーベングリューン! 久々の出番よ!」
そう言って女の人がどこからか剣を抜き放つ!?
ホントにどこに隠していたんだ!?
「あれは! 長らく行方が知れなかった七聖剣の最後の一振り!? 今頃になって姿を現してこようとは!?」
なんか観戦する魔王さんが驚いている!
そういやそんなのあったなあ、全部で七本ある聖剣が数足りなくって……。
重大なことかな?
対するアロワナさんも不敵に微笑み……。
「ほう、冥神ハデスが魔族を守らんがために遣わしたという七聖剣……その一振りとは相手にとって不足なし。海神ポセイドスが振るいしトライデントの写し身たるこの矛と、よい勝負ができようぞ!!」
だからよい勝負をするのはオークボ城の趣旨じゃないんですって!!
あの女の人の先走りが周囲にまで影響を与え始めて、一包みになって暴走を始める!?
由々しき事態だ。
これ、誰かが止めないといけないんじゃないのか!?
俺?
とてもじゃないけど止められないです無理ですよ!!
俺は、心は善良な一般市民なんですから!!