1053 素人と玄人の相克
引き続き勇者モモコよ!
いいえ、今この時に限って私は勇者にあらず!
一介の挑戦者モモコよ!!
オークボ城という難攻不落の要塞に挑む、たった一人の戦士!
風車に突撃するドンキ・ホーテみたいなものよ!
……え? ドン・キホーテ?
まあ、いいや。
それに私は、挑戦を決めた当初よりもさらに激烈に燃えているのよ!
何故かって私の負けん気に火をつけたヤツらがいるから!
本当ウザいわよね、マウント取ってくる古参勢!!
ちょっとジャンルにいる歴が長いからって新規参入者を見下してくる理由にはならないのよ!
そんなことして敷居が高くなるだけなんだからね!
新たにユーザーを取り込めないジャンルは衰退していくしかないのよ!!
そう、あの魔王とやら!
オークボ城に何回か出場経験があるのか知れないけど、それを笠に着てマウント取ってくるなんて!!
この私に!
私は上から目線で来られるのが一番嫌いなのよ!!
異世界生活も長くなって勇者期間、冒険者期間、女子プロレス期間合わせても舐められるのが一番ダメだという結論が揺らいだことがないわ!!
この私を素人扱いして低みに置いたことを後悔させてやるわ!!
というわけでセレナ! 超圧倒的好記録での優勝を目指すわよ!!
「魔王様……! 素晴らしい……!!」
ダメだわ。
元々魔王軍にいたセレナは、忠誠を誓うべき魔王さんのことを憧れの目で見上げるばかりだわ。
その様は、それこそアイドルを目の前にしたファンのような。
心の底から陶酔しまくってるわ。
この件に関してはセレナは頼りにならない。
こうなったら私単独の力で、魔王に鉄槌を下す他ない!
そうよ! それこそが勇者の役割なんだから!
最近とみに忘れがちになるけれど、勇者は魔王を倒すものなのよ!
そのレーゾンデートルに懸けて今! 魔王よお命頂戴!
「では我は一旦失礼することにしよう」
と思ったのに魔王!
帰っちゃうの!?
「我も魔王という肩書を持つ以上、軽々しい扱いは許されぬでな。こたびは子羊たちへの挨拶のために表に出たが本来。未知の最奥にて待ち受けることこそ魔王の重鎮たるものよ」
いやこんなイベントに出てきてる時点で充分にフッ軽だと思うけれど。
「我は魔王の重き名に従い、一番奥の関門でうぬらを待つことにしよう。オークボ城で我と握手! を望むならば奮って突き進み、後半戦へと進むがよい」
「それって魔王様の御辺に侍ることができるってことか!?」
「何と栄誉な!」
「最高の土産話になるわ! よぉし、なんとしても勝ち進むわよぉ!!」
ええ!?
魔王とお近づきになるってそんなにステータスなの!?
それなら勇者と触れ合える方がよっぽどステータスでしょ!
ほら私勇者よ!
勇者と一緒に競技に参加できるなんて、一生の記念になるわよ!!
……と思ったけれど、そうよね。
勇者といえども今の私は所詮一介の女子プロレスラーにして、豆屋の王女様に雇われの身。
それこそ地上を制覇した魔王様のネームバリューには足下も及ばないか。
クソゥ! 考えたら虚しくなってきたわ!!
見ていなさいこうなったら、せめてこのオークボ城の中でも一騎当千の活躍を果たして皆の心に引っかき傷を刻んでやるわ!!
私の名前を描いたひっかき傷を!
さあ、そうしてついに開幕よ。
オークボ城午後の部!
数百人に及ぶ飛び入り参加者たちが群れを成して突き進むわ!
私のその中の一人に交じっている!
そして目の前に早速現れたのは、地面を断絶するお堀とそこへ渡された平均台!
第一関門の綱渡りね。
あの細い平均台を橋代わりにして、お堀の向こう岸を渡れば勝者よ!!
「ハイハイ皆さん落ち着いてー、一旦止まりましょうねー」
そう言ってお堀の前で立ちはだかったのは、何の変哲もないオジサン?
この人が第一関門に設置されたサポートの古参勢だというの?
「私はペステガロ。こう見えてもオークボ城に毎年出場している常連さ。オークボ城と出会う前は何とも味気ない人生を送っていたものだ。しかし毎年オークボ城に参加するという目標が出来たら一日一日に何とも張り合いが出てね! 妻は惚れ直してくれたし子どもらも尊敬のまなざしを向けてくれる! オークボ城で我々の人生が変わったと言っても過言ではない!!」
はいはい。
オジサンの半生振り返りはいいから、さっさとこの第一関門通らせてくださらない?
「待つんだ!! 慌てる心こそ大敵! ここは私の指導に従って安全確実に第一関門をクリアするんだ」
そんなオッサンの制止を聞かず、幾人かの挑戦者たちが平均台へと踏み込む。
全力疾走で。
全力疾走?
無論そんな無茶な足並みで細い足場を踏み込みきれるわけがなく、当然のように踏み外してお堀の底に真っ逆さま。
奈落へと落ちていくのだったわ。
「いや落ちないですから! お堀の底には魔法が仕掛けられていて安全な場所へ転送されることになっています! それでもみだりな落下は思わぬ事故へと繋がりかねないために充分気をつけねば!!」
オッサンが真剣に指導に携わる。
「いいですか! 平均台を渡るには速さよりも慎重さの方が大切です! 一歩一歩を確認しながらバランス感覚を大切に! 人生と同じですよ!!」
もっともらしいことを言うのがいかにもオジサンだわ。
しかし私は怯まない。
何故なら私は勇者モモコ。
これぐらいの綱渡りは数え切れないほどある人生だったわ!
「最高速! でりゃぁああああああッッ!!」
「ああ、言った傍から! なんでアドバイスを聞かない人が一定数でてくるんだ!?」
私もまた全力疾走で平均台に足を踏みかける!
そしてまったく減速せずに、そのまま平均台の上を駆け抜けるわ!!
「な、なにぃーッ!? 最高速度を少しも損なうことなく平均台を駆け抜ける! なんというバランス感覚か!」
それだけで終わりにしちゃ勇者として物足りないから、もう一捻り加えるわ!
平均台からジャンプして、宙返りからの前転側転、さらにはトリプルアクセル!
着地も見事!
まったくブレがなく、両手を上げて成功を示すと、客席から万雷の拍手が巻き起こったわ!
「す、凄い! 平均台を落ちずに渡ることが趣旨のアトラクションが、まったく別の意味合いになってしまった!!」
そう言うことよ!
この私の勇者的身体能力を持ってすれば、平均台渡りに独自のアレンジを加えて身体的パフォーマンスに変えることも造作もない!
何ならもっとサービスしてあげようかしら?
あえて逆戻りしてバク転! ムーンサルト!
さらにアクロバティックな演出も……。
「すみませーん、あとがつかえてるんで!」
「先に進んでもらえますかー?」
あッ、すみません!
そうよね出場者は私一人じゃなかったわ。
ただでさえ狭い順路なんだから私一人が好き勝手に暴れていたら交通の妨げよね。
その辺を弁えてさっさと第二関門へ向かうとそこにはさらに別のオッサンが待ちかまえていたわ。
「ハーッハッハッハ! オレ様はジャングラッソ! かつてオークボ城プロ出場者と讃えられたオレ様が第二関門のサポート役だ!」
今度はやたらと偉そうな人が出てきたわ。
「プロ出場者から人間国の兵士に強制転職させられて苦節数年! このサポート役で高評価を得られれば再びオークボ城に出場できると恩情を貰ったんだ!このチャンスをものにしてオレは、かつての栄華を取り戻して見せる!!」
「回し受け!」
「ぐえぇええええええええッッ!!」
オッサンが何か煩く喚いていたけれど、第二関門は坂から転がり落ちてくる大岩を避けるのが趣旨よね。
私はカラーテの奥義『回し受け』で転がってくる大岩の軌道を逸らし、別方向へと受け流した。
その先に偶然サポートのオジサンがいて、思わぬ方向転換にさすがの古参勢も対応できずに潰されちゃったみたい。
ごめんね?
でもこのアトラクションも安全対策が徹底してるから大丈夫よね?
いやだわ、『飛び入りは安全面で問題がある』っていう魔王の主張が正しいって証明してしまったかのようじゃない!
でも私は負けない!
最終関門で待っている魔王の下へと絶対に辿りついてみせるわ!!






