1049 勇者モモコの帰還
私の名はモモコ。
かつてこの世界に召喚された勇者の一人。
色んな紆余曲折すったもんだあれやこれや、かくかくしかじかななことがあった挙句、今は世界中の人々に尽くせるように働いている。
それが女子プロレス興行なんだけど……!
「やったわモモコ! 今季の興行売り上げが歴代最高を更新したわよ!!」
と喝采を上げるのはパンドラ。
私と同じ団体に所属する女子レスラーの一人。
彼女はヒール(悪役)としての花形で、リングに上がる時は観客の悪意憎悪を一身に引き受けて、そのうえで私たち善玉レスラーにボコボコにされる。
そうして観客の皆様にスカッとしてもらって観戦を楽しんでもらう。
悪役という役割もいかに重要であるかということをパンドラから教えてもらったわ。
そんなこんなで私たちは世界各地を回ってプロレス興行を行い、人々に笑顔を届けることができたと思っている。
勇者だった時はただひたすら目の前の敵を蹴散らしてばかりいたが、その時には何の充実感もなかったし、実のところ正しいことをしているという実感もなかった。
だから今のプロレス興行はとっても爽快なの。
例の元お姫様も時折マスクをしてリングに立って……打ち合わせなしのガチンコで勝負を挑んでもこれまでずっと全敗している。
彼女への勝利を目標に、そして行く先での人々を笑顔にさせるために、日々に張り合いができているわ。
そんな充実した日々にある時、波乱が巻き起こった。
「モモコ! モモコ大変です!」
そう言って駆け込んできたのは、もう数年来の盟友、魔族のセレナだった。
もう何がどうなって一緒にプロレスしているか思い出せないぐらいだけれど、とにかく大切な仲間よ。
それでセレナ一体どうしたの?
てぇへんだ、てぇへんだだけじゃ時代劇の岡っ引きみたいよ。
「プロレス興行が中止になりそうです! しかも無期限に!」
それは大変だ!?
一体どういうことなの! 私たちのプロレス興行は大人気で、資金的にも不安はなかったはずよ!!
「はい、プロレス興行は大盛況で、開催の予定は再来年までギュウギュウに埋まっています。けれどそれもすべてキャンセルになりそうで……!!」
一体なんで!?
興行そのものが不振じゃないって言うなら他に何の原因が!?
……はッ。
まさか魔王か新人間国が圧力を!?
おのれ何かあった時は大体政治が悪いのよ!
人々の生活を蔑ろにして、こうなったら署名運動してやるわ!!
「いえ、政治の問題でもなく……あのですねモモコ」
セレナが呼吸を整えて言う。
「ピンクトントンさんが妊娠なさったらしいんです」
なんですってぇ!?
ピンクトントンさんといえば、冒険者ギルドで名を轟かせるS級冒険者の一人!
この女子プロレス興行の主催でもあり、団体を率いるトップでもある。
そのピンクトントンさんが妊娠したって言うなら興行停滞も納得だわ!
と、その前に妊娠ならおめでた?
お祝いを述べないと!?
いやそもそも誰との間に!?
ピンクトントンさんって結婚してなかったわよね!? 彼氏がいるという話も聞いてない!
じゃあ一体どうして!?
そしてたった一人が欠けるだけで支障が出てしまう組織づくり自体いささか問題があるのでは!?
ああッ、ツッコミどころが多すぎて追いつかないわッ!!
「落ち着いてくださいモモコ、まず順を追って説明していきましょう」
そうね。
説明お願いしますだわセレナ。
「まずピンクトントンさんを孕ませたのはカトウさんです。トントンさんと同じS級冒険者のブラウン・カトウさん」
ええぇ……!?
「あの二人、実は隠れて付き合っていたんです」
カトウさんは、レフェリー役としてよく私たちのプロレス興行に協力してくれた。
異世界からやってきた来訪者でもあったので向こうの世界でのアイデアを盛り込み、興行の盛り上げにも貢献してくれていたのに……。
いいえ、そう考えるとカトウさんとピンクトントンさんって、ガッツリコンビを組んだ共同経営者じゃない!
同じ目標に向かって肩を組み合って進んでいく、最強のバディ!
進めば進むほど情は深まり合って、それが男女だったられない関係に発展するのも無理はないわ!
そうやってある時一線を越えて……?
キャーッ!!
「盛り上がるのはわかりますが、由々しき事態ですよ。いわば興行を率いていたツートップが一挙に抜けるわけですから、率直に存続の危機です」
セレナの言う通りね。
あの二人も、付き合うのはいいとしてもっと計画的にやってほしいってことだわ。
それを考えるとここ最近、妊娠報告多くない?
ピンクトントンさん以外にも、ウチの団体でレスラー所属している女冒険者がオメデタって報告が頻出してるわよね?
こういう状況をなんていったっけ?
そう。
雨後のタケノコッコーンってヤツよ!!
「そうですね……時期的に逆算すると……どうも昨年の冬辺りに何事か起こったようですね」
去年の……冬?
まさか、クリスマスってヤツッ!?
カーッ!
まさか異世界に渡ってきてまでクリスマスの甘ったるい雰囲気が忍び寄ってこようなんて!
とんだ曲者ねクリスマスは!?
カトウさんもカトウさんだわ! 同じ異世界からやってきて異世界陰キャ同盟を設立したというのに、しっかりクリスマス陽キャを満喫してたってこと!
見損なったわカトウさん!!
「と、ともかくけん引役のピンクトントンさんが妊娠によりデリケートな状態となった以上、リングに上がることはおろか長距離の移動も困難です」
それはそうよ!
赤ちゃんがお腹にいるんだからピンクトントンさんに無理はさせられないわ!
今は元気な赤ちゃんを生んでもらうことに専念させないと!!
「一方でカトウさんも大変メンタルが乱れておいでで、父親になることへのプレッシャーやら責任感やらで一旦は逃げようとしたものの、周りから捕獲されしばき倒され諭された挙句で何とか男の責任をとることに前向きになったそうで……」
ダメじゃん。
カトウさん……同じ異世界人として尊敬していたのにいざとなるとそんなヘタレな男だったなんて……。
「カトウさんもそんなだからとてもプロレス興業まで気が回らず、活動休止する他ありません。ただでさえ他にも産休に入るレスラーが多く、人員も欠如していますので……!」
なんてことなの!?
皆クリスマスに浮かれすぎなのよ! 仕事に支障をきたすぐらいハッスルなんて!!
「これだとむしろ何事もなかった私たちが物寂しいぐらいですね……!」
ダメよセレナ!
想像したら暗くなってしまうわ! 私たちは正しいのよ!!
「予定となっている興行先も、多くの妊婦を抱えてプロレス観戦どころではなくなっているのでキャンセルしても問題なさそうです。妊娠したレスラー兼女冒険者にはギルドからの祝い金が出されるそうですが、問題は私たちのような特に予定もなく興行がナシになったものたちですね」
まったくよ!
クリスマスに浮かれし者たちが浮かれまくるのは勝手だけど、私たちのような謹厳実直真面目に陰に生きてきた人たちにまで影響が及ぶのはどうかと思うわ!
この補償はしっかりとしてくれるんでしょうね!?
やっぱり悪いのは政治だったんだわ!!
「大丈夫ですよ、そこはやはりS級冒険者のピンクトントンさんです。ギルドマスターと相談してちゃんと手を打ってくださいました」
なんですって!?
自分もお産を控えて大変な時期でしょうに、さすがはピンクトントンさん!
私たちプロレス団体を支えてくれる姉御だわ。
「まあ、手の空いた者は普通に冒険者稼業に集中すればいいんですけど、もう一件、近々開催されるイベントがあるということで、それに参加しないかという話でした」
イベント?
何か楽しいことがプロレス以外にあるというの?
「けっこう恒例になっているイベントだそうで、レタスレート王女からも誘いがありましたよ。私たちもプロレスで名が知られてますしいい宣伝になるだろうと」
へえ、あの元王女様いい目の付け所じゃないの。
しょうがないわね、興行の予定も消えたことだし冒険者稼業に精を出してもいいけれど、期待されてるんなら応えないと!
それが勇者の務めってヤツよね!
で、急遽参加することになったイベントって、一体何なの?
「聞いたことありませんか? 有名なイベントなんですが……。オークボ城という」






