1042 名宰相の品格
人魚国、元宰相ミドロコン!!
起死回生のチャァアアアアアアンス!!
愚かな女が宰相の座を空けているうちに、この私がお鉢を回してくれるわ!
席さえ空けば誰もが納得するはずだ!
そこに収まるのに相応しいのは、誰よりこのミドロコンだと!
何と言っても経験者だからな!!
今まで辛抱に辛抱を重ねて待ちわびた甲斐があった!!
そうして今日、現人魚王アロワナに謁見の日となった!
この私が直接手を挙げれば、きっと恐らく間違いなくアロワナ王は喜び勇んで、私を宰相の座に戻すことだろう!
ヤツにとっては宰相がいなくなって困り果てていることだろうからな!
誰よりも頼りになる宰相ミドロコンが現役復帰。
人魚国全体に轟き渡る朗報であろう!!
今日から再び始まるのだこの私の時代が!
この有能優秀な私の采配で、人魚国はますます発展へと導かれていくであろう!!
「久しいなミドロコン、隠居生活は楽しめているか?」
人魚宮、接見の間。
玉座に収まるアロワナ王は、かつての王子時代とは想像もしない威厳を備えていた。
みずからが王となり王器にも磨きがかかったか。
若僧の王子など簡単に説き伏せられる……と思っていた私の想定が早くも崩れる。
「あ、アロワナ王子に置かれましては本日もご機嫌麗しゅう……!?」
「今は人魚王だ。お前の時間は父上の御世で止まっているらしいな。時代に対応する意思のないものは過去と共に流れ去ってほしいものだ」
凄まじい皮肉が襲い来る!?
いかんぞこのままでは!? 何か話題を明るいものに変えなければ!
「それで本日は何用か? 生憎と私は、まだまだ思い出話が楽しく感じるほど老いてはいないつもりだ。過去を懐かしみたければ父上か母上にでも面会を求めるがいい」
「いえいえいえいえいえッ!! 私がしたいのは現在の話でございます! とても重要な現在の! 私なら、今のアロワナ王子……いやアロワナ王の悩みを解いてやれるものと思いまして!」
「悩み?」
「左様です!!」
うぬ反応が鈍いな?
私のシミュレーションでは“悩み”と切り出した時点で王子の方から猛烈に縋ってくると思ったが?
ヤツは今、宰相が空席となったことで困り果てているに違いない。
何せ王なんか宰相が補佐してやらないと何もできないのでからな。
だから先代ナーガスの御世をしっかり支え切ったこのミドロコンの手腕は喉から手が出るほど欲しいはず。
さあ遠慮なく打診するがいい!
この名宰相ミドロコンに『助けてください』と。
「悩みか……特にはないな」
「はいッ!?」
「まあ、我が妃ももうすぐ二人目を出産するが、母子ともに無事生まれてくれるかどうかは悩ましい。一度目の出産を済ませても心配は尽きぬものよ。しかしそういう悩みは、お前に相談したところで何の解決にもなるまい? お前に話して解決する類の悩みは……全く心当たりがないな」
「何を仰います! あるでしょう! とても大事なものが!!」
元犯罪者が産休などというバカげたことをしたために、宰相という重要ポストが空いたのですぞ!
何らかの対策は不可欠! だからこそこの私が穴を埋めるために名乗り出たのでしょう!!
さあ王子!
このミドロコンを再び宰相に迎え下され!
私は一日とたりとて産休などという不当な休暇は取りませぬ!
年中無休で人魚国に尽くしましょうぞ!
「ゾス・サイラ殿の休養についてか。それならばもう対応は決まっている。お前がしゃしゃり出てくるまでもない」
なんと!?
「彼女が産休中の間はヘンドラーが臨時の宰相役を務めることとなっている。ヤツも細君が出産を控えてあわただしいところではあるが、『女の出産をサポートしてこそ男の価値がある』と母上に叱られてな。私も協力して国を支える所存だハッハッハ」
何をバカな……!?
そんなことをせずとも、このミドロコンを宰相に据え直せばよいことではありませんか。
私は産休など取らない!
あの元犯罪者と比べてどちらがより優秀かなど論じるまでもありませんぞ!
「黙れ。お前がゾス・サイラ殿に勝っているところなどそれぐらいではないか。いや、女性たちが次世代を生み出す重大性を考えれば自慢にもならぬ、男が子を生むことなどないなど。優劣の“劣”でしかないわ」
な、何を……!?
私はナーガス陛下統治の世を最後まで勤め上げた……!!
「そんなものは父上と母上の恩情によるものだ。お前が現役時代いかに無能で何もしてこなかったか、私自身が王位について実感できたぞ。私が王になってまずしなければならなかったのは、お前の負の遺産を片付けることだ!!」
負の遺産ですと!?
バカな私は……!!
「そして、その点についてもっとも活躍したのがゾス・サイラ殿だ。お前が制定した悪法を改正し、お前が賄賂や縁故で取り立てた有害無益の人材たちを整理して次々と首を切っていったのは彼女の実績だ」
私の大切な人脈を潰していったのは他ならぬ元犯罪者だったか……!?
「現在人魚宮の文官武官は、ゾス・サイラ殿やヘンドラーが新たに選び直した実力と品格重視の新鋭どもだ。お前の才覚ではとても扱いきれまい。よってお前に任せられる仕事は我が治世にはない。……まあ雑巾がけでもいいというなら任せてやってもいいが」
ふざけるな!
かつて宰相職を務めたこのミドロコンに雑巾がけをしろだと!
どうやらこの新王は元犯罪者に洗脳されてしまったようだ。
そうなれば正しい心を持つ者ほど冷遇される世の中よ。
このままではいかん!
悪が蔓延る世界には、正義の鉄槌を下さなければ!!
こうなれば、この私みずから兵を集め実力行使で政局を是正してくれる!
革命だ!!
人魚国を腐敗させる者どもを一掃してくれるわ!
ぐわあああーーーーーーッ!!
「やれやれ、アホはことを起こすにも愚鈍でやきもきさせるのう」
誰だ!?
実際兵を集め、これから決起だというタイミングで、秘密であるはずの我が隠れ家に攻め込んできたのは……!?
「何じゃ見てわからんか? 自分の後釜だというのに顔かたちも覚えておらんとは益々愚鈍よ」
私の後釜!?
ということは……お前が現宰相、元犯罪者のゾス・サイラ!?
「元犯罪者とは無礼極まるものいいよ。わらわは今でも現役バリバリの犯罪者じゃあ!!」
「ツッコムところ、そこ!?」
あばば……!?
何故お前がここに?
反乱の匂いを嗅ぎつけ制圧に来たというのか? 宰相みずから?
「現宰相としては目を離すわけにもいかんからのう。前宰相という肩書を持ちながら身の程を弁えず、過大に映し出した自分の虚像に疑いも起こらぬ。それでいて野心収まらず、返り咲きの機会を伺い続けるなどウザさ千万。時機を見て潰すべきだとは思っておった」
おのれ、やはり元犯罪者。
このミドロコンを狙っていようとはやはり重罪人であったな!
「しかし計算外であったのは、ぬしの想像も超えるドン臭さよ。宰相から下されたことに恨みを感じているのだから一~二年のうちには準備を整え決起してくると思ったのに、三年経とうが四年経とうが何も行動を起こさぬ」
そ、それは……!
所詮元犯罪者が宰相の政権。待っていれば向こうからボロを出すと思っていたから……!
「どうせわらわの方からヘマして状況がよくなるのを期待してたんじゃろう? 自分の努力を最小限にして勝手に状況が改善されるのを期待する。無能の特徴その一、じゃな」
な、なんだとぅ!?
「まさかこんなに事を起こすのにグズグズするとは。宰相罷免直後であれば人魚宮内にも相応の味方がいて成功の目もあったやも知れぬ。しかし縁故採用どももわらわの大鉈でほとんど切られ、協力者などおらぬ。挙句僅かに残った資金でかき集めたのが、場末でたむろっとるようなチンピラどもか……」
そんな憐れむような視線を送るな!
「決起のタイミングが遅すぎるんじゃよ。まあそれでも、お前の方から立ってくれたおかげで叩き潰す大義名分もできたもんじゃ。であるからには遠慮なくぶっ潰させてもらおうかの」
ぐう……、まさか、まさか、この私を断罪する気か?
かつて宰相職を務め、国の代表であったこともあるこのミドロコンを……!
「いかな無能でも、お前が国の重鎮であった過去は消えぬ。それを鑑みてシーラ姉さまもアロワナのヤツも直接手を下せず、あくまでお前が自然に朽ちていくことを狙ったのであろう。しかしわらわは違う」
なな、なんだとう?
「危険があるならたとえ潜在的なものであろうと率先して潰す。わらわも母親になるせいか、子どもたちのためにならんものは欠片でも残しておきたくないという気分なんじゃ。……それにの、王族に代わって汚れ役を買って出るのも宰相の務めじゃろう?」
なな、なにッ?
「国王とは頂点、民からの尊敬を一身に受けるために常に光り輝かねばならん。光を曇らせる汚れは許されん、一点たりともな。だからこそ汚れ濁りを引き受けるのは、人臣においてもっとも近くで王族を支える宰相の役目。そうは思わんか前宰相?」
な、何を言っているんだこの女は?
こいつの言っていることは何一つわからん。宰相の仕事が何だというんだ?
「だからわらわは、容赦なくぬしを潰す。王族のくださった慈悲など期待できぬと知れ。それでは断罪タイムじゃー」
「うごぐほぉおおおおおおおおおおッッ!?」
うぎゃああああッッ!?
私の全財産を投げ打って集めた精鋭たちが一瞬にしてなぎ倒された!?
なんだあの無限に湧き出る怪物軍団は!?
ぎゃああああッ! 触手が出てきて手足に絡まる!?
身動きができん!?
人魚宰相だった私が、こんなところで!?
こんなところですべてお仕舞い……!?
ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?