1039 先生伝説
「いや、ほし肉もいいんじゃねーか? 飲み込むタイミングを計れずにずっと口の中に残るのだ」
ヴィールがくっちゃくっちゃ言わせながらほざいておる。
もちろんほし肉もよい。
保存性もいいし、何より美味しいからな。
しかしながらこの街にはもっと特色があってもよかろうということじゃ。
ワシは一旦、饗されたほし肉尽くしを食べ終え、ご馳走様してから席を立つ。
『ちと散歩に付き合ってくれるかな?』
そう断ってから建物を出て、外へと繰り出す。
「……ノーライフキング様は何を?」
「あの方のなさることに間違いはない。今はとにかくお供をしよう!」
街の人々は疑うこともなくワシに続いてくれておる。
有難いことじゃ。
「このニンゲンどもも秒で感化されすぎじゃねーか? 死体モドキは洗脳魔法でも使ってねえよな?」
街中を歩き……、そして街の外へとやってきた。
周囲には平原が広がるばかりでこれといった目を引くものもない。
「本当に笑ってしまうほど何もなく……! 精々見晴らしがよすぎて不審者を見つけやすいことぐらいが取り柄です……!」
自嘲気味に話す街の長。
そういえば今日来た盗賊団もおかげですぐに見つけられましたからのう。
しかしまあ、ここまで広い平地であれば農地には最適じゃ。
それが実際のうちとして使われておらんのは……恐らく水が少ないせいか。
周囲を見渡しても小川らしいものすら流れておらん。
自分らの飲料水に用いるのに精一杯で、とても農業用には手が回らんのであろう。
「ご主人様も水の確保には本気出してたからなー。皆で運河を作った頃を思い出すのだ」
さて、この辺がよろしいかの。
……大地と水の精霊よ。ぬしらの慈悲を乞う、この地に潤いの恵みをもたらしたまえ。
そーれッ。
ザスッ!
ワシの手持ちの杖を大きく振りかぶり、その勢いのままに振り下ろす。
さすれば杖の先端は、深く深く地面の土に突き刺さった。
「なッ!? 何を?」
「ノーライフキング様は、一体何をなさろうというのだ?」
ついてきた人々もわけがわからず戸惑いの模様。
ワシは再び力を込めて杖を引き抜くと、その跡にポッカリ地面に開いた穴。
その奥底は真っ暗で見えん。
しかし真っ暗な奥底からチョロチョロと水音が聞こえてくる。
やがて音は近くなり大きくなり……最後には穴から溢れ出してきた。
大量の水となって。
「おげぇえええええええッ!?」
「水! 水がぁああああああああッッ!?」
地面から溢れる水は勢いを増していき、ついには水柱まで上げるほどの勢いとなった。
間欠泉か? と言わんばかり。
そして溢れに溢れまくった結果、周囲を水浸しにしていきついには平原の一定区画を水で沈めてしまった。
その頃には水柱も収まり、周囲に静寂が返ってきた。
大地に溜まる広範囲の水面。
その様は……。
「池だ……!」
「この街に池が……!?」
「今まで雨季に溜め込んだ水を大切に使ってきたというのに……!?」
池、作ってみた。
人が生きるために水が不可欠じゃからいくらあっても困らんじゃろう。
さて、これで終わりではまだないぞ。
次は池ができた場所からさらに離れて……、この辺の平野でいいか。
もう一度杖を地面にブスッとな!!
「また杖を刺した!?」
「ノーライフキング様はここにも池をお作りなさるのか!?」
しかし今回、ワシは杖を引っこ抜くことなく、そのまま手を離した。
杖はまた深々と突き刺さっていたために、放しても倒れたりせぬ。
それどころか杖は独りでにさらに深く地面に食い込み、根が出て周囲に走り、杖自身も太くなって幹となり、ついには枝葉まで伸びだした。
要するに……。
「杖が……木に変わった?」
「何とも立派な樹木に!」
ふむ、いい感じに転化できたわい。
すぐさま新しいまったく同じ杖を亜空間から取り出すぞい。
「……これは、何がしたかったので死体モドキよ?」
フッフフフ、ヴィールよわからぬか?
聖者様のしもべとして農場に住み暮らすおぬしなら一目見て気づくかと思ったが?
「これは……ん?……あーッ!? これはリンゴの木なのだ!!」
「「「リンゴ!?」」」
街の人々がとりあえずオウム返ししておる。
これはよくわからない時の反応じゃ。
「リンゴとは、物凄く美味しい実のなる木なのだ! リンゴはそのまま齧ってもよく、焼いても煮ても美味しい! ご主人様が作ってくれるリンゴジャムやリンゴパイは絶品なのだぁあああああッッ!!」
「そんな、絶賛の実がなるリンゴの木が我が街の周囲に!?」
農場におる樹霊に協力を求め、この地にリンゴの木を一本根付かせたわ。
今はまだ一本のみだが、先に湧かせておいた池の水で丹念に育てていけば、やがてこの地一帯にリンゴの木が生い茂ることとなろう。
その時ここの名物は、リンゴとほし肉になるわけじゃ。
「ノーライフキング様! 我々にこれほどの慈悲を与えてくださるとは!!」
「五体を投げ出してひれ伏し始めたのだー」
よいよい。
ワシは素材を与えたにすぎぬ。
これを元にいかにして土地を発展させていくかは人々の手腕よ。
さて、ワシはそろそろ帰るとするかのう。
ここで食わせてもらったほし肉の美味さ、生涯忘れはせぬぞ。
ワシの生涯は千年も昔に終わっていたがな!!
「このご恩は子々孫々に至るまで忘れませぬ!!」
「ノーライフキング様ー!」
「今日の伝説は石碑に残し、後世へと語り継ぎましょうぞ!」
何々そう恩にきることではないのだ。
恩返ししたかったのはワシの方なのでな。
こうして市井の人々の生活に触れただけでなく温かい心で接してくれたこと、まことに感謝しておるぞ。
後世に語り継ぐのならばその温かい心根にするがよいぞ。
それではさらば……!
「ああーッ!? 天から差す光に乗ってノーライフキング様が昇っていく!?」
「昇天だ! 昇天!?」
「ノーライフキング様が天へとお帰りになられるーッ!?」
愛すべき人々よ、これからも達者でのう……。
* * *
後日。
「おい、死体モドキ」
『なんじゃ?』
ヴィールのヤツがワシのダンジョンまで訪ねてくるとは珍しい。
一体何事かな?
お裾分けなら間に合っておるぞ?
「こないだ不用意に訪れたニンゲンどもの街があったじゃねーか。あれからちっと気になって人知れず覗きに行ってみた」
ほう、お前にしてはマメじゃのう。
んでどうじゃ?
彼らは池やリンゴの木で潤っておったか?
「まあそこもまずます運用してたがな……、一番目立つのがあって……!」
うぬ?
「街の真ん中に銅像が立ってたぞ。前行った時にはなかった絶対になかった。おれの記憶と照合して」
何を執拗に確認しておるんじゃ?
そりゃあ人の歴史は目まぐるしく動くんじゃから一~二ヶ月で目に見えた変化ぐらいあろう?
「お前の像だった」
『ん?』
「だからあの街の連中! テメーに感謝の意を表してテメーの銅像立ててるんだよ!! あの街はリンゴよりもほし肉よりも、何よりテメーで特色を得てるってことだ!!」
なんと、それは光栄じゃのう。
それはそうとヴィールよ。
そろそろ次の訪問先を決めようと思うんじゃがスケジュール教えてくれんかのう。
また二人でロケ行こうではないか。
「嫌だよ! おれはもうツッコミ役はたくさんなのだ! 次は誰か別のゲストを呼びやがれ! うわー! もう訪問はコリゴリなのだぁ~!!」






